ブルーガン

 会議室は冷房が点いているはずなのに、何とも言えない熱気に包まれていた。

 俺は支給されたペットボトルの水を一口飲んで、熱気を鎮める。隣に座るマリアは、頬杖をついて書類をパラパラとめくっている。

 だが、幹部衆が会議室に入ってくると、その熱気が一気に冷めて引き締まる。

 総務部長が一声発すると、眼鏡をかけた調達係副主任――ハリー・イートンが立ち上がり、部屋の電気を消すとプロジェクターを点けた。


「昨晩からマンハッタンで多く押収されている、プラスチック製拳銃について、こちらから説明させていただきます」


 そう言い、彼がキーボードを叩く。スクリーンに、昨晩見たプラ銃が映し出される。

 ハリーはこの銃を、と言った。

 つまり、俺が見た二丁以外も同じものがあったのだ。


「素材は合成樹脂。耐熱性や強度もあり、主に機械部品に用いられている物です」


 他の人物が資料を捲る音と、キーボード操作の音が重なる。


「使用弾薬は三十八口径弾。水平二連銃身で装弾数は二発。……銃としては、ジップ・ガンと呼ぶものですね。」


 ジップ・ガン。端的に表すとすれば、単純設計の密造銃とでも言うか。

 強襲係第二班班長――メリッサ・トールが呟いた。


「似たような銃が、何年か前に出てなかったか?」


 その言葉にハリーは頷き、一枚の写真を映す。

 これまでのプラ銃と似ている銃だ。


「これはリベレーターと言って、二○一三年に我が国の非営利団体が作成した世界初の3Dプリンターで製造した銃器です」


 リベレーター。おそらく、第二次大戦時に造られた、レジスタンス供給用拳銃FP-45の通称、リベレーター解放者に掛けているのだろう。

 俺が古い方のリベレーターについて回想している間も、ハリーの解説は続いていた。

 撃鉄以外全てプラスチック製で、.380ACP弾を一発装填できる。

 一度は図面の配布が停止したものの、今は問題なくダウンロード出来るようで、おまけに図面はダークウェブにも流れているらしい。

 これだけで気が滅入ってきたが、更にハリーは衝撃の事実を口にした。


「……ですが、今回の銃。仮に、ブルーガンと呼称しますが、ブルーガンは撃鉄に至るその全てが、プラスチック製なのです」


 会議室は水を打ったように静まり返る。

 金属部品を一切使っていない。

 それはつまり、強度を犠牲にする代わりに隠密性が高くなるのだ。

 金属探知機には弾を入れない限り、引っかかることはない。

 犯罪行為には、もってこいの銃だ。


「構造も比較的単純で、素材も安価、弾も手に入れやすい。……図面と3Dプリンターさえあれば、小学生でも作れます」


 子供がブルーガンを手にするのを思わず想像していまい、胃から苦いものがこみ上がってくるのを感じた。


「勿論、殺傷能力も十分あります」


 スクリーンに映るのが画像から映像に切り替わる。

 場所はここの地下にある射撃場だ。ブルーガンがレストマシンに固定され、人体に見立てたゼラチンの塊を狙っている。


『ファイア!』


 調達係員が叫ぶと同時にマシンのレバーを引き、ブルーガンから弾が発射される。

 ゼラチンの塊が弾着の衝撃で揺れた。

 それから映像はカットされ、ゼラチンを横から映す場面になっていた。

 弾着地点から約二センチほどの所で、弾は止まっている。

 当たり所によっては、致命傷にもなりえる威力だ。

 映像が終わると同時に、会議室の至る所でどよめきが発生した。

 無理もない。あんな子供のおもちゃ同然の見た目をしているのに、人を殺すのには十分な力があるのだから。


「しかし、デメリットもあります」


 また射撃場の映像が映される。


「先程の映像の続きです」


 ハリーがそう注釈して動画を再生した。


『カメラ回ってる?』

『おお』


 調査係員二人の声が入る。カメラマンと射撃用員だろう。

 数秒後、射撃要員の顔がチラリと映った。火薬カスから眼球を守るゴーグルと、聴覚異常を防ぐイヤーマフをしている。

 射撃を行う上では当然の装備だ。

 彼はマシンがカウンターに固定されているかを確かめた上で、射撃レバーに手を掛けた。

 サムズアップし、カメラマンが応じピントがブルーガンに合わさる。


『ファイア――』


 先程と同じく、レバーが引かれた次の瞬間。

 爆発音と共にブルーガンが吹っ飛んだ。

 

『暴発か!?』


 カメラマンがそう叫びながら、床に倒れた射撃要員に駆け寄る。

 ゴーグルとイヤーマフのお陰で、飛んだ破片で手の甲を切った以外の怪我は無い。

 だが、ゴーグルには破片が掠めた際に出来たであろう、青い線が走っていた。

 それが無ければ、失明していたかもしれない。

 映像を見ながら、俺はゾッとした。


「おそらく、火薬が発破した際の熱と衝撃がプラスチックを少し柔らかくし、弾が発射される際に加わる圧力によって機関部が破壊されたと考えています」


 スクリーンに完膚なきまでに破壊されたブルーガンが映る。


「本来なら金属部品を使って強度を高めたり、装弾数を減らして機関部を肉厚にする事で、暴発のリスクを減らすのですが……。この銃は、そういった対策が取られていません」


 調査係の若手が頷きながら、メモを取っている。その他の係員も、真剣に彼の話を聞いていた。


「その他にも、ライフリングが刻まれていなかったりと、造りに荒がある銃ですね。もし使用していたら十中八九暴発していたでしょう」


 どのみち、昨晩のホームレスは強盗に失敗していたようだ。

 むしろ、昨日の方が幸運だ。自分の手を、自分で吹き飛ばさずに済んだのだから。

 もっとも、リスクを承知で撃たせていた方が、彼らの今後の為になったと思えなくも無いが。

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