プラスチックの魔法

 大通りにいた警官を呼び、これまでの事情を話した。

 彼等は最初こそ懐疑的だったが、ホームレスから奪ったプラスチック銃と俺の身分証を見せて納得させる。

 手錠を掛けられ項垂れるホームレスは、打撲が効いているのか時折顔をしかめる。

 銃器の違法所持に、恐喝をやらかしている。叩けば、強盗の余罪も出て来るだろう。

 呆れた奴等だ。


「すいません。お手数おかけして」

「――じゃあ、俺はこれで」


 俺はパトカーにホームレスを乗せる警官に背を向け、放置していたフライドチキンの包みを抱えた。

 幸いにもチキンはまだ温かかった。これなら、相棒の機嫌も少し傾くだけで済む。


「あっ、そうだ!」


 ダッシュで職場へ戻ろうとした瞬間、警官に声を掛けられる。


「ISSの、何さんでしたっけ?」


 随分間の抜けた質問だった。この数分で人の名前を忘れたらしい。

 呆れそうになるのを堪え、もう一度自分の名前を口にした。


「ISS強襲係の、赤沼浩史ですよ」

「ISSの、赤沼さんね。覚えた!」


 警官はそう言って、パトカーを発進させ去って行く。

 俺は肩をすくめ、また人込みに紛れた。



 International Security Station。通称、ISS。

 国際治安維持局と訳される治安機関である。何処の国家や組織や機関にも属さない、完全独立――スタンドアローンな機関だ。

 二十一世紀に入って以降、国際的な治安は悪化し続ける一方であり、それを取り締まる組織や国も腐敗するばかりであった。

 そんな状態を重く見た一部の人間が、血の滲む様な努力の末に立ち上げた組織でもある。

 所属する人間は元々、各国の優秀な軍人や警察官や捜査官だった。

 ISSはその活動上、どんな状態に置かれてもおかしくは無い。だからこそ、巨大な力やプレッシャーにも負けずに、身に付けた技術を発揮する事が出来る人材を、積極的に取り込んでいるのだ。

 かくいう赤沼も、数か月前までは日本で陸上自衛隊に所属していた。

 優秀な隊員であったが、ひょんなことからISS幹部の目に留まり、スカウトを受けた。

 その誘いに乗り、彼は日本から遠く離れたアメリカで仕事をしている。

 赤沼はその誘いを、二つ返事で受けた訳ではない。

 ISSと対峙する巨悪が存在する事。それらが存在するせいで、今も多くの弱者が犠牲になっている事。

 それを聞いたうえで彼なりに悩んで、悩みぬいた末に貫くべき信念の欠片を胸に、彼はアメリカへ来たのだ。

 渡米から今に至るまでの数か月。赤沼は数々の修羅場を潜ってきた。

 そして今回もまた、彼も知らない内に事件に巻き込まれていた。



 翌日。俺は冷めきったチキンを作り上げた元凶、名も知らぬホームレス相手に怒る公私に亘った相棒――マリア・アストールの機嫌を取っていると、主任に声を掛けられた。


「アカヌマ君。ちょっといいかな」

「……どうか、されました?」

「昨日。ホームレスと一戦、やったようだね」

「……はい」


 戦った理由としては正当防衛だし、拳銃も携行していたが使ってはいない。

 急所こそ狙ったが、殺す程ではない。

 流石に、そこら辺の加減は分かる。

 その件を持ち出す意味が、分からなかった。


「彼等が持っていた、プラスチック銃。……その事で、午後から会議を開くんですよ」

「ああ……」


 合点が行った。確かに、あれは珍妙な品だった。

 ホームレスが自作した物ではなさそうだったし、銃砲店で売ってる訳がない。

 ここの幹部連中が食いつくのも、無理もない。


「あの銃に触れたのは、君だけだからね。その事で、各係の主任や班長が話を聞きたがってる。勿論、私もだ。……聞かせてくれるね」

「……分かりました」


 俺が頷くと、主任も満足げに頷く。そして、視線の先をマリアへ移す。


「せっかくだから、マリア君も出席するといい。他の係からも若手が数人来る。……何事も、勉強だよ」


 その言葉にマリアがかしこまった顔で了承すると、先程と同じ様に頷き、それじゃと言って主任室へ戻っていった。

 食べ物の恨みは根深いのが相場だが、主任の登場によりマリアはすっかり冷めていた。


「……ビックリした」


 そう呟き、彼女は背もたれに体を預ける。

 俺も乾いた口をコーラで湿らし、背もたれに寄りかかった。


「チキンでキレてたの、聞かれてただろうな」

「そうね……」


 ここは規律で縛られる軍隊ではない。主任もそこを分かっているからこそ、あの場で何も言わなかったのだろう。

 それでも気にしてしまうのは、組織人の血が騒ぐからだろうか。

 だが、いつまでもしょうもない事を引きずる訳にはいかない。


「……でもまぁ、あのプラ銃がねぇ」

「どんな銃だったの?」


 話す内容がチキンの事から、銃へ方向転換する。

 俺はおもむろに、ショルダーホルスターに収まっていたSIG P226Rを出し、マリアに持たせた。

 中に十五発入りの弾倉も入っているので、そこそこの重量がある。


「どうだ?」

「どうって……普通だけど」

「けど、それは約一キロあるんだ。お前のグロックだって、そのぐらいあるだろ」

「うん」

「だがな、あのプラ銃はその何倍も軽い」

「………………」

 

 あのプラ銃は驚くほど軽かった。

 実弾が二発しか入らないデメリットもあるが、軽さはそれを補えるほどのメリットだ。


「それに、素材もプラスチックだから――」

「――金属探知機に引っ掛からない」


 元警官らしく、理解が早くて鋭く話に切り込んでくる。


「……脅威だわ」

「その気になれば、暗殺も出来るさ」


 そんな事を口にして、マリアの手からP226を取った。

 それから改めて、ここの幹部連中が目を付けた意味を認識した。

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