手を伸ばして3

 通路は思ったよりは長かった。横に手を伸ばせばそこには壁らしきものはあったが歩いていると段々、狭いのか広いのかさえも分からなくなる。何もなくどれだけ進んでも代わり映えしない景色がそう感じさせたんだろう。

 暫くの間、そんな通路を進むと向こうの方に何かが見え始めた。黯に紛れ人間サイズの何かがそこに立っている。それが何かは分からなかったが俺は足を止めた。


「どうしたの?」

「なんかいる」


 相変わらずそれは何かいる程度しか分からなかったが、微かな声が途切れ途切れで聞こえた。何を言ってるのかは分からない。でもそれは段々と鮮明になっていく。


「……ナイ。……サナイ。渡サナイ」


 声に籠った込み上げてくる怒り。それに合わせその何かの体はノイズが走るように奇妙な動きをし始めた。


「コノ子ダケハ。私ノモノ。イツマデモ……。ドコニモ……」


 ノイズが走るような動きは更に激しさを増し、体の一部が大きくなったり元に戻ったりと不安定な動きを繰り返した。


「渡サナイ。誰ニモ渡サナイ。渡サナイ! ワタサナイ! ワタサナイ!」


 壊れたテープのように何度も不気味に繰り返される言葉。

 するとその姿は抑え込んでいたものを開放するように一気に巨大化した。その姿は記憶にもあるあの姿だ。少年の頃、目の前にした――俺が失敗した時と同じ姿形。


「わぁー。思い出したとはいえちょっと信じられなかったけど、やっぱほんとだったんだ」

「オレこんなボス、ゲームで見たわ」

「それより蓮さ。まさかそれであれ倒すつもり?」


 夕晴は刀を指差しながら苦笑いのような表情を浮かべていた。こっちは小さな――しかも玩具の刀。対して相手は巨大な化ケ物。そう言うのも分かる。だが俺もそこまでバカじゃない。


「いや。これで、切り開いて中から引きずり出す」

「大丈夫なの?」

「知らん」

「呑み込まれた場所覚えてんのか?」

「大体な」


 俺は返事をすると目の前の聳えるビルのような化ケ物を見上げた。あの時、届かなったこの手の空を切る感触。あの最後の声。あの自分に対する失望。あの時の全てが糧となるように蘇る。


「今度こそ……」


 自分に言い聞かせるようにそう呟いた。

 するとその声が聞こえていたのか後ろから両肩に手が乗せられた。振り返ってみると二人の頼もしい表情が俺を見ていた。


「今度こそ大丈夫だよ」

「あの頃と違ってもう高校生だしな」

「――あぁ。そうだな」


 俺は目を瞑り一度だけ深呼吸をした。


『助けて――蓮』


 もう一度蘇るあの言葉。


「今助けるからな」


 そう返事をし、俺は目を開けた。


「よし! 行くぞ!」

「おー!(おう!)」


 そして不気味な声を上げる化ケ物へ、俺らは向け走り出した。


「渡サナイ! ワタサナイ! オ前ラ、ナンカニハ!」


 化ケ物の体から生えた無数の手は雨のように容赦なく降り注ぎ俺らに襲い掛かった。あの時と同じだ。それを躱しながらも足は止めず俺らは只管に前へ。大きすぎる所為か化ケ物との距離は上手く測れなかったが俺らはただ走り続けるしかなかった。

 最初の方、手は降り注ぐだけである程度躱すのも容易かったが、段々とそれは激しさを増し始める。上から降るだけでなく右や左などありとあらゆる方向から俺らへ襲い掛かった。そのあまりの激しさに俺は手に持っていた刀で躱し切れない分を捌いた。


「蓮。あんまり使ったら効力が無くなっちゃうよ。あの時も使った訳だし、あと何回持つか」

「でもこうでもしねーと……っ! 全部は無理だ」


 だが夕晴の言う事も間違いない。辿り着く前にこれが無くなったら意味がない(そもそも本当に上手くいくのか、これでいいのかすら定かじゃないが)。なら少しぐらい無理しないといけないらしい。

 しかし夕晴に言われ出来る限りギリギリのものは躱そうとしたその矢先。刀を使うかどうかの判断を少し慎重になり過ぎた所為で視界端から伸びてきた手が躱し切れない間合いまで迫ってきてしまっていた。刀を使うしかない、そう思ったその時。


「おい、蓮! あぶねー!」


 莉緒が俺を体当たりで無理矢理どかしその手に身を晒した。


「莉緒!」


 瞬く間に体に巻き付き縛り上げた手は莉緒を空中へと連れ去った。


「いいから行け!」

「蓮! 行こう!」


 一瞬、迷いはあったが俺は莉緒の言葉を受け取り先を急いだ。

 だがそれからも襲い掛かる手は緩まるどころか激しさを増していく。でも俺らも確実に進み化ケ物へと近づいていた。


「あと少しだよ」

「でもこのままだと辿り着けそーにもない」

「――あっ。そーだ」


 後ろから夕晴が一人呟くのが聞こえた。何か思いついたんだろうか。


「蓮。少し速度落として」

「は? 何で?」

「いーから。僕を信じてよ」


 何をする気か分からなかったが、俺は言われた通り走る速度を少し落とした。

 すると夕晴は俺を追い越し前へ。そのまま距離を離し更に前へ。

 だがある程度、前へ行くと突然立ち止まり俺の方を振り返った。


「蓮。ここに足乗せてね」


 そして片膝を着きしゃがむと掌を上に向けた両手を腰辺りで重ね合わせた。そんな夕晴を恰好の的だと言わんばかりにすぐさま四方から襲い掛かる手。

 でもここで止める訳にも立ち止まる訳にもいかない。

 俺はそこから全力疾走すると周りの手よりも早く夕晴の手に足を乗せた。そして二人の合わさった力で俺は大きく跳躍した。思ったより大きく跳び、若干ながら吃驚としながらも改めて夕晴の力の強さに感心せざるを得なかった。あんな小柄の体のどこからこんな力が出るんだろうか。

 跳んだ直後、入れ替わるように無数の手に襲われた夕晴は俺が着地し(その勢いを拡散する為)体を一回転させた頃には、その手によって地面へ押さえつけられていた。


「れーん! あとは頼んだよー!」


 その声を受け取り俺は即座に走り出す。化ケ物の元までもはや数十メートル。だがそれを阻もうと後方からは夕晴を狙っていた手が後を追い、複数の新手は猛攻を浴びせてくる。左右に躱し、時に身を屈めながら進む俺だったが、背後から追いついた一本の手に肩を掴まれてしまった。その瞬間、途轍もない力で足は止められ忽ち残りの手は方向修正し俺の方へ。どうにか抜け出そうと藻掻くが手の力は尋常ではない。

 だがそうこうしているうちにそんな俺を捕まえようとあっという間に無数の手はすぐそこへ。

 俺が居た場所には入り乱れるように手が、地面に突き刺さる勢いで飛び込んできた。

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