第四章:黯の中
黯の中1
時刻は昼過ぎ。俺らはテーブル席に座りハンバーガーとポテトを食べていた。疎らに埋まった席とひっそり流れるBGMのように聞こえる客の話声。
それらに紛れるように莉緒は溜息を零した。
「はぁー」
「大丈夫か? 莉緒」
「全然。もう一生忘れられねーよ」
「ホラー映画も見れないぐらいだからね」
「昨日なんて……。やっぱいい」
だがそれは中途半端に言葉を口にした時点で夕晴の興味を引き付けてしまっていた。特に途中で止めたのがダメだ。せめて適当な事を言い切らないと。
「え? なになに? 途中で止めるのとかナシだからね」
「ヤだよ。言わねーよ」
「妹に一緒に寝てもらったとか?」
俺はポテトを食べながら適当に思いついた事を口にした。だが本当に適当に言ったつもりだったがどうやら図星を突いてしまったらしい。分かり易い莉緒の表情がそれを物語っていた。
「う、うるせーな!」
「なーんだ。別にそれぐらいいーじゃん。それにあの子、莉緒の事大好きだし喜んでたんじゃない?」
「良くねーよ! しかもオレがビビってるのバレて、怖くないよ、って慰められたんだぞ! 恥ずかしい。もういっそ殺してくれ」
「あの子って結構、鋭い勘持ってるよね。それに恐怖耐性も凄いし」
「そう言えば、莉緒の家に泊まった時に夕晴がふざけて楽しい映画って言いつつホラー映画見せた事あったよな?」
「言っとくけど、先にパッケージ見せたからあと予告も。それでも観るって言って一緒に見たらめっちゃ楽しんでた。ホラー映画好きの僕が言うのもなんだけど、あの子の恐怖心はバグってるね」
「おい。人の妹をバグってるとか言うな」
「じゃあお兄ちゃんよりも強い」
夕晴の言葉の後、ポテトが宙を飛んだ。だがそれを夕晴は見事な反応でキャッチした。しかも口で。それを見た莉緒から舌打ちが聞こえ、夕晴はモグモグと口を動かしながら喜色を浮かべピースサインをした。
「――にしても。ホントにあんなのがいんなんてヤバくねーか?」
ポテトを口に運んだ莉緒はさっきとは打って変わって真面目な口調で昨日の話を始めた。
「でも昔は失敗したよな?」
「蓮も思い出したの?」
「やってる時に、こう昔の記憶と重なって思い出した」
「颯羊は? 一緒にいた?」
「いや、それは分からないけど。でも結局何も起きなかったよな」
「あれやったの昼だったからなのか?」
「荒川さんの情報によると関係あるかもね」
「それにオレたちも信じてなかったしな。だってあの後、そのまま川で遊んだだぜ?」
「あのお菓子も食べちゃったし」
俺は二人の会話を聞きながら昨日の事を思い出していた。あの時、少し引っ掛かる事があった気がして。確か、言葉を唱えてあれが出てきて……。
「あれって本当に子どもの霊なのか?」
「え? まぁそう言われれば結構大きかった気もするけど」
「そういや。オレが襲われてる時、全部あの男の所為とか言ってたな」
「じゃあもしかして子どもじゃなくて母親の方? 川子ちゃんじゃなくて川子さん?」
「その可能性はあるな」
「まぁでも別にもうどっちでもいいだろ」
「確かに。それにあの動画荒川さんに送ったら実際に行って確認してくるって言ってたし。莉緒が僕のスマホをちゃんと持っててくれたおかげでね」
「正直スマホなんてどーでもよかったけど何故か持ってた。ていうかちゃんと撮れてたのか?」
「途中まではね。先に謝っとくけど、襲われる瞬間はホラー映画さながらだったよ。見る?」
「オレに送りでもしたらお前が泣き叫ぶような事してやる。――何かはいずれ思い付く」
でも確かに昔、俺らがやった儀式が失敗に終わった時点でもう颯羊があれに連れ去られた可能性はない。だから必要がないならもうこれ以上、関わらなくていいだろう。それに他に気になる事もあるし。
「そんじゃ、オレは行くわ」
「どこ行くの?」
「デート。この傷ついた心を癒してくれるのは祐奈だけだ」
莉緒は幸せそうな笑みを――と言うより幸せをアピールするような笑みを浮かべた。
「へぇー。でも彼女の為にもちゃんとしないとダメだよ。年上って言ってもまだ大学生なんだし」
「何をだよ」
「さぁ?」
「は? もういいオレは行くからな。じゃっ、明日」
そして莉緒が立ち上がるとそれに続き俺も立ち上がった。
「俺も行くわ」
「えー! 蓮も? ――まさか、デート!?」
「なわけないだろ。用事がある」
「なーんだ。彼女出来たら一番に教えてねー」
「出来た」
「え? どういうこと?」
「貯金。勝手に引き落としてくれ」
すると夕晴はパチンと指を鳴らした。
「あぁなるほど。この前見た漫才ね。にしても貯金一つって少なくない?」
「いや、お前ら何の話してんの? ていうかオレ行っていい?」
「何でもない。行こう」
そうして俺と莉緒は店の外まで一緒に行き別れを交わすとそれぞれの方向へ歩き出した。
店から歩き始めた俺が目指したのは、昨日ぶりの場所。
「ここだ」
俺は昨日あの場所から逃げてきて足を止めた二階建てのアパートに来ていた。アパートの前で立ち止まると、少し年季の入ったあまり上等とは言えない外見を見上げた。立ちはだかるように建ったアパートを少し眺めた後、左右の鉄骨階段へ交互に目をやる。
確証は何もない。でも昨日このアパートを見た時、何か違和感のような引っ掛かるものを微かに感じた。最初は気のせいだと思ったけど家に帰っても今朝目覚めてもやっぱり気になっていて。だから一度、この場所へ来てみようと思った。
「にしても何だこの感覚」
既視感のようで喉まで出かかった忘れ事のようであまりいい気分とは言えない。
そんな状態のままよく分からない何かに導かれ俺は階段を上がった。一段一段上がる度に、錆びた踏板を踏み付け音が響く度に過去の自分と重なるような感覚に襲われた。でも同時に初めてという感覚も鬩ぎ合うようにある。だけどそれは胸に仕舞ったまま階段を上り切ると綺麗に整列したドアを一見。
すると不思議な感覚が目と意識をある部屋へ導いた。まるで昔の自分が先行して教えてくれたような感覚とでも言えばいいのか。
兎に角、俺はそのドアを真っすぐ見つめながら足を進めた。
「二〇三」
ドアに貼ってあった部屋番号を誰に言う訳でもないが読み上げてから、(どうしようか迷いはしたが)インターホンへ手を。指がピアノの鍵盤を沈めるようにインターホンを押し込んだ。ドア越しにインターホンの鳴る音が微かに聞こえる。
だが少し待ってみても誰も出てこない。中は静寂を保っていた。
俺はもう一度インターホンを押した。でも結果は同じ。
すると代わりと言うように隣の家のドアが開き若い男性が中から出て来た。横目でドアに鍵を掛ける姿を見ていたが、どこかへ出掛けるようだ。
「そこ、誰も住んでないよ」
鍵を閉めたその男性は俺にそう声を掛けてきた。恐らく俺がずっと家の前にいたからだろう。
「どれくらい前に引っ越したか分かりますか?」
「いや。ていうより多分、十年近く誰も住んでなかったんじゃないかな」
「そうなんですか。ありがとうございます」
「いいよ。これぐらい」
男性は爽やかな笑みを浮かべそう言うと階段を下りどこかへ出掛けて行った。
だが誰も住んでないとなるとそれはそれで困る。俺は一体どうしてこの場所に言葉で説明出来ない何かを感じるのか分からない。何かあるはずという思いはあるが十年近く誰も住んでないという事実がそれを揺らがせている。
そして少しその場で考えを巡らせた俺はある事を思いついた。少々強引ではあるが昨日から続くこの不思議な感覚が単なる気の所為か、それともあの夢のように実は何か意味があるのか確かめたかった。それ程までにこの感覚はどこか無視できなかった。
俺はその思い付きに従いスマホを取り出し、電話を掛けた。
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