危険な遊び5

 肉汁が口中に広がる唐揚げと瑞々しく触感すら楽しめるサラダ、唐揚げの旨味を更にもう一段階上げてくれる白米と身も心も温まり落ち着くみそ汁。テーブルに並んだ湯気と共に食欲をそそる匂いを立ち昇らせていた夕食はそろそろ半分程、無くなろうとしていた。


「母さん」

「ん?」

「小学校の頃の友達で颯羊って男子覚えてる?」

「颯羊? さぁ。覚えてないわね。うちに来た事あった?」

「覚えてない」

「何よそれ。夕晴君や莉緒君なら覚えてるわよ。そー言えば。この前たまたまあんたたち三人を見かけたんだけど、夕晴君随分と可愛くなったわねー。昔から女の子っぽかったけど今も相変わらずね。あっ、もしかして今じゃ本人は気にしてる?」

「いや。別に何とも思ってないみたいだけど」

「そう。ならよかった」


 そう言うと母さんは一口サイズになった唐揚げを口に運んだ。


「あっ。そーだ。そうしって子は知らないけど、それってもしかしたらあんたの名前になってかもしれないのよ。って子どもの頃にも話したけど覚えてない?」

「いや。じゃあなんで今のになったわけ?」

「色々候補はあったんだけど最終的にはこれがいいねってなったからよ。響きもそうだし漢字も名前に込めた意味とかもね」

「へー。意味ってなに?」

「それは秘密。あんたはそんなのに囚われず伸び伸びと成長しなさい。でももしその時が来たら教えてあげる」


 まるで秘密であることを楽しんでいるような微笑みを浮かべた母さんはみそ汁を手に取った。そして無理に聞く気も無い俺もその向かいで夕食を食べ進めていた。


「それよりあんた彼女は出来た?」


 すると唐突なその質問に俺は口に運んでいた一口サイズの唐揚げを止めた。


「何言ってだよ。急に」

「だってもう高校生も半ばよ? それなのにあんたは彼女の一人すら連れて来ないで」

「いたとしても連れてこねーよ。いないけど」

「はぁー。もっと高校生活を楽しみなさい。母さんが高校生の時はね――」


 昔話をしようとするその言葉を俺は透かさず遮った。


「高校生の男子が母親と恋バナをしたいと思うのか?」

「さぁ? 流石に母さん男子高校生だった頃は無いから」

「答えはしたくない。頼むから止めてくれ」

「そう。なら止める。でもこれだけは覚えておいて。もしあんたが誰を好きでも、もしくは好きになれなくて孫の顔を見せてくれなくても、あたしはあんたを愛してるからね」

「そりゃありがとう。でも、頼むから! 止めてくれ」

「はいはい」


         * * * * *


 翌日の朝。登校してきた夕晴は何やらいい報告があると言っていたが、酷く眠そうでちょっと寝ると言ったっきり結局は一日中寝ていた。そして部活生が颯爽と教室を去った後も机に突っ伏す夕晴。

 俺はそんな夕晴を起こそうかと思ったがその前に教室を一度出た。少しして戻ると夕晴の前の席に座り、その頭を軽く揺らした。


「おい。夕晴」


 呻るような声を出し少しの間を置いて、ゆっくりと上がった夕晴の顔はまだ眠そうでそれを訴えるように大きな欠伸をひとつ。おまけに伸びも。


「あれ? もう授業終っちゃったの?」

「というか学校が終わった」

「え! もう放課後!」


 本気で驚いた様子の夕晴は教室を見回すがもう誰もいない。


「うわー。――でもめっちゃ寝て気分はいいかも」


 開き直ったようにそう言うと夕晴はもう一度伸びをした。


「ほら」


 そんな夕晴の前に俺はついさっき買ってきたお茶を差し出す。


「え? いいの?」


 返事の代わりにペットボトルを手で指すと夕晴は「やったー」と言いながら早速一口。


「昨日、何時に寝たんだよ?」

「んー。寝てない」

「オールして学校来たのか?」

「そう」

「そりゃあ、こんだけ寝るわけだ」

「色々調べてたら朝になってて」

「なんかお前ばっか頑張ってる気がするな」

「え? もしかして蓮。昨日何もしてないの?」

「一応したけど、一時に寝た。何も収穫なし」

「まぁしてるね。合格」


 そう言いながら夕晴はわざとらしく上から視線の笑みを浮かべた。


「――あれ? そう言えば莉緒は?」

「なんかすぐ戻るって、どっか行った」

「ただいまー」


 すると丁度、その話題の莉緒が袋を片手に戻ってきた。


「どこ行ってたんだよ?」

「コンビニー。まずは腹減ったからアメリカンドッグとからあげちゃん。ちなみにチーズ味。それと飲み物と」


 莉緒はそう言いながら袋から次々と机へ商品を出していった。そして飲み物を置くと、次はスイーツが姿を現したがそれは真っすぐ別の人物の前へ。


「これはお前に」

「なんで僕?」

「いやー。随分と遅くまであの事について調べてたんだろ? 今日ずっと寝てたし。一応オレも調べてたは調べたんだけど全然見つからなくてすぐに寝ちゃったんだよな。だからそのお詫びと言うか……そう言う事だよ」

「なるほど。ちなみに何時に寝たの?」

「十一時半。――いや、嘘。正確には九時ぐらいから調べて気が付いたら寝てて起きたら十時で、そこからゲームして十二時ちょっと前に寝た」

「ということは一時間もやってないの?」

「まぁ正確には三十分ぐらいかも」


 そう言う割には堂々とした笑みを浮かべながら莉緒はスイーツへ紹介するように両手を向けた。


「――まぁいいけど。でもこっちは不合格」


 夕晴は莉緒を指差しながら俺に向かってそう言った。


「だな」

「え? 何が?」

「何でも。とりあえずこれはありがたくいただきます」


 スイーツを持ち上げながら軽く頭を下げた夕晴は早速それを食べ始めた。そして莉緒は腹ごしらえを。


「それで。良い報告ってのは?」

「あぁ。それね。僕も昨日は徹夜で色々調べてたんだけど」


 徹夜と言いながら横目でチキンを口へ運ぶ莉緒を見る夕晴。


「結局、何も分からなかった」

「もしかしてそれが良い報告なのか?」

「違うよ。ていうか莉緒にガッカリする権利はない」

「ごもっとも。悪い」

「とりあえずそれでまた連絡したんだ」

「それってもしかしてあの人か?」

「そう。荒川さん。マシンガントークを聞いて――まぁ早いだけで退屈って訳じゃないからいいけど。とにかく、荒川さんが手に入れてくれるって」

「何を?」


 夕晴は勿体ぶるようにわざわざもう一口食べてから答えた。


「お札」


 だけど正直に言って俺も(恐らく莉緒も)あまりピンと来てなかった。それを察したのか――というより予想通りだったのか夕晴は俺らの反応に何度か頷いて見せた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る