暗がりのアルバム6

「おい! 颯羊! 早く手ー掴め!」


 俺は真っ黒な手に引きずり込まれていく颯羊へ必死に手を伸ばしてた。だがその手を掴むも引きずり込まれていく勢いを緩める事すら出来ない。どんどん呑み込まれていく颯羊。


「ごめん。俺……。でも今度こそ絶対――」


 そして颯羊は呑み込まれてしまった。俺は何も出ずにその場に座り込みただ颯羊の消えた場所を見つめるしかない。

 すると突然、そこからあの真っ黒な両手が飛び出し次は俺の体に掴みかかる。


「蓮! 早く僕の手を!」


 どこから現れたのか夕晴が俺に手を伸ばしていた。でも今の俺にはどこからなんてどうでもいい。ただ必死でその手を伸ばす。夕晴の手を掴むために体に巻き付く真っ黒な両手に抵抗しながら必死で。


         * * * * *


 真っ暗な視界の中、手に温もりを感じながら俺は顔を上げ目を開けた。


「大丈夫?」


 そこには前の席で背凭れを正面にして座る夕晴の姿があった。しかも俺はそんな夕晴の手を握ってる。一瞬、何のことだか分からなかったがすぐに思い出した。ここが学校で授業中眠ってたことを。

 俺は体を起こしながら手を離し背凭れに体を預けた。どうやら授業は終わったらしい。


「どうしたんだ?」


 紙パックの飲み物を片手にやってきた莉緒は隣の席に座るように凭れた。


「蓮に手ー握られた」

「はぁ? 何で?」

「変な夢見てた」

「あんまりいい夢見てなさそうだったけど、そうだったんだ。それで助けでも求めてたの?」

「まぁそんな感じだな」


 言葉の直後、俺は大きな欠伸に襲われた。


「あっ。夏樹ちゃーん! ひとつちょーだい」


 すると横を通りかかった夏樹へ夕晴がそう言うと、彼女は足を止め持っていたグミを差し出した。


「オレも! オレも!」

「はい」


 そしてそのグミは終電に着くように俺の前へ。


「あんたもいる?」

「さんきゅー」


 一粒取り出したグミを俺は口へ運んだ。甘酸っぱい。


「ん? 何?」


 グミを食べていると夕晴がそんな事を突然言い目を向けてみると夏樹が夕晴の事をじっと見つめていた。


「あんたって何でそんな女子顔負けの可愛い顔してるわけ?」

「えー。何でって言われても……。夏樹だって可愛いじゃん」


 清々しい笑みで夕晴がそう言うと、反対に夏樹の眉間には皺が寄った。


「殺していい?」

「褒めたのに!?」

「あんたに言われるとムカつく」

「手伝いやすぜ。姉貴」


 映画の雑魚キャラのような笑いをしながら莉緒がここぞとばかりに袖を捲り上げる。


「よし。押さえつけろ」

「ちょっ、莉緒!」


 莉緒が夕晴を後ろから羽交い締めするように掴み押さえると夏樹はグミを机に置き指を鳴らした。そして脇腹へ手をやり少しの間、くすぐり始めた。

 俺はその間、机に置かれたグミをもうひとつ。食べ終わる頃には夕晴の笑い声は止み、夏樹と莉緒のハイタッチの音が響いた。


「最悪……」

「あっ、そー言えば。あんたたちあれ覚えてる?」


 息を切らしながらこっちを向き背凭れに凭れかかる夕晴を見ていると、夏樹がそんな事を訊いてきた。


「あれって?」

「ほら、小学校の時に流行った怖い話? 噂? まぁそんな類のやつで、川子ちゃんってやつ」

「あぁ。あったね。確かキャンプに連れてきてもらって喜んでた川子ちゃんだったけど母親に川で溺れさせられたってやつでしょ?」

「そうそう。最近、その話を久しぶりに聞いて懐かしいなぁって思ったんだよね」

「なっちぃ。それってその川子ちゃんを呼び出す方法ってのもあったよな?」

「あったねー。確か川の傍にお菓子置いて言う言葉あったっけ」


 夏樹の話を懐古しながら聞いているとその言葉を彼女が言う前に記憶が引っ張り出された。


『川子ちゃん。川子ちゃん。一緒に遊びましょ。お菓子もほら。川子ちゃん。川子ちゃん。一緒に遊びましょ。何して遊びましょ。川子ちゃんの好きな遊びで遊びましょ』


 俺と莉緒と夕晴。それに颯羊もいた。俺らは声を合わせて呼び出しの言葉を口にしていた。


「確かそんなんだった気がする。そして川子ちゃんが川から現れてこう言う。それなら一緒にお母さんに復讐しましょう。ってね。それが出来なかったら誰か一人川の中に引きずり込まれるって話じゃなかったっけ?」

「夏樹ー。ちょっと来てー」

「ん?」


 俺らがそれに答える前に友達に呼ばれた夏樹はグミを手に去って行った。

 一方で俺は引っ張り出された記憶の事で頭が一杯。思い浮かんだ確かではない可能性のひとつを考えざるを得なくなっていた。


「ちょっと僕、思い出した事あるんだけどさ」

「オレもあるわ。もしかしたらおんなじかも」

「もしかしてその川子ちゃんの噂を確かめた時の事?」

「あぁ。それだ」


 互いが同じ事を思い出したと分かった二人は俺の方を向いた。


「蓮は? 覚えてる?」

「今、思い出した」


 俺の言葉に二人は秘密話でもするようにすぐさま近づいて来た。


「もしかしてだけど、颯羊って」

「その所為で川子ちゃんに連れてかれちゃったとか?」


 恐々としながらも予め分担してたように言葉を分けた二人。そしてそれは俺も丁度考えてた事だった。


「俺も考えてた。でも連れてかれた奴って行方不明とかじゃなくて記憶自体から消えるのか? ていうかあれって成功したのか?」


 記憶が引っ張り出されたとはいえ、それは実際にやってる時だけでそれ以降の結果は覚えてない。


「分からないよ。どうなったかは覚えてないし」

「オレも。だけどよ、そうとしか思えなくないか? もし颯羊がいたんならそれで消えちゃったとしか」

「もしそうだとしたらヤバくない? ていうかこれって殺人になるの?」

「おい、夕晴。ふざけてる場合じゃねーだろ」

「ごめんごめん。でももしそうなら……どうする?」

「どーするってもなぁ。――どうする、蓮?」


 何故か二人の視線は助けを求めながら俺の方へ向いた。


「なんで俺なんだよ。知らねーよ。ていうか、そもそももしそうだったとしてまだ生きてんのか?」

「もし生きてたとして連れ戻せるの?」

「つーかほんとにいんのか? 川子って。幽霊とか妖怪だろ?」


 俺らの間には疑問の山はあれどそれは何一つとしてすぐに解決できるような――そもそも解決できるのかすら分からないものだった。

 そして開始三手で詰まされたような状態の中、一度解散と言うようにチャイムが鳴り響く。


「とりあえず続きは放課後って事で」


 夕晴と莉緒は席に戻り、俺は他にも何か思い出せないかと何度も僅かなあの時の記憶を再生した。

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