暗がりのアルバム5

 次の日、俺は秘密基地に居た。この日も颯羊の事を調べようとしていたのだが何をすればいいか案は無く、とりあえずでこの場所へ来ていた。


「そういや、莉緒は?」

「デート。昨日言ってたじゃん」


 グループラインか。後半は見てない。


「そだったな」

「見てないでしょ。まぁ別にいいけど」


 俺は(座りスマホに顔を落としたままの)夕晴の見透かした言葉を聞きながら基地内を見回した。記憶を巡れば、莉緒がいて、夕晴がいて、俺が居て、そして颯羊の姿もある。相変わらずその顔までは思い出せない。でもゲームしたり、話をしたり、ごっこ遊びをしたり。色々な遊びを一緒に楽しんでいる。よく考えればあの頃はほぼ毎日この場所にいた。第二の家と言っても過言じゃないぐらい。子ども時代の大半の想い出はここに詰まってる。

 するとこの場所を見回しているとある記憶が蘇ってきた。何故それを思い出したのかは分からないが、思い出と言うのは結構そういうもんだ。

 そしてその事を思い出しながら俺は正面の夕晴へ目をやった。少ししてずっとスマホに落ちていた顔が上がり俺を見返す。


「何?」


 その一言に俺は頭の中にあるそれを口に出した。


「お前、女装したことあるよな?」

「え? 何、急に?」


 唐突にそんな事を言われ一瞬、一驚に喫する夕晴だったがすぐにそれは消えていった。


「――でもまぁ、あるよ。学祭でうちのクラスが喫茶店やったんだけど、その時にメイド服着せられたかな。二日目なんてメイクもさせられてずっと店に出されてたし。あっ、その時さ。朝陽ちゃんは逆に男装させられてたんだけど、それがすっごいカッコ良かったんだよね。それで僕と朝陽ちゃんとで二日目はずっと店にいたんだけど、評判は凄い良かったよ。特に僕は男子生徒に、朝陽ちゃんは女子生徒からね。もう性別なんてどーでもいいとか言われてさ。もしかしたら何人かには新たな自分を見つけさせてしまったかも」


 夕晴は割と満足そうな表情を浮かべていた。きっとその姿でも十分と人を弄んだんだろう。


「そう言えば、あの時って蓮来てた? 莉緒は見たっていうか接客したけど蓮は覚えてないかも」

「サボってた」

「あぁ、だから全然見なかったんだ」

「というか俺が言ってるのはそれじゃない」

「え? だってそれ以外で女装なんてしてないけど? 別に目覚めた訳でもないし」

「ここで子どもの頃にしてなかったか?」

「ここで?」


 夕晴は首を傾げながら記憶を辿り始めたのか基地内を見回した。その間、若干の沈黙が俺らを包み込む。


「あっ!」


 するとその沈黙を破る夕晴の声が基地内に響いた。


「あった! 確かワンピース着た覚えがある。あれっ? でも何でそうなったんだっけ? ていうかあれって誰のだっけ?」


 夕晴が同時に口にした疑問に俺はあの時の事をより詳細に思い出してみるが、何故かその答えは見つからなかった。


「覚えてない。だけど、確か颯羊もいたよな?」

「んー、多分。僕と蓮と莉緒とがいた気もする。でも誰の?」

「お前の姉貴のとか?」

「それは無いよ。だってあの頃も僕の方が小さかったからサイズ違うし」

「子どもの頃のとか」

「んー。わざわざ仕舞われてるの引っ張り出した覚えないし――分かんない。子どもの頃の記憶って結構断片的だよね。瞬間とか一定のシーンは覚えてるけどそれ以外は全然。それに記憶って都合よく書き換えられるって言うじゃん」

「だけど一人の人物を丸々忘れて、突然思い出すのは違うだろ」

「それは流石にね。でもさ。逆って可能性はない?」

「逆?」


 俺は夕晴が何を言っているのか全く分からずオウム返しした。


「そう。忘れたんじゃなくて、本当にいなかったって可能性」


 それを聞いて夕晴の言いたいことは理解できた。だがそれをすんなり呑み込むには引っ掛かる疑問がいくつかあった。


「でも突然、俺とお前と莉緒だって思い出しただろ?」

「まぁ、そうだね……。でもそれはあの夢を見たからかも。だから記憶が颯羊って子が居たっていう風に変わっちゃったのかも」

「その夢を見たのは俺が言ったからか。しかも変な事の後に」

「そう言う事。でも別に責めてるんじゃないからね」

「分かってる。だけど同時にだぞ? お前と莉緒は夢を。そして俺ら三人が颯羊の事を。同時に思い出した」

「――それなんだよね。自分でも可能性があまりにも低すぎるって思うのは」


 夕晴はそう言うと溜息を零した。

 一方で俺はふとあの缶へ目をやった。少しの間、じっとその缶を眺めながら記憶にあるこの場所での颯羊を思い出していた。それから別に何かあった訳じゃないが立ち上がりその缶を取ってくると、中から懐中時計を取り出して見てみる。相変わらず時間の止まった時計。

 時計を眺めていると隣に夕晴が腰を下ろした。


「なんかさー。僕らって何だかんだ変わったよね」


 夕晴は缶から石を取り出した。


「莉緒なんて昔は綺麗な石とか貝殻とか拾ってたし、あと花とかも好きだったじゃん。なのに今じゃあーだし」

「まぁ、昔からあんな感じではあったけどな。ちょっと今より女子っぽさが強かっただけで」


 その石を戻し次は、カードを取り出した。


「それに自分で言うのもなんだけど、僕も昔よりは落ち着いたかなーって」

「お前は……。そうだな。誰よりも走り回って、跳んで、上って。つーかお前、他の小学校のやつと喧嘩もしてたよな」

「あぁー。でもあれ、確か莉緒がちょっかい出されてたからちょーっとシメただけだだけど」

「お前が一番変わったかもな」

「そー言う蓮は……何も変わらないよね。昔からめんどくさがりなとことか」


 夕晴の手はカードからビー玉へ。


「色んな事に興味がないっていうか無気力って言うか。――ていうかこれ何?」


 そう言われ夕晴からビー玉を手に取った。


「ビー玉」

「いや、それは分かってるんだけど。何か思い入れあるの?」


 そう言われてみればそのビー玉を何故この缶に入れたのか思い出せない。


「何だっけ?」

「え? 嘘じゃん。適当に入れたの?」

「いや……」


 思い出せない。でも言われた通り適当に入れた可能性もある気がする。だけどそんな事を考えていたら思い出した。


「ていうかこれ俺のじゃない」

「え? マジ?」

「確か、誰かにあげた気がするんだけど誰かは覚えてねーな。お前だっけ?」

「僕だったら流石に覚えてるよ。莉緒とか?」

「いや。お前だった気がすんだけどな」

「流石に忘れないと思うんだけどなぁ」


 夕晴は俺の手からビー玉を取り眺めながら呟き、それを缶へ戻した。


「じゃあ蓮が入れた物ってもしかしてない?」

「この缶ぐらいだな」

「ほんと昔から物にも興味ないよね」


 すると急に夕晴はふふっと笑った。


「なんだよ?」

「いやぁ。蓮に比べてほんと変わったなぁって。僕と莉緒。それにあの莉緒がデートだよ? 彼女作ってデートだなんて、大きくなったなぁって」

「母親かよ」

「蓮君ももう高校生だし彼女とかいないの?」


 口調や少し声色も変え夕晴なりの母親が出て来た。


「知ってんだろ。つか止めろその母親キャラ」

「そう言えば蓮って何で彼女作んないの? 告白とかされてたじゃん。中学も」


 本当の疑問だと言うようにその声はいつものに戻っていた。


「面倒だから」

「納得」

「そう言うお前は? よく遊んでるくせに彼女いた事ないだろ」

「んー」


 夕晴は口に人差し指を当てながら唸るように声を出した。


「興味ないから」

「だろうな。昔から知ってた」

「――でもさ。もし颯羊がいたら今どんな感じだったんだろうね」

「少しぐらい思い出したとはいえまだ全然だからな。でも思い出せる限り変わらなそうなやつだけどな」

「だよね。でももしかしたらうんと変わってるかも」

「否定はできねーな」

「あぁーあ。会ってみたいなぁ」


 確かに一緒に遊んでた記憶を思い出したとはいえまだ顔もちゃんと思い出せず長宅颯羊という人物を実感出来てはいない。だから夕晴が言うのも分かるがその言葉には少し違和感のようなものを感じた。


「ん? おかしい?」

「分からなくもねーけど変な感じだな」

「だよね」


 ふふっ、と楽しそうに夕晴はまた笑いを零した。


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