暗がりのアルバム4
小さな境内は誰も居なくて風が通る音さえ聞こえそうなほど森閑としていた。建物もそうだが雰囲気から何まで日常から外れたように感じ、まるで参道に落ちている葉っぱ一枚にでさえ意味があるように思えるのはここが神社だからなんだろうか。神様の類を信じている訳ではない俺でさえ神秘さを感じどこか心落ち着く気がする神社は、もしかしたら現実とは別にある異世界の休憩所なのかもしれない。
「さっきみたいに階段で遊んだ覚えはあるけど、ここで何かしたっけ?」
「んー。僕も覚えてないかも」
「おや? どうかしたのかな?」
俺らが境内を見回してると若いとも老いたとも言えない男性の声が聞こえた。その声の方を見遣るとそこには神主さんらしき人が立っていた。
「あまり人も来ないのに高校生がいるなんてね。参拝かい?」
「あっ、いや」
「いやぁー。実はたまたま通りかかって。そしたら子どもの頃に来た覚えがあったもので」
すると一歩前へ出た夕晴が神主さんにそう説明した。
「子どもの頃に? ご家族で参拝に来てくれたとかかな?」
「それがよく覚えて無くて。ここに子どもが来た事ってあります?」
「んー。そうだね。――あっ、そう言えば。昔ここで子どもたちが隠れん坊をしようとしてた事があったかな。ダメだって言ったらすぐに帰ってくれたけどね。もしかしてその時の子どもたちかい?」
「あー。えーっと。多分」
あまりいいものじゃなかった神主さんの話に夕晴は少し狼狽えながら返事をした。
「ご迷惑を掛けてすみません」
それに数年越しの謝罪を追加して。もちろん、俺と莉緒も一緒に軽く頭を下げた。
だが神主さんは怒ってなどいなかった。むしろ笑ってた。
「いやいや。別に謝るような事じゃないよ。それに素直に帰ってくれたからね。それにしてもあれからもうそんなに経つのかぁ」
どこか感慨深そうなものへと変わった神主さんの双眸は俺らを順に見ていった。
そんな神主さんへ夕晴は大事な質問をひとつ。
「ちなみに、その時って僕ら三人だけでした? それとも他にも友達いました?」
「んー。私が見た限りだと三人だったね。ちょっと同じ人かは断言出来ないけど」
「そうですか。ありがとうございます。――あっ、そうだ。ここって勉強とかのお願いもして大丈夫ですか?」
すると夕晴は拝殿を指差した。このまま帰るのは少し気が引けるのだろうか。
「参拝はお願いじゃなくて誓いを立てる場所だよ。だから成績を今より上げるだとかそう言う目標を達成できるように頑張りますって誓うといいよ。そうすればきっと神様は見守ってくれる。その状況下じゃそう簡単にサボれないでしょ?」
「なるほど。じゃあ――ちょっと誓いでも立てますか」
神様に達成するまでしっかり見られているという状況を想像したのか躊躇いながらも夕晴は拝殿へ歩き出した。莉緒の腕を引いて。
「なんでオレもなんだよ」
「莉緒もやっといた方がいいって。だって成績悪いでしょ」
「悪くねーよ。普通だよ」
「僕より悪いじゃん」
「お前が良いんだよ」
丸聞こえな小声でやり取りしながらも二人は拝殿へ。
「君はいいのかな?」
「俺は――申し訳ないですけど神様とか信じてないんで。自分でやります」
「頑張ってね」
「どうも」
少し神主さんにこんなことを言うのは気が引けたが、彼は嫌な顔せずむしろ優しさ溢れる莞爾とした笑みを浮かべてくれた。
俺は視線をそんな神主さんから今まさに参拝している莉緒と夕晴へ移した。そして二人の後姿を見ながら颯羊の事を考えていた。
するとこの場所にいるからかふと思い浮かんだ事があり再び神主さんへ顔を戻す。
「あの、ひとつ訊いていいですか?」
「答えられることならね」
「神隠しってほんとにあるんですか?」
「神隠しかぁ」
神主さんはそう言うと腕を組み少し間を空けた。
「昔はそう言う話はあったね。天狗や狐なんかに攫われたって。現代でも不可解な失踪があったりすると神隠しなんて言葉も出てくるけど……」
「けど?」
「実際は事故だったり誘拐だったり説明がつく事も多い。人間は理由を付けたがるからね。だから訳の分からない失踪を神隠しとしたがるんだ。でも実際には分からない。本当にそうかもしれないし、事件的なものや本人の意思による失踪かも。だから神隠しが本当にあったかどうかははっきりとは答えられないね。文献などにはあるとしか」
「そうですか。ありがとうございます」
「誰か知り合いが居なくなったのかい?」
そう訊く神主さんの表情は心配そうで彼の人柄を表しているようにも思えた。
「いえ。そう言う訳じゃ――あっ、それともうひとつ。もし仮に神隠しにあったとして、その消えた人間の事を周りが忘れてしまうってことありますか?」
「神隠し自体が無いとは言い切れないからそれも断言出来ないけど、そんな事例は文献でも読んだ事ないね。私が知らないだけかもしれないけど」
「そうですか。ありがとうございました」
こんな質問にもしっかりと答えてくれた神主さんへ俺はお礼と共に頭を下げた。
「どうしたの?」
「いや。何でもない」
夕晴は「そう」という表情を浮かべ神主さんの方へ。
「それじゃあ神主さん。失礼しました」
「またいつでもおいで」
「はい。では」
そして俺らは鳥居を通り石階段を下り始めた。
「何話してたんだ?」
「神隠しの事」
「それって颯羊が神隠しにあったかもってこと?」
「その可能性もあんのかなって思ったけど、その人物の事を忘れるって言うのは無いらしい。ていうか知らないらしい」
「じゃあ神隠しにあった訳でもなさそうだね」
「あっ!」
石階段を下り切ったその時。突然、莉緒がそんな声を上げた。
「どうしたの? 何か予定でもあった?」
「いや、そうじゃねーけど。思い出した」
「何を?」
莉緒は答える前に石階段を振り返った。
「子どもの頃にここで遊んだ時。確か、遅れて誰か来てたよな?」
鳥居を見上げる莉緒を真似るように俺と夕晴も後ろを振り返ってみた。そこには真っすぐ伸びる石階段でじゃんけんして遊ぶ昔の俺らの姿。すると下の方から子どもが一人階段を上がってきた。背を向けたその子どもは俺らへ親し気に声を掛けると楽しそうに話しを始めた。
「思い出した」
「ハッキリとは思い出せないけど、あれって颯羊?」
「んー。どうだろーなぁ。男だったとは思うけどなぁ。違う気もするし。ダメだ。思い出せん」
「でも神主さんは三人しか見てないって言ってたし……」
「別の日とか?」
「だけどこの神社なんて一~二回しか来てないくないか?」
「あっ。僕、思ったんだけど」
その言葉が俺と莉緒の視線を夕晴へ集めた。
「もしかしたら忘れてるって可能性無い? 僕らみたいにさ」
「颯羊だけの記憶が全員から消えてるってことか?」
「そう」
「そんな。映画じゃあるめーし。本気で言ってんのか?」
「うん」
夕晴のそう答える表情は言葉通り冗談を言っているものではなかった。
「だとしたら何で俺らだけ思い出してんだ?」
「それに何でそんなSFみたいな事が起きてんだよ?」
「知らないよ。それに答えられたらもう解決してるって」
「そりゃ、そうか」
「でももしそうだとしたら今、颯羊はどこに?」
「んー。分かんない。だってこんなの非現実的だし」
「もしかしたら宇宙人だったりして」
冗談のつもりで莉緒は言ったようだが俺と夕晴はあまりそれを笑い飛ばしはしなかった。何故ならもし本当にそんな奇妙な事が起きてれば宇宙人だって否定は出来ない。それにそもそも俺は宇宙人がいる可能性はあると思ってる人間だから。
「あれ? お前ら――まじ?」
「僕は突然、関わった全ての人の記憶が無くなってなかった事にされるより宇宙人に攫われたって方が信じられるけどね」
「とんでもなく広い宇宙にとんでもない数の惑星があんなら俺らみたいなのがいてもおかしくねーと思うけど」
「とにかく、今は可能性の話しか出来ないし他の場所も回ってみようか。一回だけ行った場所とかね」
そして歩き出した俺と夕晴に少し遅れて莉緒は追い付いてきた。
「え? お前らってそんな感じなの? てっきり宇宙人なんているかよ。バカかよってタイプかと思ってたわ」
「蓮も言ってたけど宇宙って広いんだし、どっかにはいるでしょ。宇宙人」
「じゃあじゃあ! 幽霊とか妖怪は?」
「少なくともこの地球にはいない。それっぽいのがもしかしたらその宇宙人かもしんねーけど」
宇宙人肯定派だったのがそんなに意外だったのかそれから少しの間、莉緒は俺らを質問攻めにした。
それからもよく覚えてる場所から記憶の山から引きずり出したような場所まで子どもの頃の想い出を巡っては、懐古しつつも颯羊の事を思い出せないかと記憶も巡らせた。だが少しぐらい思い出せど何かこの件が進むような事は思い出せなかった。
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