記憶の友達2
翌日、学校が終わると俺らは予定通り子どもの頃によく遊んだ秘密基地へと向かった。
長い間、人の手が入ってないんだろう。そこは子どもの頃よりも鬱蒼としていた。空からは神の微笑みのような陽光が降り注ぎ、草も木もそれぞれが思い思い気兼ねなく育っている。普段はコンクリートに囲まれ、見慣れてる所為かその緑の自然はどこか神秘的にも見えた。
でもそんな草木に囲まれながらも俺らの秘密基地は思ったりよりもちゃんと残っていて感動さえ覚えた。しかし同時に昔とは違い自然に吞み込まれ始め、緑の交じったそれは荒廃した世界の産物のようでどこか非日常を感じさせた。
そんな光景にまるで繁栄していた頃を思い出すようにあの時の事が蘇る。
元々は(壊れたのか何かの理由で作り止めたのかは分からないけど)小屋の骨組みだけが残った建物だった。それを俺らは家にあった穴の開いた布やビニールシートとか色々なモノを使って外見を基地っぽく仕上げた。中もそこら辺で拾ってきたゴミや木なんかを使って適当に。
そんな基地の大方は(多少なりとも劣化や荒廃はあれど)何も変わってない。だからか外から見ているだけでもあの頃をより鮮明に思い出せる。
「やっばー。なっちぃー!」
「あっ! これ僕が家から持って来たやつだ。お姉ちゃんの勝手に盗んでめちゃくちゃ怒られたっけ。懐かしいなぁ」
「思ったより変わってないな」
「いやぁー。でもよく三人だけでこれだけ作れたよな」
「そうだよね」
莉緒のその言葉に夕晴は頷いていたが、俺は何故か違和感のようなものを感じた。それが何なのかは分からないが少し引っ掛かるような気がした。
「確かここの近くにすっげーカブトムシとかクワガタとかが捕れる木があったんだよな」
「あったな。デカいやつだけ捕まえて誰が一番かってやってたっけ」
「やってたねー。そんな事。今じゃ何であんなのに夢中になってたんだか分かんないけど」
「いや、カッケーだろ?」
「だって結局は単なる虫だよ? もう触りたくも無いね。キモい」
「とか言いつつ一番デカいの捕まえてたのって夕晴じゃなかったっけ?」
「ムカつくけどそうだったわ。はぁー。なのに今じゃ年上ばっか追っかけてるんだもんな」
俺は莉緒のその何気ない言葉にふと思った事があった。
「そう言われれば夕晴っていつも年上だよな。小さい頃って結構、姉貴にべったりだったとこもあるし――お前ってシスコンなの?」
するとそんな俺の言葉に夕晴は透かさず反論してきた。
「はぁー? 違うって。確かに年上のおねーさんの方が好きだけど。それはおねーさんたちは僕の事を可愛がってくれるから。僕はおねーさんたちに癒しを提供して、その代わりに可愛がってもらってるだけ」
「ホントはちょろいって思ってんだろ?」
「ちょっ! ほんとに莉緒は人聞きの悪いことばっか言う」
「淋しいならお前も彼女つくれよ。オレみたいにな」
「はいはい。もうこの話は終わりね」
そんな会話をしながら俺らは中へ入った。中も時の流れによる変化ぐらいでそんなに変わってない。それに少し古臭い匂いがしたが今の俺にはそれすらも懐古の種となった。
「って言うかこんな狭かったっけ?」
「まぁ俺らもう高校生だしな」
「あの頃はまだ小学生のおこちゃまだったからな。つっても夕晴はそんなに変わらねーけど」
そう言いながら(三人の中で一番背の低い)夕晴の頭を撫でる莉緒。だがすぐにその手は払い除けられた。
「まっ、別に僕は自分の背が低いのをコンプレックスって思ってないからね。莉緒みたいな顔か蓮みたいな男前だったら低いのは嫌だけど、この顔だったら低くても別にいーかな」
むしろ勝ち誇ったような表情を浮かべながら夕晴は顔の隣でピースを添えた。
「何でオレと蓮の顔を分けたんだよ」
「さぁー? でももしなるなら蓮がいいとは思うなぁー」
俺は別に夕晴の味方をする訳じゃないがそっと莉緒の肩に手を乗せた。なんか悪いな。正直、どーでもいいけど。
「おい。止めろ! オレだってな。結構モテるんだぞ!」
「嫌だなぁ。別にカッコよくないとは言ってないって」
夕晴の隣で頷く俺。今は完全にこっち側に立ってしまったようだ。
そんな俺らへ向けられた莉緒の顰めた顔と睨むような双眸(微かに潤んでいるようにも見えるが)。
「止めろ! その言い方が腹立つ! オレだってな……」
言葉の続きを握り潰すように莉緒は拳を固くした。
何でこんな事でこんなに感情的になれるんだよ、とは思いはしたが別に今更口にしないし、驚きもしない。
「何だろう。――僕は可愛い。蓮はイケメン。莉緒はその間って感じ」
「何だよそれ。中途半端ってことじゃねーか!」
「いやいや。違うって。カッコいいけど可愛い部分もあるってこと」
「むしろ良いとこ取りだろ」
「そうそう。顔はカッコいいのにヘアピンとかしてね」
「ギャップってやつだな」
すると段々と莉緒の表情は満更でもないと言うようなものへと変わっていった。
「そ、そうか?」
「そうそう。むしろ羨ましい……かも」
「そーだな」
最期は適当に返事をしてた訳だが莉緒の顔には少し照れたような笑みが浮かんでいた。
そんな莉緒に俺と夕晴は密かに拳と拳をぶつけ合わせた。元はと言えばお前の所為だけどな。
「あっ! ねぇねぇ。二人共、見てあれ? 何か覚えてる?」
すると突然、夕晴がそんな風に声を出しながら奥の方を指差した。それに釣られるように俺と莉緒の視線が指の先へ向く。
そこに隠されるように置いてあったのは、小さな缶ケース。錆びて何の箱かも分からないそれに思い当たる節は無かった。
「何だこれ?」
「あぁー。これあれだろ。あれ」
「なんだよあれって」
「ほんとは分かってないんじゃないの?」
「ちげーよ。ほら! タイムカプセル的な」
そう言いながら莉緒はその缶を手に取ると中央のテーブル(らしきやつ)の上に置いた。
「確かこの中に色々入れたんだよ」
説明しながら缶の蓋を開こうとするが錆びている所為か中々開かない。
「もう貸して」
見かねた夕晴が横から缶を取り蓋に力を籠めるとさっきまでの莉緒が演技のようにあっさりと開いた。あまりにも悠々と開けて見せた夕晴へ瞠目した莉緒の視線が缶とを行き来する。
「お前の父ちゃんすっごいごついもんな。見た目は母ちゃんそっくりだけど確実に受け継いでるじゃん。もう今度からか弱い演技すんなよ」
「僕が凄いんじゃなくて単に莉緒がヘボいだけでしょ?」
「くそっ! だけどこればかりは何を言われても仕方ない。力じゃお前に敵わない訳だしな」
「どーでもいいけど、中見ていいか?」
俺はそんな二人を他所に缶を取ると緩くなった蓋を開けた。中に入っていたのは色々な物。カードやビー玉、変な石など。莉緒の言う通りそこには思い思いの物が入れられていた。
「うわー! これオレが見つけた変な形の石じゃん!」
「あー! これ僕の切り札カード!」
缶を覗き込んだ莉緒と夕晴はそれぞれ自分が入れた物を手に取った。
そして俺も記憶にあるビー玉へ手を伸ばした。その他にも色々な物が入っていて俺らは次々と懐旧の情に駆られながらそれを取り出していった。
「ん? これ誰のだ?」
そんな中、缶の底に残った小さな懐中時計を俺は手に取った。針は十一時二十分で止まりもう時間は刻んでいない。遅れて二人の視線もそれに向く。
「僕のじゃないよ。蓮のじゃなかったっけ?」
「オレのでもねーな。やっぱ蓮のじゃね?」
「いや。俺、こんなの持ってた覚えないし」
三人して首を傾げながらその謎に満ちた懐中時計を眺めていた。全く知らないはずなのにどこか懐かしい気もする。
するとその時。突然、耳鳴りのような頭痛が走った。
「っつ!」
咄嗟に目を瞑り頭へ手をやった頃には、既に痛みは余韻へと変わり、その痛みとすれ違うように覚えのない記憶が頭に流れ始める。
『おぉー! カッケー! 何だよこれ』
『おじいちゃんが残してくれた物なの』
『すっごー! え? でもこれ入れるの?』
『流石にこれは勿体なくないか?』
『でももう壊れてるし。それにここには自分の大切な物を入れるんでしょ?』
『そうだけど』
『でも壊れてるんならね。それにこれは想いを運ぶ方舟なんだから』
『大人に成った時にまたみんなでここに戻って来て開けるんだよな! 今から楽しみだぜ』
子どもの俺と莉緒と夕晴と話しをする名前の知らない少年。
「おい。蓮、大丈夫か?」
その声に呼び戻されるように俺は我に返った。目を開けてみると莉緒と夕晴が心配そうに俺を見つめている。
だけど俺は真っ先にその少年が座っていた場所を見遣った。
「どうしたの?」
「誰かいた」
端的なその言葉に莉緒と夕晴は一度顔を見合わせた。
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