縁起の中に描かれた真実

 それはまだ数年前のこと。

 この地にひぞむ一群の地侍じざむらいたちがいた。長濱ながはま国守護、土岐定照ときさだてるに滅ぼされたもり氏の最後の生き残り、もり長郷ながさとに率いられた先住土着の兵士たちだった。

 彼らは故郷と一族を奪った土岐氏を深く恨み、いずれ一矢を報いようと六桐寺りくとうじの裏山を根城ねじろに機会をうかがっていた。

 その宿業しゅくごうに同情した六桐寺の比丘尼びくに檀家だんかの里人たちが、いつしか食物や衣服を運び、土岐軍の動きを伝える役を買って出た。

 里人と尼たちの厚情こうじょうに心を開いた阿守あもりの兵士たちは、後には寺を訪れ、喜んで彼らと交わるようになったという。

 しかし、一昨年前のこと。

 阿守氏の存在を脅威とした土岐軍が大挙して攻め寄せてきた。

 寺は焼かれ、多数の尼と関わった里人たちが、反逆者として本堂で殺された。

 最後まであらがった阿守氏も全滅。

 唯一、山上にあった鐘楼しょうろうだけが、戦禍せんかを免れ残ったのだった。

 天平来てんぴょうらい名刹めいさつもこの事件の後は継ぐ者がなく、昨年、とうとう廃寺はいじの通知を受けた。

 しかしその頃から、宿願しゅくがん果たせず殺された阿守兵と、非業ひごうの死を遂げた尼や里人の怨霊が、この寺に現れるようになる。

 里人は黒影こくえいの幽霊となって堂宇どううをさまよい、尼たちは夜な夜な呪いの大読経を行った。

 そして阿守長郷あもりながさとかしらえた地侍たちの怨霊が、悪鬼の姿で徘徊はいかいし、何も知らずにこの寺を訪ねた人々を、恨みに飽かせて殺戮さつりくしていた。

「戦世ではどこだってある光景さ。俺だって……」

 言いかけた凌介が急に言葉を切り、二人に冊子を開いて示した。

 真咲の胸が小さくうずいた。

 凌介も同じく一族を長濱軍ながはまぐんに滅ぼされている。しかし彼はそれを乗り越え、今ここで新しい朋友や大切な部下と共に長濱国の為に尽力している。

 真咲の横で、新九郎は黙って縁起えんぎに視線を落とした。


 春、本堂。尼たちが熱心に境内けいだいの手入れをする光景。

 講堂こうどう勤行ごんぎょうする尼たちも多く描かれている。

 境内で走り回る子供たち。それに交わる地侍の姿。咲き乱れる美しい花々。

 やがて沸き起こる惨劇。阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図。

 土岐軍の襲撃。血まみれになった老若男女ろうにゃくなんにょ

 赤子をかばい、背後から槍で貫かれた若き尼たち。

 天を呪うように突き出された、老いた尼の細腕のこぶし。

 それは、この寺に起こった悲劇の瞬間を、克明こくめいに描いたものだった。


 寿慶じゅけい三年。旅の絵師ほうかい、在りし日の六桐寺りくとうじしのんでこれを描く。


寿慶じゅけいは、今のせいの前の元号。だから、この冊子は唯一新しかったんだ。寺が滅んでから描かれたものだったから。おそらくこの絵師が、とむらいの意をこめて奉納ほうのうしたんだろうね。」

「……知らなかった。同じ国、同じ時代に生きていたというのに……」

 真咲が苦しそうにつぶやいた。

 その言葉に新九郎も目を伏せたが……、

「ちょっと待ってくれ。ここにはあの老僧がどこにも描かれていない。じゃあ、和尚さんは……鐘撞かねつじじいは、一体誰だったんだ……」

「俺もそれを思ったよ。」

 呆然ぼうぜんとつぶやいた新九郎に、凌介は最後の頁を開いて見せた。

 そこには四季の花咲き乱れる美しい鐘楼しょうろうひざまずく比丘尼たち。

 そしてその横に燦然さんぜんと輝いているのは……。

「まさか……!」

 不意に身を起こした新九郎は、驚く真咲の制止も聞かず、激痛の身体を引きずり上げるようにきざはしを這い上がった。



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