扉に揺らめく怨霊大将

 本堂から外へ飛び出せる出口が、回廊かいろうにつながる大扉だった。

 唐様からようの開き扉は、今はぴったりと閉められている。さん唐戸からどと呼ばれる美しい造りだが、薄板や飾り板をはさみ込むように、木製のかまちが縦横に走り、人力で開くには力と時間がかかりそうだ。

 その唯一の出口をふさぐ形で、扉前の汚水の中から、ひときわ大きな怨霊の姿が立ち上がった。

 歓喜にあふれて舞うように、人魂がいよいよ速度を上げて飛び回り、血の床にのたうつ影が、いっそう悲愴ひそうなうめき声を上げる。

 巨大なよろいかぶとの大将が、光る刃を抜き放ち、ゆっくりと三人をめ据えた。

「ワガ…ナハ……アモリ…ナガサト……イザ……ジンジョ…ニ……」

 顔立ちは解らない。ただ、かしいだかぶとの奥から、どろりとした声があふれ出て来る。

「アモリナガサト……。チッ、化物のくせにいっぱしに名乗りやがって。こいつが怨霊どもの大将か」

 真咲が新九郎を振り向いた。相手が一瞬で了解してうなずく。

「……凌介、行け。俺たちが扉を開ける時間をかせぐ。」

かげ……!」

「へっ、元々三人仲良く逃げられるとは思ってねえよ。俺は、あいつを倒す。かねは、頼んだぜ。」

「あんたが一番足が速いからな。俺もここに残るよ。真咲一人じゃ心配だ。」

 かたわらで新九郎が明るく笑った。

「わかった。頼む。」

 二人の決断に、凌介は逆らわなかった。日の出までもう時がない。しっかりと視線を返すと大刀を納めて左足を引き、いつでも飛び出せる構えをとる。

「新九郎、行くぜ!」

「よし来た!」

 真咲と新九郎が、勢いよく飛び出した。

 右側から大きく回り込み、息を合わせて猛然と怨霊大将に斬りかかる。巨大な身体が意外と素早く彼らの方に向き直ったその一瞬、凌介が弾丸のように、扉に向かって突進した。


 ガッキィィィン!


 真咲の大刀が、大将の刃とからみあう。

 一方パッと飛び退すさった新九郎は、振り向きざまに、次の矢をつがえて凌介を狙う天井の怨霊目がけて思い切り陣刀じんとうを投げつけた。

 回転して飛んだ幅広の刃が、ドガッ! と大弓を直撃する。

 怪異はくるくると回って消えたが、去りぎわ一矢いっしを打ち込んで行った。

 バアン! と、凌介の足元で床が炸裂さくれつする。

 泥と、沼草が千切ちぎれて飛んだ。

 間一髪かんいっぱつ、その打ち込まれた矢を飛び越えてかわす。大将が、ぎろりと振り向いた。

 手で開けている暇はない。巨大な鎧姿の真横の地面で思い切って踏み切ると、凌介は、頑丈がんじょうに閉ざされている大扉に全力をかけた回し蹴りを叩き込んだ!


 バキイィィィイ……ッ!


 渾身こんしんの一撃に、美しい桟唐戸さんからどが粉々に砕けて吹っ飛んだ。

 一瞬、目の前に迫る怨霊を忘れて、新九郎が息を飲む。

「すげえ! でもあれ、いにしえの価値の高い扉じゃ……」

「苦情は備中おやに丸投げだ!」

 大将の一撃をはね返しながら、真咲が叫んでいる。

 本堂の扉をぶち破った凌介は、ついに明け行く空の下に飛び出した。

 遠く山上の稜線りょうせんが赤く燃え、日の出はもう眼前がんぜんだ。

 回廊かいろうから眺めた大空は美しく晴れ渡っていた。

 しかし振り返って見れば、まだ夜闇よやみを残す本堂は、後から後からき出る怨霊の支配下だった。

「影、新九郎、無事でいてくれ!」

 刻々こくこくと輝きを増す東の空をにらみながら、凌介は回廊かいろう欄干らんかんから一気に地面へと飛び降りた。

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