この期に及んで鐘撞(かねつ)き爺(じじい)

「こいつら全員幽霊だよな!? 幽霊ってことは実体がない! すなわち持ってる武器も空気と同じだ、行ける!」

 明るく叫んで立ち向かった新九郎を、ビュンと鋭い刃風がかすめた。

「くそう、刃は本物かよ!」

「おめえは楽観らっかん過ぎんだよ! ホンモノかどうか見りゃわかるだろうが! こいつらの武器も、殺気もな!」

 真咲が大刀を振り回しながら大声でわめく。

 すさまじい一撃をとっさに受け返した陣刀《じんとう

 》から火花が散った。バッと間合まあいを外され、たたらを踏んだ新九郎と真咲の間に、刃をひらめかせた怨霊が強引に割り込んで来る。

 一瞬無防備になった真咲の背中目がけて、猛然とさびとうが振り下ろされる。こいつは馬にめちゃくちゃに踏まれたのか、体内の骨が折れ曲がり、その姿は目をそむけたくなるほどぼこぼこに変形している。

「させるかよ!」

 しかし同情の余地はない。真咲は振りむきざまに下方から斜めにすくい上げ、自らの刃を思いきり相手の武器に叩きつけた!


 ガッキィイイン!


 真咲の怪力をまともに受けた相手の錆刀さびとうが一撃で粉砕ふんさいされる。武器を飛ばされた死霊がくるくると宙を舞い、ボワッと四散する。

 復活はない。

「よっしゃ! こいつら、武器を折れば消えるぞ!」

 真咲が勇気百倍で怒鳴った。


 倒せる相手なら勝算はある!


 凌介もその素早さにモノを言わせて的確に周囲の騒霊を斬り伏せていた。しかし次々と立ち上がる怨霊の分厚い囲みを、戦慣いくさなれした二人でも、なかなか突破できない。

「新九郎、無事か!」

「あ、ああ、なんとか!」

 気遣きづかう凌介に切迫せっぱくした声が応える。

 真咲と引き離された後、新九郎は小部屋に追いこまれていた。

 その単身戦う新九郎のかたわらに、ぬっと小柄な影が這い出た。

 あの老僧だ。

 いつの間にここに来ていたのか……。

「和尚さん、逃げろ!」

 化物の刃を受け止めながら、気づいた新九郎が必死で叫ぶ。

かねを! 鐘をいて下され!」

「はっ!? あんたやっぱり化物だったのか!」

「お願いじゃ、どうか鐘楼しょうろうへ行って下され! 夜明けの鐘をいて下され!」

 老僧は泣いていた。しわくちゃの顔に涙を流しながら、新九郎の足にすがりつこうとする。間一髪それを避け、振りおろされて来た悪霊の刃を跳ね返しながら、新九郎は悲鳴を上げた。

「やめろ和尚さん! 状況解るだろっ、そんな、しがみつかれちゃ、わあっ! やめてくれっ! おい出石、真咲助けてくれっ!」

「くそっ、こっちも手一杯だ、踏ん張れ!」

 真咲が汗だくになって怒鳴り返す。

「もうすぐ夜が明けてしまう。お願いじゃ、鐘を、鐘を……!!」

 真の願いか妨害か、まとわりつく老僧に思う存分戦えず、防戦一方になってついに悪霊どもに壁ぎわに追い詰められた新九郎に、凌介が怒鳴った。

「鐘を撞け新九郎!」

「ええっ!? そんなくと言ったら死……」

「いいから言え! この三人の誰かが撞くと言え、早く!」

「ええい、もうやけくそだ! 和尚さん! 撞くよ! 撞いてやる!」

「おおおおお!」

 老僧の歓喜の声が、怨霊の呻き声をしのいで響き渡る。

「ありがたや、ありがたや」

 合掌がっしょうした姿から、パアッと美しい光 が散った。

 光を浴びた怪異が、うめき、くずおれ、あるいはその場で凍りつく。

「和尚さん! あんた一体何者なんだ!?」

 老僧がいきなり放ったまぶしいほどの輝きに、新九郎が仰天ぎょうてんして叫ぶ。

「さあ早く行ってくだされ。鐘楼しょうろうは、本堂北西の高台にありまする」

「来い新九郎! 話は後だ!」

「あっ、ああ……!」

 化け物が後退し道が開いた。

 老僧がくれたチャンスを逃さず、三人は再び固まると、暗い廊下を猛然もうぜんと走り出した。



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