本性出たりお化け寺

 月が沈んだ裏山から、不意に遠く、すさまじいときの声がき起こった。

「ぐわっ、なんだっ、戦!?」

 うたかたの夢を容赦ようしゃなく破られた真咲が窓から転がり落ちかけて、寸前すんぜんで体勢を立てなおす。

 冊子さっしを握ったまま立ち上がった凌介が、鋭く窓の外を振り仰いだ。

「ちがう! 声の方角に明かりが見えない。怪異かも知れない、気をつけろ!」

「新九郎、こらてめえ、のんきに寝てんじゃねえ! 起きやがれ!」

「なっ、何!?」

 ただならぬ真咲の怒鳴り声に、新九郎が仰天ぎょうてんしてね起きる。

 小窓の前は、白砂敷しらすなじきにつつじと自然石を配した小さな庭園だった。

 庭園の向こうは境内けいだいで、遠く正面にはくぐって来た山門がある。

 山門の向こうに深い竹林が見えていた。

 そこに突然、無数の明かりがともった。灯明とうみょうを手にしたあま姿がいくつもいくつも竹林の中に浮かび上がる。

 その姿はあるいは灯明をかかげ、また別の手には仏具のりんを持ち、自身もぼんやりと光りながら、次々と山門から境内けいだいに向かって進んでくる。


 地の底からどろりと湧き出すような唱和の声が響き渡った。


大悲ダイヒドンラン和尚クヮジャウハァ~……ソノ四海シカイニ知レ渡リィ~』


 ビシイッ! とふすまに裂け目が走った。


「うわああ! ヤツらだ! 出やがった!」

「影! 窓を閉めろ!」

 恐慌状態きょうこうじょうたいおちいった真咲に、凌介が切迫せっぱくした声を投げる。


 ドォーン! シャーン!

 鉦鼓しょうこが鳴らされ、尼たちがおどろおどろしい声をそろえる。


怨愛甚オンナイハナハガタクゥ~……呪音ジュオンカネカセケリィ~……』


 りいん! と尼たちが手に持つりんが一斉に鳴った。


 真咲が飛びつくように小窓を閉め、ふっと唱和の声が遠のく。

「来るぞ! 備えろ!」

 凌介と真咲が床の間に立てかけてあった大刀を抜き放ち、新九郎が陣刀じんとうをつかんで身構えたその一瞬!


 ボタボタボタボタボタ!


 天井から雨のように生ぬるい液体が落ちてきた。

 暗闇ではっきりとは分からなかったが、その生臭いにおいから恐ろしいものであることは解る。

「うわあ! これって!?」

「見るな新九郎! 部屋を出るぞ!」

 凌介が叫びながらふすまに体当たりするようにして廊下へと飛び出す。その後から走り出した真咲が、ぎゃあっと驚愕きょうがくの声を上げた。

 真っ暗な僧坊そうぼうの廊下には、すさまじい数の火の玉が飛んでいた。

 青、赤、黄土色、緑……それが激しく飛び交い、ふらふらと舞い落ち、そこここで暗い影がゆっくりと立ち上がる。

 尼たちの読経どきょうは、今や耳をおおいたくなるような大合唱となって、小窓の脇を通り過ぎ、講堂へと向かって行く。


 ガタガタガタ! と全ての部屋のふすまが鳴った。


 人魂ひとだまの間から、さびだらけの刀をだらりと下げたざむらい姿の幽霊が、ゆらゆらと立ち上がった。

 片手がない者、首がおかしな方向にねじ曲がっている者、ハリネズミのように全身に矢を受けている者……明らかに生きてはいない姿が、意思ある者のように三人を目がけて集まってくる。


「背中を合わせろ! 死角を無くすんだ! 影と新九郎は前方! 後ろは俺が防ぐ! 突破口を開いて外に出るぞ!」

 すさまじい読経の声を振り払うようにして凌介のよく通る声が叫んだ。

 即断即決、流水りゅうすい異名いみょうをとった凌介の流れるような指揮ぶりは怪異かいいが相手でも変わらない。

 汗だくになってうなずいた真咲と新九郎は、ぴったりと息を合わせて化け物どもを迎え撃った。


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