やっぱりおかしい古寺の夜

「新九郎! 無事か!」

「おめ、大丈夫か!?」

 血相けっそう変えた真咲と凌介がおっとり刀で飛び込んで来た時、諫早新九郎いさや しんくろうは、ぼうっと脱力しながら本堂の床に座り込んでいた。

 そばにはペチャンコになった百足むかでの死骸。

「なんだなんだ……まさかさっきの悲鳴は……」

 真咲がぽかんとつぶやいたが……次の瞬間。

「この阿呆! いっちょまえの武人が虫一匹に食われそうな声出すんじゃねえ! マジでびびったじゃねえか!」

「演技に決まってんだろが……」

 言い返した新九郎の声がかすれている。

「何があったんだ」

 凌介の冷静な声に、ぐったりと顔を上げた新九郎は

「出たよ……かねつき爺が」

「なんだって!?」

「ありゃまるで城下に居る押し売りの爺さんだな。さっきの老僧だよ。ここのは良い音で鳴るから明日日の出の鐘をつけって迫られた」

「はは」

 凌介がちょっと笑った。

「良い音って、化け物にしちゃ洒落しゃれた言い回しだね」

「顔がいいとか何とか言ってたけど、やっぱりお世辞せじだったか……」

「……ん?」

「い、いや、なんでもない。とにかくあの和尚おしょうさん、眼光がんこうがただ事じゃなくってな。怖かったよ」

「で? おめえはなんて答えたんだ」

「なんとも答えなかったさ。どっちを言っても殺されるんだろ。ああ……もう、ワケ解んねえ……」

「まじかよ……」

 真咲がどっかりと座りこむ。凌介もかたわらに腰を下ろした。

「この寺よ……なんかおかしくねえか?」

 床に三つ置かれた湯のみを見つめながら、ややたって、真咲がぽつりと言った。

「……かげ、お前も何か見たんだな?」

 そんな真咲をじっと見て、凌介が静かに言った。

「ああ。きょうを聞いた」

「経?」

「さっき、な……。尼さんが大勢で、読経しながら竹やぶからいて来やがった。ありゃ、尋常事ただごとじゃねえ」

「どうやら怪異かいいを払うって任務は、健在のようだね」

「やっぱり、そう、なるのかよ……」

 真咲がげっそりと肩を落とす。

「いやいや、やってやるぜ!」

 突然新九郎がバッと跳ね起き、ぎょっとなった真咲がおいてあったお茶をひっくり返した。

「くっそう! あんなさげすまれた眼で見られたまま引きさがれるかってんだ! 見てろ、怪異の正体、絶対突きとめてやるからな! でもかねかねえぞ!」

「おめえ、誰にさげすまれたって……?」

 てっきり退散たいさんを主張するかと思っていた新九郎のまさかのやる気に、真咲が呆然ぼうぜんとつぶやいたが、相手はそれには答えなかった。

 真咲は悄然しょうぜんと、凌介は冷静に、そして新九郎は熱い決意をこめて、ここに三人は、寺で一夜を明かす事にした。


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