納戸の冊子と叫び声

 出石凌介は、経蔵きょうぞう納戸なんどの中に居た。

 棚には経典きょうてんや古びた書物ばかりで、目指す鏡台きょうだいは見当たらなかった。

 幸い、ここは僧坊そうぼうの奥にあるためか、燭台しょくだいは全て灯されて明るかったし、時折夜番の誰かが立てる音らしきも伝わって来て、怪異の気配は感じられない。

 経蔵きょうぞう一隅いちぐうで、凌介は一冊の書物を手に取っていた。

 表には、墨痕ぼっこん鮮やかに

深山六みやまむぎり縁起えんぎ

 とある。

 棚に並んだ経典も書物も、ほとんどが遥か昔の古書らしく、触るとぽろぽろとじ目が崩れて凌介をあわてさせた。が、その中で唯一、彼の指にしっかりと触れた、比較的新しい冊子がこれだった。

 棚に戻さず抜き取ったのは、この題から、ふと、自分の専属の部下……お旗女はためあさが、以前言っていた一言が思いだされたからだった。


縁起えんぎと名の付く書物には、思いがけない由来が記されております。新しいお城に行くと、私はいつも一番にそれを読みます。』


 やわらかな声音と優しい笑顔が、懐かしくよみがえる。

 片時も離れず仕えてくれる彼女も、今は長濱本城ながはまほんじょうへと呼ばれており、今回の任務には関わっていない。

 ぎりとは、このりく桐寺とうじの事だろうと思った。


 探すのは桐の三面鏡。

 六桐寺にも桐の文字……。


 二つに関わる何かが記されているかも知れないな、と凌介は考えた。

 手燭てしょくえ直して読もうとした時、どたどた……と騒々しい足音が響き、ドスン! と何かが納戸なんどの扉に激しくぶつかる音がした。

 反射的に顔を上げると、扉にしがみつくようにして、ぜえぜえあえいでいる真咲とバッチリ目が合った。

「なんだかげ、どうしたんだ?」

 言いながら凌介は冊子をふところへと入れた。

 老僧の許しは得てあった。部屋でゆっくり読めばいい。

 それより気になったのが荒い息をつく真咲の顔色だった。

「りょ、凌介……、お前、ここにずっといたか?」

「ああ、動いてないぜ」

「な、何も、その、何か変な声とか姿とか、出てこなかったか?」

 あまりに真剣な真咲の声に、凌介は笑いだした。

「何も聞いてないよ。おいおい、どうしたっての。まさか、化け物でも出たってか?」

「う……い、いや、な、なんでもねえ。別に何でもねえよ!」

 ぶんと首を振った真咲が、舌打ちをしながら立ち上がる。

「あれはきっと空耳だ……おれの見間違いだ……ちげえねえ……」

 いぶかしげに納戸から出てきた凌介に構わず、真咲はぶつぶつつぶやいている。

「影……お前、何があった」

 凌介が不意に表情を引き締めて、朋友に問いかけたまさにその時……!

 凄まじい悲鳴が聞こえてきた。

「うおっ、何だっ!?」

「本堂からだ!」

 真咲がビクッと顔を上げ、凌介が弾かれたように振り返る。

「本堂……新九郎か!?」

「何かあったんだ。行こう!」

 顔を見合わせた二人は、次の瞬間、だっと駆けだした。


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