噂と違って拍子抜け

「うおっ、こりゃあ……」

 山門をくぐった真咲が、驚きの声を上げる。

 凌介も思わず眼を丸くした。

「本当に、ここなのか?」

 一足遅れてきた新九郎が、ポカンと口を開けて立ち尽くす。

 三人の目前には、六桐寺りくとうじの本堂が堂々とした姿を現していた。

 美しくき詰められた玉砂利たまじゃり境内けいだい古都ことの寺にも似た本瓦ほんがわらの大屋根に、りの柱。

 入子板いりこいためられたさん唐戸からどの大扉。その正面の扉は大きく開け放たれ、幾本ものろうそくに照らされた本尊ほんぞん弥陀みだ如来にょらいが、闇の中に浮かび上がって見えた。

 回廊につるされたとうろうにはすでに灯がともされて、幻想的な夜の伽藍がらんを演出している。

 渡り廊下でつながれた小さな僧坊そうぼう。裏手には講堂こうどうもあるようだ。

 問題の鐘楼しょうろう敷地しきちの奥にあるのか、見当たらない。

 驚いたのは、それだけではない。

 本堂の灯火の下で、いくつもの人影が静かに動いている。

 信仰心あつ里人さとびとが、手入れをしているのだろうか。それとも廃された後も、寺に留まり続ける僧侶そうりょたちなのか。

 参詣人さんけいにんこそいなかったが、食堂じきどうには炊事の煙も立ち昇り、そこにあるのは怪異かいいとは程遠い、夕刻の山寺の姿だった。

「おいおいおい、どういう事だよ。ここは誰も近づかねぇ、化物が出る寺じゃなかったのか」

「なんだよ影。怪異にいたかったのか?」

 真咲の拍子抜ひょうしぬけした声に凌介は思わず吹き出した。しかしホッとしながらも、噂とのあまりの違いに内心首をかしげてしまう。

「最初に拝んどこう。どうか変なものが出て来ませんように……」

 二人の横で、新九郎が真面目くさって両手を合わせている。

「出て来なさそうだね、この様子だと。良かったじゃないか。あとは寺の誰かに鏡台きょうだいについていたら、この任務はおしまいだ。今夜は泊めてもらって、明朝早く帰ろうぜ。」

 疑念ぎねんを振り払うように、凌介が明るく答える。

「ちぃっ、ったく、気が抜けちまうぜ! 長濱ながはまあだなす妖怪を、存分ぞんぶんにぶっつぶしてやりたかったのによ」

「やめてくれ! そんな事言ったら何か出るかもしれねえだろ!」

 腕を振り回して気炎きえんを上げた真咲に、ぶつぶつと念仏ねんぶつとなえていた新九郎が、キッとなって振り向いた。

「上等だぜ! ははは、新九郎お前そんなに怖いのかよ? なっさけねェな、おめえ俺より年長だろうが!」

 真咲が面白がって挑発する。

「うるさい! 歳は関係ない! 怖いものは怖い!」

 顔を赤くした新九郎が食ってかかる。

「おいおい影、新九郎……中に聞こえるぞ、やめとけって」

 凌介が呆れて止めた声も空しく、二人はぐっとにらみ合った。

「ハン、行き道じゃ真咲だってビビってたろうが!」

「ああん? なんだとコラ。いつ俺様がビビった、ええッ!」

かねの音聞いて、顔色変わってたぞ」

「うるせえ! てめえだってなんだ! さっきはただの芝刈しばかり人に、踏みつぶされたような声出しやがって! 武人の風上にも置けねえ!」

「黙れ! あんな急に出て来たら誰だって驚くじゃねえか!」

「また始まった……。先行くぜ」

 ため息をついた凌介は、わめき合う二人を放ったらかして、すたすたと本堂に向かって歩き出した。


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