六桐寺(りくとうじ)はすぐそこですよ

 思い思いに鳴き声をかわしながら、夕暮れの空をからすがねぐらへと帰って行く。

 暮れゆく山に陰々いんいんとこだましていたかねの音は、三人がその出所でどころを突き止める間もなく、やがて青暗く沈んだ景色に吸い込まれるように消えてしまった。

「今、日が沈んだな。」

 生ぬるく吹きつけてきた夕方の風に、つぶやいた凌介りょうすけの栗色の髪が、ふわりと揺れた。

「やな感じだぜ。まるで俺たちに聞かせるみたいに鳴ってやがった」

 新九郎が不気味そうに辺りを見回す。夕刻ゆうこくの色のせいか、いつもはあかほおも今は青ざめ、お城女中しろじょちゅうに人気のくるくるとした童顔どうがんは、途方とほうにくれた幼い少年のような表情を浮かべている。

「おかしなこと言うんじゃねえ。この辺にだって、かねく寺なんざ山ほどあらぁ」

 真咲まさきが、妙に威勢いせいのいい声で胸を張った。

 内心はさておき、彼の野太い大声は、周囲の陰鬱いんうつな闇を遠慮なく切り裂くようだった。

「おかしいな。もうそろそろ見えてもいいはずだが……」

 凌介は怪訝けげんそうに辺りを見渡した。

 山門もなく、門塀もんぺいらしきも見当たらない。ただ大量の山鳥たちがさえずる声が、薄暗い雑木林に幾重いくえにも響いているだけだ。

「ここで日が暮れると、ちょっと面倒だね。どうする、一旦いったん戻るか?」

 凌介の声に、最後尾しんがりの新九郎がパッと顔を輝かせる。

「そうだ、それがいい。戻ろう戻ろう! 明日も忙しいしな!」    

 明るく言うや他の二人の反応も待たずにきびすを返す。

 その時だった。

「いかがなされたな?」

 いきなり新九郎の前に大柄な人影が立ちはだかった。

「ぎゃっ?」

 日頃隊下を率いていさぎよく戦場に飛び込んで行く勇猛ぶりもどこへやら、仰天ぎょうてんした新九郎が、妙な声を上げて棒立ぼうだちになる。ハッとなった凌介は、すぐにそれがしばを背負って高山こうざんから下りて来た里人さとびとだと気がついた。

「なんだ人か……お、おどかすなよ……」

 反射的に腰のじんとうを握った新九郎が、へどもどしながらその手を離す。

「お前、情けなさすぎるぜ! そんなに化物が怖いのかよ」

 しかめつらの新九郎のかたわらで、真咲がげらげらと笑った。

「ふん、真咲の声も上ずってるよ」

「ンだとてめっ!?」

「はいはい、邪魔だよ。ちょっとどいてくれ。」

 にらみ合う二人をき分けて、凌介が里人の前に出る。

「すまないが、教えてくれ。この辺りに六桐寺りくとうじと言う寺が……」

「ええ、ござりまするよ、お侍さま。六桐寺なら、ほら、あそこに」

 問いかけに、里人はすぐさま前方を指さした。

 視線を向けると、確かに茂みの彼方に質素な土塀どべいが見える。黄土色おうどいろのしっくい壁に、黒塗りのかわらが乗っている。

 辺りが薄暗かったため、つい気付かなかったようだ。

「ありがとう」

 礼を言った凌介が歩き出す。

 真咲がちらりと新九郎を見やり、それからぐっと派手やかな肩をそびやかして続く。

 その後に、しぶしぶと続こうとして……。

「ちょっと聞きたい。あの寺にお化けが出るってうわさは……」

 ふと立ち止まり、新九郎が振り向いたとき、里人の姿はもうどこにも見当たらなかった。

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