Time is life 4
その次の日。
俺は昨日と変わらず駅から20分歩き登校し、昨日と変わらず退屈な授業を受けながら早く終われ早く終われと時計をにらんでいた。登校してから気がついたが今日は無人駅に閉じ込められるなんてことはなかったな。やっぱりアレは夢だったのだろうか。いや、夕霧は何か知ってそうな口ぶりだったしなぁ。考えると少しばかり興味がわいてくるので詳しく聞いてみたい気もするが忘れるとお互い約束してしまった手前今ほじくり返すのは何だか意欲がわかなかった。そもそも俺は昨日彼女の連絡先を聞かなかったわけだから行動のしようがないのだが。
昨日承諾してしまったマラソン大会関係の話は次聞くのは少なくとも1週間ほど時間が空いているものだと思っていたし、たかがタイムを計るだけの(高竹曰く)簡単な仕事だから別段気にも留めず、その記憶は脳においておとといの夕飯のメニュー程度の重要性でしかなかった。だから昼休みに水泳部員に「客が来ている」と話しかけられた時にはとんでもなくデジャブを感じたし、そういやこんな事昨日もあったなと思い出すのに1秒もかからなかった。昼休みにわざわざ教室に来る友人なんぞ俺にはいないので夕霧が生徒会の話をしに来たのは明らかで、いったい何の用だろうかと俺は首をかしげながらドアへ向かった。
今日のお客は2人だった。
あけ放たれた引き戸からは昨日と同じ、腕を後ろに組んでなんだか居心地悪そうにもぞもぞしてる夕霧が見えた。そしてその横には彼女より頭一つ分くらい背が高い女子生徒が一人。俺が夕霧と目が合うと、彼女は少し微笑み、そこに隣女子生徒が話しかける。話しかけられた女子生徒は俺を一瞥し、ニヤッと笑って口を開いた。どうやら俺について話しているらしい。すると夕霧はなにか慌てたように彼女の肩をちょっと押し、そこに女子生徒がより一層ニヤニヤ顔をしながら何か言い、夕霧も笑いつつ答える。彼女たちが何を言っているか耳を向けてみたが「…が…の……と?」「…ッ…が……よ~」というような感じで助詞ぐらいしか聞き取れなかった。声はかなりのハイトーンで、キャピキャピってこういうことを指すんだろうなと思った。
俺がどう声をかけるか迷いながら近づくと、(夕霧よりは)背の高い女子生徒が
「あんたが阿武隈クン?」
と大きな声で聞いてきた。
「そうですけど」
と答えると女子生徒は俺をまるで3Dスキャンでもするかのようにじろじろ眺めて、
「ふぅ~ん」
とだけ言ってまたニヤッと笑った。
腰まで届きそうなぐらいまっすぐな髪は真っ黒で、白い肌の中に俺を面白そうに見つめる黒い瞳と口角の上がった朱色の唇、その顔はとてもきれいに整っていて、最長でも2年しか年が違わないはずなのにずいぶん大人びて見えた。一言で言うと美人である。上履きの色からするとこの女子生徒は2年生で、やはり夕霧と同じく校則をそのまま再現したような制服の着こなし方をしていた。優等生なんだろうな、この人も。
「あの、なにか?」
数秒立ってもニヤニヤ顔で3Dスキャンされ続けるだけだったので口を開いてみた。
「特に用ってのはないんだけどね」
まだニヤニヤしている。
「あ、自己紹介してなかったね。あたしは月原 葵。生徒会の2年生代表。まー代表つっても2人しかいないからそこまでレアってわけじゃないんだけどね」
ハキハキと彼女は話した。
「それでさ、昨日は高校間同士の会議ってもんがあってね、隣の秋夜高校まで行ってたの。で、挨拶しそこねちゃったから今日しようと思って」
「はあ、そうですか」
わざわざそれのために来たんですか、生徒会も暇なもんですね。と言いたくなったが喧嘩売っていると勘違いされても困るので黙っておいた。
「いや~でも、あれにルナ連れてかなかったのは正解だったな~」
「え?なんで?」
月原と名乗った2年生代表様は今度は隣の夕霧に話しかける。
「あそこって男子校でしょ?行ったらみんな一斉に私のこと見てきてさ、私は話しかけられるたびに睨んでたから大丈夫だったけど、ルナが行ったら食事に誘われる回数は2,3回じゃ済まないわよ。あいつらオンナに飢えてるわ!でね、特に胸!あいつら私の胸をずっと見てくるの!絶対胸にオートフォーカスするプログラミングがなされてるわ」
「へ、へえ、そうなんだ」
「あっ、でもルナには見るほどの胸がないから行っても大丈夫かもね」
「ちょっとそれどういう事?私だって…ちゃんと…ある……し」
「語尾が聞こえませんよールナちゃぁん。ほんとにそう思ってるの~?」
「お、思ってるし!ちゃ、ちゃんと胸あるからっ!」
はて、なんで俺はこんな会話を聞いているんだろうか。しかもこの2年生代表を名乗った女、平気でセクハラしやがる。これが男だったら大変なことになってるぞ。
このセクハラ会話があと数十秒続き、こっそり席に戻ってもばれないんじゃないかと俺が考え始めた頃、月原葵が
「じゃあせっかく男子がいるんだし、聞いてみよっか」
と言っておもむろに夕霧の脇に手を伸ばし体を密着させてからずいっと一歩踏み出して
「阿武隈くん、私とルナのどっちが胸あると思う?ていうかこの子の胸ってあると思う?オートフォーカス働く?」
などと話しかけてきた。セクハラ会話に俺を巻き込まないでほしい。確かに夕霧のそれは平均以下だと思うが、俺がそれを正直に答えたらセクハラだし、「いや、あると思います」などと答えてもセクハラだし、それ以前に夕霧の胸を直視した時点でアウトな気もする。そもそも比べるまでもなく月原葵のそれは平均以上の代物で、そりゃ男たるものオートフォーカスが働く気持ちもわかるし、おそらくそれを自分では完全に理解している上で質問してくるなんて性格悪いですよ、などとは一言も声に出せずに俺はずっと2人とは目を合わせずに右斜め上を見ながら「あー」とか「うー」とか唸ることしかできなかった。
そんな俺と、小脇に抱えられながら顔を赤くしてうつむいている夕霧とを見た月原葵はニマーっと笑って
「いいよ、いいよ、この答えは放課後聞くから。それまでに答えだしておきなさいよ、阿武隈クン」
と言った。どうやらこの2年生代表さんは人をおちょくるのが好きらしい。
「もう昼休みも終わっちゃいそうだし、そろそろあたし達は帰るわ。放課後は急いで生徒会室に来ること。それじゃよろしく」
と言って夕霧を小脇に抱えながら踵を返した。…ん?
「ちょっと待ってくれ…ください。生徒会室に来るってどういう?」
「あれ?聞いてないの?ルナちゃん、あなたちゃんと話した?」
「え?マラソン大会の助っ人の話でしょ?話したよ――」
「あーそうだった、そうだった。竹クンに伝えるの忘れてたわ」
月原葵は俺の方に向き直り、肩にボンっと思い切り手を置いて(ちょっと痛かった)何故か得意顔でこういった。
「阿武隈クン、あなたには今日から臨時生徒会員として働いてもらいます」
…は?
「聞いてないんですけど?」
「大丈夫、今聞いたでしょ?」
「いや、マラソン大会でタイム測るだけとか聞いてたんですが」
「最初はその予定だったんだけどね~。生徒会人手が足りないのよ。文化祭だけなら良かったんだけど、秋夜高校との合同企画にも人割かなくちゃならなくて。そしたらマラソン大会の準備できるのがルナちゃんだけになっちゃうの。だからあなたにも手伝ってもらおうと思って。聞いたわよ、キミ校内タイピングテスト2位でIT得意なんだって?ちょうどパソコン得意な人がほしかったのよね~」
そんな急な…。たしかに俺は放課後暇だけれども、だからってタダ働きにハイそうですかと頷くわけには――
「そう言えばあなた、体育見学してるのに病院での診断書提出してないわよねぇ」
月原の顔がまたニヤニヤ顔に変わった。コロコロ顔の表情が変わる先輩である。その目は俺の左腕のコルセットに向いている。
「ほんとは診断書なければ見学ってできないんだけど、なんで出してないわけ?あ、もしかして、ホントは運動できるとか?そんなわけ無いわよねぇ」
「んぐ…」
芝居がかったわざとらしいセリフを吐いてくる。こいつ、俺が半分仮病で体育をサボっていることをどこからか知った上で言っているんだろう。しかし、これで断ったら体育教師にそのことをチクられるかもしれず、要するに俺は脅されているわけだ。どうする、俺。
「いやでも、それとこれとは話が違うんじゃないですか——」
「もちろん違うわ。でも生徒会役員として不正に気づいちゃったら無視するわけにはいかないのよねぇ〜〜。あ、でももしあなたが私たちのお仲間になってくれたら忘れちゃうかも」
それに、と俺が口を挟む前に月原という先輩はベラベラと言葉を続ける。
「あなた一応部活には所属しているみたいだけど、最近は出ていないって高竹くんに聞いたわよ?実質帰宅部なら帰る前の30分くらい私たちを手伝ってくれてもいいじゃない?電車3本乗り過ごしたみたいなものよ。……あっそうだ!マラソン大会手伝ってくれたら通知表に生徒会所属って書いていいわ。そうすればちょっと赤点取ったとしても教師がお情けで単位くれるわよ?」
それから月原と俺を交互に見比べていた夕霧の肩を抱き、
「ほら、今ならこんなに可愛い同級生とお近づきになれるチャンスまでついてくるのよ?こんな機会滅多にないわ!ルナも何か言いなさいよ、じゃないと仕事が全部あなたに降りかかるわよ」
「ええっ?!それはちょっと……困るかも……。……その、阿武隈くん、急なお願いだし嫌なのはわかっているんだけど、手伝ってくれませんか……?」
そう言って頭をぺこりと下げた。昨日もこんなやり取りしたなそういえば。
「ほら!こんなに可愛い子が頭まで下げているのよ!どうなの?やるの?やらないの?」
月原はそう言って俺にずんずんと迫ってくる。決して怒っているわけではなく、顔は人をおちょくっているような笑顔のままである。この状況に面白さを感じているような顔だった。俺たちがこんな押し問答をしているのは教室のドアの真横で、昼休みももう終わりに近づき外に出ていたクラスメイトがどんどん横を通り過ぎていくのだが、誰もが俺たちにジロジロと変な目を向けてくる。側から見たらどう思われているのだろうか。少なくとも皆、普段から教室の片隅でスマホをいじっているだけの一人ぼっちの男が女子生徒2人と喋っているという状況に興味を持っているような顔をしている。くそ、居心地が悪い。
「…わかった。わかりましたよ」
数秒考えたが承諾してしまった。
「でも最低限の仕事やったら帰りますからね」
「え?ほんと?感謝するわ」
そう言ってやはり作ったような笑顔を月原はとった。最初からお前がうなづくのはわかっていたわよ、と言いたげな顔だった。今日と昨日で確信したことがある。それが俺が押しに弱いということだ。言うなれば頼めば渋々受け入れてくれるちょろい奴だ。
「じゃあ放課後ね、生徒会室に来てくれればいいから。よろしく。あ、それとあたしのことは下の名前で読んでいいし、タメで話してもいいわ。敬語嫌いだから。ほらルナ行くわよ~〜」
そう言ってもう一度踵を返した。残された夕霧ルナはちょっと戸惑ってから俺にちょこんと頭を下げた。
「あの、阿武隈クン。私もこの話初めて聞いたんだけど、その…手伝ってくれてありがとう。じゃ放課後にね。あ、それと昨日のことは誰にも言わないでね」
それ自分から蒸し返すのか。鶴の恩返しじゃあるまいし、そんなに念を押すことないのに。その一言を俺は飲み込んで上級生を追って早足で去って行く背中を見ていた。
そういえば彼女の名前はルナと言ったんだなと、俺はそんな事を考えていた。
放課後になった。
教室の掃除当番だった俺はそそくさと仕事を終え、生徒会室へ向かう。一体何の仕事が待っているのだろうか。俺はそもそも生徒会が何をしているのかすら知らないので、具体的な想像ができない。いずれにせよできるだけ早く帰りたいものだ。待ち受けている仕事の数々を想像しながら俺は下駄箱を通り過ぎ、廊下で筋トレをしている野球部の横をすり抜け、階段を登り生徒会室にたどり着いた。自分とは3年間関係のない部屋だと思っていたのだが、まさか連日訪れることになるとは。もちろんそこにポジティブな感情はほとんど存在していないということをお伝えしておこう。
ガラガラと開きの悪い引き戸を開け、俺は室内を見渡した。
室内は昨日と同じように長方形になるように長机と椅子が配置されていた。引き戸のちょうど正面には3年生と思わしき背の高い眼鏡の男子生徒が一人。さすがの俺でもこの人のことは知っている。生徒会長だ。何度か集会で見かけたことがあるので覚えた。キリッとした顔に黒縁のメガネは世に溢れている生徒会長のイメージと寸分違わず、あまりにも出来すぎているビジュアルだなと見るたび思う。その左右にはこれまたメガネをかけた男子生徒とギャルっぽい女子生徒が座っていた。男子生徒の方は猫背でパソコンを弄っていた。爽やかな印象のする会長とは真逆のイメージだ。ギャルっぽい女子高生は頬杖をしながら長い爪でスマホをポチポチ触っていた。本当にギャルなのかもしれない。
扉から見て右側には昨日以来の高竹、昼休み以来の夕霧ルナと月原葵が並んで座っていて、その反対側、つまり引き戸から見て左側の長机には書類やらノートパソコンやらが雑多に置かれていた。生徒会員は片付けというものができないらしい。
「えーっと・・・」
コンマ5秒ぐらいでザッと室内の様子を把握した俺はなにか言葉をだそうと思ったのだが、何も出てこない。それもそのはずで俺はなんの用事で生徒会室に呼び出されたのかも知らないのだった。入り口でぼさっと突っ立ってるのもカッコ悪いし、とりあえずなにか声を出さないといけない気がして、「どうも、阿武隈です」と言いかけた時、横から大きな声が発せられた。
「あー!君!待ってたよ!阿武隈クン!もう遅いじゃない!てっきり逃げたのかと思ったっ!」
言うまでもなく月原葵である。立ち上がって俺の横に立ったこの先輩は
「紹介します!これが新しくマラソン実行委員会の助っ人に入ってくれる阿武隈…えーっと」
陸です。
「リクくんです!」
まるで選挙の鴬嬢みたいに大々的なコールで俺を紹介した。なんでそんなにテンションが高いんだ。
俺の名前を読んだだけで月原葵は満足そうな顔をしたのでどうやら紹介はこれで終わりらしい。流石に短すぎる気がしたので
「えーっと、1年の阿武隈です。お世話になります」
と言ってみた。実際はお世話になるどころか、面倒事を押し付けられる前に退散したいのだが。
「ああ、月原さんのとこ手伝ってくれるっていう。よろしく」
いかにも優等生っぽい笑顔で笑いかけてくれたのは生徒会長で、その横にいる2人の生徒会役員(だよな?)は「うっす…」のようなテキトーな挨拶で俺を一瞥するとすぐに自身の仕事に戻っていった。なんだか印象が悪い。
それはともかくとして、入り口に石像よろしくいつまでも突っ立っているわけにもいかないので俺が生徒会室のなかに入ろうとした所、斜め前にいる月原葵が俺の二の腕をガシッと掴んだ。なんだよ。
「君の仕事場はこっちじゃないの。付いてきて。なにボーッとしてるのよルナもよ。竹クン鍵取って。うん…そう。第二の。おーけーありがとー。よし、さあいくわよ」
夕霧ルナと俺を両脇に抱えた月原葵は俺たちをグイグイ引っ張りながら生徒会室をあとにした。
「ちょっと、月原先輩どこに行くんですか」
「阿武隈くん、言ったでしょ?私に対してはタメでいいから。それと葵って呼びなさい。いいわね?」
アオイ。漢字と合わせてちょっと古風な名前だ。なんだかイメージと合わない気がしなくもない。
「いやそれは別にいいとして、どこ行くかだけ教えてくれませんか」
「アオちゃん私も聞いてないんだけど・・・」
「大丈夫すぐつくから。ほら、しゃきっと歩きなさいふたりとも」
葵はそのまま階段を登り、右に曲がった。はて、管理棟の4階ってなにがあったかな。
「着いたわ」
そう言って葵は一つの部屋の前で止まった。『第二生徒会準備室』と引き戸に貼ってある茶色く黄ばんだ藁半紙に書いてあった。ここがどうしたっていうんだ。俺たちは荷物持ちにでも引き出されたのか。
「違う違う。今日からここがあなた達の作業部屋。言うなら第二生徒会室よ」
バンと扉を開いた。
「え…ここが・・・」
思わず二人して絶句してしまう。
そこはガラクタまみれの超汚部屋であった。
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