魂重ねて

三城 谷

契約

 孤独は嫌いだ。自分がこの世界に存在しているかどうか、いや……この世界に存在していいのかどうか、そう問われるような感覚に襲われるからだ。

 自分という存在を確立出来たとしても、その感覚に襲われれば自身の可能性というのは揺らいでしまう。失敗、挫折、劣等……理由は様々で個人差はあるが、誰しもが通る道でもあるだろう。

 人間であるが故、人間であるからこそのしがらみだ。成功する為には努力が必要であり、努力を続けるには成功が必要だという話もある。だが人間、一度失敗してしまえば意識して避けるようになるのだ。


 逃げて逃げて逃げて、逃げ続けて……その結果の先にあるモノは何もない。


 ただ失敗したという事実が残るだけだ。それが嫌なのであれば、成功するまで継続するべきだという結論に至るだろう。続けて、続けて、ひたすら続けた先に見える景色は、続き続けた者しか見える事は出来ないという事も理解しているつもりだ。

 

 だから私――セトは自分の中で出した結論があったりするのだ。


 「セト?……何してるんだ、そろそろ行くぞ」

 「は、はい」


 人間は愚かな存在だというのは、いつの時代も変わる事はない。今まで見て来た人間も、これから見るであろう人間も、失敗と成功を天秤に掛けて歩を進めるのだろう。

 ならば私は、それを見届け続けるのがという存在を確立する方法だ。それが存在理由になり、私の成すべき事であると信じている。今回のご主人も子供だけど、どんな結果を見せてくれるのか……非常に楽しみである。


 ◇


 人間は嫌いだ。己の欲望を満たす為であれば、どんな手段も厭わない。己の欲望を満たす為なら、友人も、家族も、恋人も、仲間も……ありとあらゆる繋がりを犠牲にしても目的を果たそうとする。

 権力者よりも、魔物よりも、そんな人間が一番のだと思える。


 「ねぇゼン、これからドコに行くの?」

 「この先にある洞窟だ。ダンジョンにもなっているらしいから、修行にちょうど良いだろう?」

 「ダンジョンね。確かに力を付けるのに打って付けかもだけど、大丈夫なの?」

 「何がだい?」

 「だってゼン、魔物と戦った事あまりないじゃない」

 「うぐっ……」


 地図を広げる僕に対して、セトはキョトンとした表情でそう告げた。ハッキリと告げられた言葉なだけに、精神的ダメージが多少なりにもある。というか、ぶっちゃけ来るモノがある。


 「魔法の知識はあるみたいだけど、実力的に言うなら下の下よね?本当に大丈夫なの?」

 「セト、心配するか僕の心を折るか、どっちかにしてくれないかな」

 「……ちゃんと戦えるの?」


 少し黙ったセトは、僕の周囲を飛び回ってから肩に座りながらそう言った。小首を傾げてそう問い掛けるセトに対し、僕は眉を寄せつつも軽く反論して見せる。


 「戦えるよ。キミと精霊契約してるんだし、戦い方もキミから教えてもらったじゃないか」

 「それでも下の下だってば。ゼンは魔法のセンスは良いけどね?戦い方は魔物の種類に応じて、対人に応じてって変わるんだよ?頭の悪いゼンじゃ無理だよ」

 「心を折る方でまとめるんだね……大丈夫だよ、なんとかなるなる」

 「その自信はドコから来るのさ」

 「僕にはキミが居る。僕とキミなら、何でも出来るでしょ」

 「またそれ?もう何回も聞いてるけど、それは私を過大評価し過ぎだよ」


 呆れているというのが一目で分かる程、セトの表情は微かに疲れているようだった。確かに自信は無いけれど、確証はあるんだから仕方がないのだ。何故なら、僕はセト自身の力を信じているのだ。

 精霊という存在にもかかわらず、僕と契約して、僕を助けてくれた存在だ。姿形を見た事のない神様を信じるよりも、僕は彼女の事を信じてしまう。どうして僕がそう思っているのか、まずはそれを語る必要があるだろう。


 事の始まりは五年前……僕がこの世界で十年過ごした後まで遡る。


 ◇◇


 鈍い音が響き渡った後、意識はゆっくりと途絶えていくのが分かった。衝撃も、痛みも、何もかもを感じなくなった時、少年の存在はその世界から消えた。そう……少年は一度死んでいるのである。

 魂が流れるまま、流るるまま、流々と少年は彷徨い続けた。何もなく、虚空の空間。世界の理から外れたような感覚さえ覚えるその空間の先へ進み、空虚な世界、灰色の世界を歩み続けた。

 その先には、満天の星空と足場が雲になっている世界が姿を現した。だがその足場はすぐに途切れており、波紋を広げる水面が続いている。その波紋を目で追っていると、少年の目の前にそれは姿を現した。


 波紋が広がる水面から、浮かんできた歪な形の結晶。それを水晶と呼ぶにはあまり滑稽で、それでも決して輝く事を諦めていない水晶の一部。欠片……そう、欠片だ。

 それに少年は近寄ろうとしたが、足元が水面と雲に覆われている事を失念していた。踏み出した瞬間に落ちると思ったが、身構えても落ちる様子も衝撃もない。


 歩ける……大丈夫、歩ける……沈まないし、落ちない。


 それを確かめながら、少年は自分に言い聞かせながら一歩ずつ足を運ぶ。やがて辿り着いた少年は、欠片の前で立った時に目を見開いた。その欠片に映る自分の姿ではなく、その奥に微かに見えるそれに対して戸惑いを隠せなかったからだ。


 少女……そう、少女が欠片の中で丸くなっている。自分の体を抱き締めるように丸くなっている。その姿が裸だと理解出来ても、少年はその少女から目を離す事が出来なかった。

 水晶の中、いや、欠片の中でも分かる程に少女の姿が美しかったからだ。少年は引き込まれるように、吸い込まれるように欠片へ手を伸ばした。だが、すぐにそれは拒まれた。


 欠片に触れようとした少年の手を拒むように、触れる寸前で電撃が走ったのである。指先が焼け落ちたと錯覚する程、激しい痛みが少年を襲う。だがしかし、少年は衝動のままに欠片に触れようとした。

 その少女の美しさに目を奪われたから、と言えば聞こえは良いかもしれない。だがしかし、少年はその衝動を抑える様子はない。少女の姿を見た瞬間、目を奪われた瞬間に感じたのは「美しい」だけではない。


 こんな何もない世界で、空間でただ一人……存在が儚げで、寂しげで、悲しげで、孤独で……そう感じた少年は同情からか、その少女を解放したいと考えたのだ。そこから出してあげたいという衝動が、今の少年の行動理由となっている。

 激しい痛みに襲われながらも、少年はやがて欠片に触れた。その瞬間、欠片は少女を解放するように粉々に砕かれた。ゆっくり目を開けた少女は、微かに寝惚けた様子で少年の目を見つめる。

 透き通った水色の瞳が、静かに少年へと向けられる。ドキリとした少年は、全身が固まってしまったように動けなくなった。やがて右手が左頬に添えられ、もう片方の手も逆頬に添えられた瞬間である。


 ――少年と少女の距離は、零距離となった。


 同時に少年の意識が朦朧とし始め、霞み始めた視界の中で少女は少し離れる。微笑んだ少女は目を細め、意識が朦朧としている少年を見つめた少女の瞳には六芒星が浮かび始める。

 やがて意識が途絶えた少年を抱き留め、少女は嬉々とした表情を浮かべて呟いた。


 「やっと会えたね、私の王子様」


 ◇◇◇


 「うぅ……ん?」

 

 腹部辺りに重さを感じ、微かな苦しさに耐えながら目を開ける。霞んでいた視界が徐々にクリアになった時、腹部の上に居たのは狼の魔物だった。名前は「テッド」といい、怪我している所を拾って飼い始めたのだ。

 

 「おはよう、テッド」

 「……」

 「相変わらずクールな事で」


 僕が挨拶をしても返す事はない。ただ耳を立て、少しだけ僕を見てからまた目を閉じるだけ。だがしかし、それでも僕の腹部から降りる様子はない。そんな様子を見て、僕は笑みを浮かべながらテッドに起き上がる意志を伝える。

 起き上がろうとするとテッドは僕から降り、少し伸びをしてから僕を見る。その目は、「今日は何をする?」と問い掛けられている気分になる。


 「今日は畑の仕事を手伝うから、テッドも手伝ってくれる?」

 「……」


 そう問い掛けると、すぐにテッドは歩き出して家を出る。手伝う事自体は面倒と思っているだろうが、畑仕事を手伝った後に貰える報酬をテッドは覚えているのだろう。

 

 「おーいゼン、テッド!」

 「おじさん、おはよう」

 「あぁ、おはよう。早速で悪いが、これを運ぶのを手伝ってくれるか?」

 「分かった。テッドはこっちをお願い」

 「相変わらずお前の言う事は聞くなぁ、こいつは。他の奴の言う事は全然聞かねぇのに」

 「そんな事ないよ。テッドは落ち着いてるから、懐いてるかどうかが分かりにくいだけだよ。本当に嫌いな相手には、一緒の空間に居る事すらしないよ」

 「ははは、そうかい。なら、俺達も受け入れられてるって事か」


 おじさんはそう言いながら、テッドの頭を少し雑に撫でた。すぐに距離を取ったテッドの様子から、僕は「もっと丁寧に撫でろだって」と告げる。おじさんは苦笑しながら、改めてテッドの頭を撫でた。

 テッドは満足気に口角を上げている。どうやら、間違っていないようだ。そんなテッドの様子を尻目に、僕はおじさんから頼まれた野菜達を運び始める。テッドも僕の後ろを追い、道具を咥えながら足を運ぶ。


 ちなみに僕はこの村に拾われた身だ。森で行き倒れていた僕を拾い、育ててくれたのがこの村の人達だ。家族のように思っているし、良い人達ばかりだと思う。当然、表面上は……という印象なのが残念な部分だ。

 表面上は貧しい中でも、村人同士が協力し合っている平和な村だ。何の変哲もないし、何もオカシイ部分は無いと言っても良いだろう。だがそれは、今だけ……昼間だけの話である。

 

 ――夜になれば、この村はその姿を変える。


 「ゼン、良く見とおけ。これが俺達のもう一つの仕事だ」

 「もう一つの仕事……」

 「ずっと気になってたんだろ?お前ももう十歳になるんだ、世界の一部を知っておくのも悪くない」


 少し遅いくらいだがな、とおじさんは言葉を付け足して僕の頭に手を乗せる。そう告げてからおじさんは、他の大人達と一緒に武器を構える。全員の表情は真剣そのもので、冷たく、張り詰めた空気は周囲を包んでいる。

 僕だけじゃなく、テッドもその緊張感に中てられているのだろう。微かに落ち着かないのか、テッドの毛は逆立っている。やがて目の前を睨み付けるテッドは、牙を剥き出して唸り始めた。


 『グギギィ……グギィ』

 『グギャァァァァ』

 「来たぞ、魔物だ。全員、散開だ!それぞれで魔物を仕留めろ!」


 おじさんの言葉に頷いた大人達は、次々と魔物に攻撃を仕掛けていく。歪な形をしている魔物だ。異形という表現が生温く感じる程、その魔物の形は異常だった。

 地面を蠢く姿は奇妙さがあり、地を這う獣のようかと思えば、攻撃する瞬間に体の一部を鋭く変形させる。まるで本体に骨格という概念が無い動きで、大人達の攻撃に応じている。


 「あれが、魔物……?」


 僕の頭で考えていた魔物は、動物が魔力の暴走によって凶暴化した存在だと考えていた。だがしかし、今目の前に居る魔物は……動物という表現をするには、あまりにも歪んでいる。


 「ただの化け物じゃないか、あんなの」

 「グルルルル……!」

 「テッド?――っ!?」


 目の前の事に集中し過ぎていた。テッドが威嚇している先で、木々にぶら下がる魔物の群れ。向けられているのは頭なのか、人間では考えられない動きをさせて僕を見つめている。

 

 『グギギ、グググ……ギギギ』

 「ゼン!!!」

 「お、おじさんっ?」

 「下がっていろ……はぁっ!!」


 力の限り振られた剣は魔物の首を切断した。一体がやられたと理解したのか、すぐに距離を取っておじさんに狙いを変更する。あっという間に囲まれたおじさんは、ニヤリと口角を上げて剣を構えて口を開く。


 「多対一……えぐい事をする。だが、俺はこの程度で殺られる柔な奴じゃねぇよ」

 『ギギギ!』


 大振りに剣を振るっているにもかかわらず、魔物の攻撃を最小限の動きで回避し続けている。致命傷の攻撃は剣で受け流しつつ、そのまま自分の勢いを殺さずに攻撃も仕掛けている。

 動きを止めず、且つ、攻撃し続ける事で自分のペースを崩さずに戦っているのだ。素人の僕でも、それが難しい事だっていうのは理解出来る。だから、思わず言葉が出てしまうのだろう。


 「凄い……」


 他の大人達も負けていないけれど、その中でもおじさんが一番強い。村の中でただ畑を耕して、余った野菜を分けてくれるおじさんではない。強く、優しく、器の大きい人間。

 心底僕は、その姿に憧れを抱かざるを得なかったのである――。


 ◇◇◇◇


 「ゼン、最終試験だ」

 「はい!」

 「この試験を超えれば、お前は晴れて俺達と同じストレンジャーだ。気張っていけ」

 「うん!!僕、頑張るよ!!」


 ゼンは、そう告げて村から少し離れた洞窟へと足を運んだ。そこにある鉱石と魔物の討伐に成功すれば、晴れてストレンジャーとして認めてもらえるという試験だった。 

 戦う彼等を見てから数年、ようやく人並みに戦えるようになったゼンは勇ましく洞窟に挑み始める。期限は三日。三日で戻る事が出来なかった場合は試験不合格、期限間近でも討伐した魔物と鉱石が確認出来なければ不合格。

 

 「三日以内、三日以内……まずは鉱石から?それとも魔物かな?」

 「……」

 「テッドも試験受けれるようにしてもらったし、魔物の方は大丈夫かな」


 人並みにしか戦えない事も含め、補佐として成長したテッドの同行が許された。ゼンとしても、これは大きな要素だろう。しかし、テッドにばかり頼っても試験の意味が無い事も分かっている。

 ゼンは程々にテッドに頼りつつ、徐々に洞窟の奥へと足を運ぶ。やがて何層辺りか分からない程の場所で、ゼンは鉱石を引き当てる事が出来た。額に伝う汗を拭うと、土が付着してしまって汚れている。

 鉱石を探している最中、テッドも穴掘りを満喫したのだろう。程良い硬さの鉱石を見つけ、テッドは大きく尻尾を振るっている。


 「あはは、それは食べ物じゃないからね?」

 「……」


 知っていると言わんばかりに咥えるのを止めたテッドに対し、ゼンは笑みを浮かべて楽しげに鉱石を袋に回収する。後は魔物を探す事にしたゼンだったが、早々に見つかる事はなく二日が経過した。

 前以て食糧は貰っているが、洞窟の中は暗く、そして場所によっては肌寒い場所も存在する。それ故に消耗も激しく、魔物との遭遇も視野に入れなくてはならない。

 

 「ふぅ……はぁ、全然見つからない」


 両手を広げて寝転がったゼンは、疲労困憊な様子で天井を見つめた。この最終試験に合格出来れば、と考えていたが身内だからといって甘くするつもりはない。それを再認識したゼンは伸びをしながら起き上がる。


 「うわっ!?」

 「ウォン!」


 気を取り直して足を運ぼうとした瞬間だった。急激な地響きに襲われ、足場が崩れたのである。崩れた地面から離そうとテッドはゼンの服を咥えたが、勢いに負けて一緒に落ちてしまった。

 やがて凄まじい衝撃と鈍い音が響き、ゼンの意識は途絶えてしまった。その日、ゼンとテッドは帰らぬ存在となってしまったのである。


 ◇◇◇◇◇


 「――……こ、こ、は?」

 

 霞んだ視界に覆い尽くされたままだが、周囲が真っ暗な事を理解出来る。しかし、体を動かそうとしても動く事はない。まるで何かに突き刺さっていて、自分の体が固定されている気分だ。

 上げようとした腕も上がらない。微かに見える明かりが、目の前で揺れているだけだ。


 ――そうか。僕は、死んだのか?崖から落ちて、それから……どうなった?


 『死に欠けている人間が居る……魔物達がそう言ってるから来てみれば、本当に居るなんてビックリね』

 「……」

 

 ――声が聞こえる、誰だ?


 『無理して喋らない方が良いわ。あなた、すぐにでも死にそうよ』

 「……」


 ――死にそう?僕はまだ、生きてるのか?


 『死に際に立っている、という方が正しいわね』

 「……」

 『こんな時に聞くのは卑怯だけど、助けて欲しいかしら?』

 「……」

 『そうね……じゃあ一つ、死んでからお願いを聞いてもらおうかしら』


 光はやがて僕の事を包み込み、囁くように一言だけ告げた。


 ――私を見つけられたら、あなたの願いを叶えてあげる……と。

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