第66話 迷宮に泊まろう!

「リード、ここからは狩りもしようか」


 すっと渡される槍。つい受け取っちゃったけれど狩りをする?


「えっ、ジョンさん猪肉好きなの? 調理したことないよ?」


「違う違う。肉はいらない。リードの経験だよ」


 前に国家機密かも知れないと言っていた、レベル上げですね。有り難く経験させてもらおう。


 ジョンさんに見守られながら、モンスターをプスッとサクッと。意外にも私一人でも倒せた。

 こっそり小声で、こういうのをパワーレベリングって言うんだよとジョンさんが教えてくれた。

 ついでにスパイスもモンスターなので、倒したのから少々補充。これもよく使う一般的なスパイスをティムさんに伝授。


「リードは損益をわかっているし、料理もするから頼んで正解だったな」


「ちゃんとした人にも話を聞いてよ? 失敗して全責任が、とか嫌だからね」


「わかっている、わかっている」


 返事が適当な気がする。


 ティムさんが静かなので、ジョンさんと話つつ猪とスパイスモンスターを蹴散らして五階へ。

 五階はまず私が鹿の迫力にビビり、大騒ぎした。大きいと迫力が違う。


 突進してくるのも怖いし、ピョーンと跳ばれたらもうパニック。慣れるまで時間がかかったが、ジョンさんは優しく待ってくれた。

 そして、ジョンさんの何らかのギフトによる守りが凄い。


「モンスターも弱点は普通の生き物と変わらない。焦らず首を狙いなさい」


「ほわぁぁ!?」


 変な声が出まくったが人は慣れる。慣れてからは問題なく倒せるようになった。慣れって素晴らしいが怖い。

 噂の汚いトイレがあるセーフティエリアも覗いた。


「くっさ! 無理!」

 秒で出た。ただの臭いじゃない。それが嫌な方向に熟成された感じだ。


「酷いな」

 あまりの臭気にジョンさんは目がしみたようだ。

 ティムさんは無表情だなと思ったら、そもそもセーフティエリアに入らなかったみたい。裏切り者!


「転生者ダンジョンもこんななの?」

 幾ら人気でも嫌だ。人気だからこそもっと酷そう。


「いや。あそこは浅い階層では商売が行なわれていて、彼らがトイレの清掃もしてくれているんだ。深い階層は空間ギフト持ちがいるのが前提で、トイレはない」


「ここじゃお店を開いても微妙そうだし、そもそも従業員が到達出来ないよね。あれ、じゃあ転生者ダンジョンはどうやって?」

 疑問に思ってジョンさんを見る。


「転生者ダンジョンは人気だから有能な探索者が集まっている。彼らが従業員や食材を届けているんだよ」


「へぇ」

 ここの中級は探索者でも走り抜け推奨だから、人のデリバリーとか無理だよね……。


「今日はこれくらいにして、階段で泊まろうか」


 セーフティーエリアはトイレのせいで臭いから泊まらない。

 出入りで空気に侵入されて、空間内が臭くなるのは嫌だ。階段はセーフティエリア扱いなので安心。


「普通は階段で空間を開くのはマナー違反だからな。とても嫌だが、トイレをどうしたらいいか食後にでも意見を聞かせてくれ」


 言いつつジョンさんは当然のように私の空間に入った。え、部下の空間じゃないの? ティムさんは自分の空間に入っていっている。


「あっちは殺風景で楽しくないからヤダ」

「そうですか……」


 食後にあのトイレの話が待っているのは嫌だが、調理中にも話したくはない。明日からの事も考えて、スープは多めに用意する。

 ちょっとずつ味変して長く楽しむつもり。毎回時間をかけて作るのはちょっと。簡単でもジョンさんは美味しく食べてくれるからいいんだ。


「さて、嫌だがあのトイレの話をしよう。何かいい案はあるか?」

「あー、それね。案っていうか普通にトイレはダンジョン扱いにしたらいいと思うんだよね」


「トイレ中にモンスターに襲われたら大惨事じゃない?」

 一瞬固まった後、ジョンさんが渋い顔で言った。あの顔は大惨事を具体的に想像していると思う。


「セーフティエリアの壁にでも創ればいいんだよ」

 ちょっとジョンさんがピンときていないようなので捕捉する。


「セーフティエリアの壁にトイレを創ったら入り口はセーフティエリアだし、トイレは壁の中。それでトイレ内にモンスターのリポップ設定をしなければ、創ったトイレ以外は時間経過で吸収されるでしょ」


「そうか、考えたことが無かったから気が付かなかったな」


 そうするだけで自動お掃除機能付きトイレになる。ちなみにこの空間のトイレもそうなのだが。

 消耗品を置くところだけセーフティエリアにとか、細かく設定している。


 トイレットペーパーがつけっぱなしだったから、ジョンさんは気が付いていなかったもよう。

 誰が掃除していると思っていたんだろう? 貴族だしそんな事考えないか。


「後トイレはな、その、主に女性関係のトラブルも多発するのだ」

「あー、私のギフトなら入場者に制限がかけられるよ。条件付きで入れる部屋は転生者ダンジョンにもあるでしょ? それと同じ」


 人がいると入れない、はトイレで何かあった時に誰も助けられなくなるから駄目だな。

 同じ性別の人しか入れない、一人しか入れないとかの条件ならいいのではとジョンさんに話す。


「色々な状況をもっと想定する必要はありそうだが、良さそうだな」


 他のダンジョンはどうなっているのかジョンさんに聞いたが、何処のダンジョンも基本転生者ダンジョンの模倣なので似たような感じらしい。

 庶民がいれば気が付いただろうと思ったが、ダンジョンは国家事業。関わっているのがトイレ掃除をしたこともないだろう身分の高い人たちだけでは無理か。


 ダンジョンはギフテリア大陸に複数あるが、王侯貴族制がある王国にしかない。

 所有者の死後にも存続している理由がそこにありそうだが、宝珠さんがだんまりなので詮索していない。


 藪をつついて蛇を出す以上に、えげつないのが出てきそうな予感。身分制度がある国でしか成立していないっていうのが余計にね。

 そんなこんなで明日の予定少々と、汚いトイレの改善方法で夜は更けていった。……なんか嫌。

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