第64話 一斉捕縛

 ジョンさんは昨日の夜に出かけたまま帰って来ていない。

 立ったままでも食べられそうな食事をそれなりに渡しておいたので、活用して欲しい。


 外がどうなっているか知りたい気持ちはあるが、私の空間だし宿の中だしでジョンさんが戻るまで詳細不明。

 窓があれば覗いた可能性はあるが、好奇心で外の出るような馬鹿な事をする気もない。

 ジョンさんの許可を事前に得て、朝にディーンさんたちには今日何が行われるか詳細を話した。


「ギフトを授かったばかりの貧しい子どもを狙うなんて、最悪だな」


「だよね」


「高台の貴族……」


 ディーンさんとアルマさんは怒りを露わにしたが、ローランさんは貴族という言葉に顔色を悪くしている。


「逃げ出す人がきっといて、巻き込まれると困るから今日は外出禁止ね」


「ああ。ヤバいのが来るからって元から今日明日の仕事は無いし、宿の部屋から出るなよって言われていたし」


 噂の広がりを確認する為に、ディーンさんたちには昨日何食べたい? と夕飯の話しかしていない。

 二人とも元気にリクエストして、ローランさんが聞いていた。ちゃんと広まっていて何より。


「今日は皆でまったりする日ね」


「って言うか、ジョンさんは何者?」


 アルマさんが気が付いてしまったらしくて聞いて来たけれど、そこは突っ込んじゃ駄目なとこ。

 見ていてわかるかも知れないが、貴族だと確信出来たのはお兄ちゃんの鑑定のお陰だしなぁ。


「普通にめちゃくちゃでっかい商会の偉い人だと思ってたんだけど、違うのか?」


 ディーンさんがまさかの綺麗に騙されている。


「いや、忙しいタイミングとか考えたら捕縛側でしょ。雰囲気とか普通じゃないし、魔力量も多くて魔道具も普通に持っていたしさ」


「どうだろうね~? 知り合うきっかけはマンゴーだし」


「マンゴー?」

 一応適当に誤魔化しておいた。これで察してくれたアルマさんは、もうこの件には触れなかった。


 ディーンさんたちのトレーニングに、最近ご無沙汰していた棒術で参加させてもらったりして過ごした。


「ただいま〜」


 普通に夕食前にジョンさんが帰って来た。


「えっ、早くない?」


「何、早くちゃ駄目なの?」


 私の言葉にジョンさんが拗ねた。


「いや、今日は帰って来ないかもって思ってたから」


「一斉に捕縛するのにそんなに時間をかけたら逃げられるでしょ?」


「確かに」

 小声で言われたので小声で返す。


 夕食はジョンさんへのお疲れ様という意味と、温めれば食べられるのとでビーフシチューにしていた。

 まさか一緒に食べられるとは。食後はアルマさんが遠慮して、ローランさんの空間に三人で引き上げていった。


 お茶をしながら、ジョンさんがどうなったかを教えてくれた。


「人身売買関係者は全員捕縛したし、各地で働かされていた人の救出もほぼ問題ない」


 ほぼって事は……。


「リーンちゃんから聞いていた子は無事に保護した。一旦こちらへ戻るか、戻らず新しい職場で働くかは本人次第だな」


 直ぐに他所で働けるなら、健康にも問題がないようで良かった。


「それとは別に、迷宮をほとんど管理していなかった件で国からテコ入れも入るのだが……」


 言い淀むジョンさんがこちらをチラチラ見て来る。何ですか。


「リーンちゃん、協力してくれない?」


「えっ、何で私!?」


「ギフト持ちで商売にシビアだから」


 ジョンさんが言うにはアイシアの迷宮は登竜門ではあるが、国外からの人気は薄く近隣からしか人が来ない。

 飢饉の時の食糧調達目的の初級のことなども考えると、国としては迷宮を調節して人気にしたいそう。


「今はかなりの魔力を探索者以外から補充している状況でね。高台にいるほとんど働いていない奴らを解雇する為にも、最適化は必要なんだよ」


「それを、私が?」


 今までは偉い人たちのあれこれな都合でダンジョンをいじれなかったが、今回の事件でようやくテコ入れする話が通ったらしい。


「意見が欲しい。どうかな? 前に雑草が無駄だとか、品揃えが悪いとか言ってたでしょ」


 確かに言った。無駄が多いと愚痴ったりもしていた。


「リーンの保護者として反対です。初級だけならともかく、その話だと上級もですよね? 安全に問題があるのに認められません」


 おぉう、お兄ちゃんが保護者。


「安全は問題ないよ。私が付いて行けばここの上級は散歩感覚だ。それに、意見をくれたのが誰かを上に報告する気はない。どうだろう?」


 ジョンさんには散歩なのか。武闘派の重鎮なのかな。


「もし私が断ったらどうなるの?」


「迷宮ギフト関連の仕組みを分かっている人と商人を雇って潜る事になるが、呼び寄せ無いといけないな。それに呼び寄せられはするけれど、どちらも国に関わる様な人材になるから庶民感覚とは程遠いと私は思う」


 あまり改善は見込めないって事か。それはそれでモヤッとするなぁ。


「安全ならいいよ」


「リーン!」


 お兄ちゃんが何言ってんだこいつって顔をしているが、単純に上級迷宮に興味がある。それにこんな機会は二度と無いだろうと思う。

 ジョンさんは嘘つきではあったけれど仕事の関係で仕方なくだろうし、こういう事で嘘をつく様な人では無い。


 その後お兄ちゃんが色々とジョンさんに言っていたが、行きたがる私がいると不利だと感じたお兄ちゃんがジョンさんを部屋に連れ込んだ所、何故かお兄ちゃんが説得されて戻って来た。


「世の中には凄い人がいるんだね……」


 お兄ちゃんが遠い目をしているが、何があった。


「ジョンさんは何者……?」


 思わず呟いたら、ジョンさんは凄みのある笑顔になった。怖いよ。しかも一緒に迷宮に行くなら、私はかなりの部分を知ってしまうのでは。

 私に特に予定もなく、余計な人がアイシアに来る前に済ませたいとのことで、早速明日の朝から迷宮へ行くことになった。

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