第63話 噂を流す

 勉強会を終えて、夕方には宿へ戻って来た。早速ローランさんと一緒に常備菜を作りながらお話。

 ローランさんはちょっと口数は少ないけれど、穏やかな沈黙で問題ない。


 ラペにおひたしなんやかんや。ローランさんの地元では珍しい食材が多いらしく、楽しそうにしていた。

 今日は牛をプスプスしたので、ステーキにする予定。六人中四人がむしゃむしゃするので消費が早い。


 近距離伝達魔法でジョンさんの帰りが遅くなるとの知らせが、ブラッドさんから来た。

 忙しいということは、知識の無い子どもを騙して売り飛ばした人たちの捕縛が近いということ。


 お兄ちゃんが戻って、ディーンさんとアルマさんも戻って食事。


 食休みした後に、ディーンさんとアルマさんは運動を始めた。ローランさんはまだ見学。

 今までは食後に外でトレーニングをしていたが、ここなら室内で出来るしってことらしい。


 トレーニングも終わって順にお風呂に入り始めた頃、ジョンさんが戻ってきた。見ただけでお疲れモード。


「お帰り〜。軽くでも何か食べる?」


「いや、今日はいいよ。心遣いありがとう」


「そう? マンゴーもいらない?」


「……ください」

 だよね。ジョンさんは精神的にしんどい時にちょっと食が細くなるが、好物のマンゴーは別腹かなって思って冷やしておいた。


「リーンちゃんの手のひらで転がされている気がする……」


「そう?」

 労っているのだが。切ったマンゴーを出す。


「美味し……。アルバートくんとリーンちゃんに頼みたい事があるんだが」

 凄い幸せって顔をした後に、真顔になった。


「内容によるけど、何?」


「実はリーンちゃんってしっかりしてるよね」

 実はって何だ実はって。


「三日後に一斉取締りをする予定なのだが、その日に一般人が巻き込まれないようにしたい。噂を流して欲しいんだよ」


「なるほど? いよいよなんだね。いいよー」


「軽いな……。取締りを勘付かれては困るのだが」


「厄介な貴族が遊びに来るらしいよ。老若男女全部範囲内で、気に入られたら何をされるかわからないんだって。とかどう?」


「怖っ、リーンちゃん怖っ」

 直ぐに思い付くのが怖いと、ジョンさんが大袈裟に怖がる。


「何してるの?」

 お風呂上がりのお兄ちゃんが、呆れた顔で言って来た。変な時にばかりタイミングがいいな。

 お兄ちゃんに説明すると納得してくれた。


「性別年齢問わず危機感を持ってもらえていいんじゃない? 僕が組合で流して、リーはハドリーさんとか子どもたちにね?」


「だよね」


「商売で鍛えられた子どもたちが怖い」

 失礼な。でもジョンさんがちょっと元気になったのでよし。


「一緒にしないで下さい。こういうのはリーの得意分野です」


「失礼な。単に本を沢山読んでるからね?」


 発想は本からで、危ない奴ではないと否定しておく。あれ、そういうのが出て来る本を読んでいるって時点で危ない奴確定?


「過去の猟奇殺人について書かれた本とか、毒殺の本とか読んでたでしょうが」


 本好きのお父さんは直ぐに気が付いても無反応だったので気にしていなかったが、お兄ちゃんも気が付いていたとは思っていなかった。

 危ない奴確定じゃないか。


「あれは興味があってね」


「えー」

 ジョンさんが素で声を出した。


「なかなか興味深い内容でしたよ」


「リーンちゃんにマンゴーに毒を入れられたら、私はあっさり殺される気がするよ」


「僕もですよ」

 ジョンさんとお兄ちゃんが仲良くなった。失礼な。


 翌日からお兄ちゃんとせっせと噂を流した。商人は顔が広くて当たり前なので、あっという間だった。

 後二日で食材の確保をしたい客と、売り切っておきたい商売人でごった返すことになった。


 そんな子どもたちに付き合って、前日にダンジョンに来た。


「厄介なのがいつまでここに滞在するかわからないから、出来るだけあった方がいいよね?」


 弟妹達の食事を確保しようとブレンダが必死。


「三日分くらいあれば充分だよ」


「ハドリーさんが言う事だから情報は信用しているけれど、リーンがなんか怪しい気がする」


 勉強会から物事を疑う訓練を始めたらしいテッドに疑われている。

 自分が疑われているのは微妙だけれど、いい変化だと思う。


「私が二人より情報を握っているからです。沢山情報を持っている方が有利だってわかった?」


 真剣な顔でテッドが頷いた。


「自分だけで集めるのには限界があるから、ハドリーさんみたいな情報通と繋がって、いい関係を築いておくのもいいよ」


「お父さんの話ばかり聞いいた私は、損ばかりしていた気がする……」


 ブレンダが何とも言えない顔をした。


 ブレンダは父親のせいで疎遠になってしまっていた人がそれなりにいるので、大打撃だったかも知れない。

 でも他の情報網はあるので問題なしかな。ハドリーさんともう一度繋がった方がいいとは思うが。


「信用度が高いほど、正確で漏れたらまずい情報まで入手できるからね」


「なんか、初めてリーンが怖いと思った」

 テッドさんや、酷い。


 心配性なブレンダの為に、多めの食材をゲットして迷宮を出た。

 噂が広まっているので、明日は露店もお店も閉まるところが多いので、今日は買取は無理。


「家は窓も含めてきちんと戸締りをして、外の様子を覗く時も顔が見えない様に影からこそっとね。わかった?」


 何やら私が詳細な情報を握っていると信じた子どもたちが真剣な表情で頷いてくれた。


「親にもちゃんと言ってね。親が言う事を聞いてくれなくても、自分の身は自分で守ろう!」


 最後の言葉にブレンダがしっかりと頷いていた。まだまだ全く信用されていない父親。

 さて、明日はどうなるか。

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