第34話 猫カフェ 3

 移動したことで離れたお猫様たちが戻って来た頃、客が入って来た。今までは貸し切り状態だったのに残念。

 新しい客は鍛えた体で強面系のおじさん二人。猫好きがバレたら恥ずかしいと思っていそうだななどと想像していたら、紳士が話しかけた。


「何用で? ブラッドさんは休日に仕事の話をされるのは嫌がりますよ」

 紳士からのアシスト。維持隊の同僚で客ではないってことね。警戒しとこ。


「いや、そうだったんだけど、お嬢ちゃんがいるならそれで充分だ」

 紳士の顔が少々強張る。


「お嬢ちゃんに確認したいことがあってな。これだ」

 差し出されたのは滅茶苦茶汚い猫のぬいぐるみ。被害届に出したのは、辻褄合わせが楽な友人にもらった手作りの猫のぬいぐるみだ。

 被害届を確認した上で私に何を聞きたいのか。っていうか、もう情報が漏れているんですかって呆れる。


「おじさんは?」

 一応情報も入手しよう。私の顔を知っている怪しさがね。維持隊の建物にいる時かブラッドさんと移動している時に見てたってことでしょ。


「俺たちは治隊だよ。巡回中にこれを見付けて、直接話を聞いたブラッドさんに確認してもらおうかと思ったんだ」


 カマかけだとは思うけれど、ちゃんと被害届(偽)を読めよとも思った。きっと誰かの子どものぬいぐるみを急遽用意したんだろうなって感じ。


「これではありません。友人の手作りなので」

 お前ら被害届をちゃんと読んでいないのかって顔をしておく。思いっきりメーカーのタグが付いているじゃねぇかと。言わないが。


「あ、そうだったのか。被害届に書き足しておくわ」


 被害届には書いていなかったってか。それはないと思うな。ブラッドさんはちゃんと被害届に手作りと書いているはずだ。手作りの方が辻褄が合わせやすいからと言って来たのはブラッドさんだし。

 ブラッドさんの評判を落としたいのかな。騙されないけどな! 私は本当にこういう人たちに馬鹿にされやすい。個室からお兄ちゃんとブラッドさんは出て来ないが、一度静かになった声が聞こえて来た。


「裏切者!」

 ブラッドさんの声。多分慌てて出て来ようとしたブラッドさんにお兄ちゃんが私に任せて大丈夫だと告げ、説明したのだろう。そしてさっきまでの話を繰り返すもよう。


「えっ、ブラッド?」

 維持隊のおじさんと一緒に紳士もちょっと動揺している。紳士は私を心配してくれている感じだけれど。大丈夫ですよ。


「兄も猫好きで先ほど二人は意気投合したのですが、兄が犬も好きだと知って今は揉めているんです」


 動物全般ラヴなお兄ちゃんと、お猫様至上主義のブラッドさんの、かなりどうでもいい揉め事。

 参加したいならどうぞと手で促してみる。行かないと思うけど。


「いや、俺は猫は好きじゃない」

 でしょうね。このおじさんたちが入って来た時に、お猫様が全部逃げた。


「猫も犬も可愛いでしょうが!」

 しょーもない二人の言い争いは続いている。


「用事も済んだし、帰るよ」

 おじさんたちは店から出て行った。さようなら。もう二度と会いたくないです。


「大丈夫だった?」

 おじさんがいなくなってもしばらく二人して揉めた後、個室から出て来たブラッドさん。色々と心配そう。


「素晴らしい対応でした」

 紳士に褒められて嬉しいです。


「リーンはああいう輩に慣れているから、大丈夫だと言ったでしょう?」

 お兄ちゃん。


 何かの情報を入手したいと思われた時、いつも簡単そうに見える私が狙われていた。お母さんに鍛えてもらって、あの程度の人たちを躱すのは簡単。

 相手が嘘を見破ったりするギフト持ちである事も考えて、嘘は言わずに逃げ切るのが得意になった。


「相手の動きを想定できなかった私の落ち度です。申し訳ない」

 心配と不安が混ざった感じのブラッドさん。私の信用が本当に無い。


「完璧な対応でしたよ。むしろこれで二人に対する警戒は完全に解けたと思います。更にお兄さんが猫好きの印象も与えられたので、二人がここに頻繁に通っても、外で親し気に話しても怪しまれる事はなくなると思います」


 紳士からの評価が高い! 私も猫好きですよ。構い倒さないだけで。

 紳士から私とおじさんのやり取りを聞いて、ようやくブラッドさんが安心してくれた。


「ブラッドさんやお兄さんが直ぐに出てきたら、疑われていたでしょう」

 紳士。


「ですね。リーンさんが咄嗟の対応に慣れていて良かったです」

 そりゃあもう、場数を踏んでいますからね!


「私、ああいう人たちに狙われやすいんですよね」

 癒しを求めてお猫様をもふる。


 維持隊の建物に行った時に、話を全部お兄ちゃんに任せて俯いていただけだったのも、維持隊に碌な人がいなかった時の策だった。

 ああしておけば、接触する相手には私が選ばれ、更に余裕だと思ってなめてかかってくるので、対応がより楽になるのです。


 そして彼らは私をなめるあまり、誤魔化していたり違う方向に誘導されていても気が付かない。

 私ごときがそんな事をするはずがないとの思い込みだ。一流の商人には通用しないけれど、あの程度の人たちなら余裕。


「それにしても、接触が早過ぎませんか。何か疑われる要素が?」

 お兄ちゃんが話を戻した。


「まだ動いていませんので、おそらく私への嫌がらせです」

 言いながらブラッドさんが、お猫様を優しい手付きで撫で回している。不機嫌そうな顔とのギャップが。


 ブラッドさんは王都の訓練所経由で配属された。それはつまり維持隊のエリートコース。で、配属直後に洗礼として回された面倒な案件や未解決案件を処理した事で、彼らを抜いて出世。

 つまり、嫌われている。ブラッドさんの方が若いので、年下上司も腹立たしらしい。アイシアに来る人は、商売関係か探索者がほとんど。そういう人たちには独自のネットワークが出来る。


 だからブラッドさんの評判を落とすべく、ご新規さん相手には熱心にネガティブキャンペーンをしているらしい。維持隊……。

 不自然ではない程度に時間を潰してから店を出た。ブラッドさんは静かに早急に捜査を始めてくれるそうなので、私たちは待つだけ。

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