第33話 猫カフェ 2

 その後、お兄ちゃんが偽の被害届が犯罪にならないか聞いたが、届は上司協力の元提出済みを装い、実際には出さないから大丈夫だと言われた。


「私の担当を調べられた時に不審な点として注目されては困りますから、本当に届け出があったように見せかける必要がありますので。さて、ここは本当に私のお勧めの店なのでそろそろ楽しみませんか?」


 ブラッドさんが単にもう我慢出来ないだけな気もするが、紅茶もポットでサーブされていてまだある。それだけでなく、お兄ちゃんもうずうずしているのでこのまま留まる事にした。

 爽やかな顔と悪い顔しか見せていなかったブラッドさんが、お猫様のお腹を吸い出してちょっとドン引きした。表情が、表情が。


 ここのお店は衝立で個室に仕切られているが、足元に猫が通れるだけの隙間が空いている。満足したり飽きたお猫様が出入り出来るようになっているのだと嬉しそうに話してくれた。

 他に客がいる時でも、密談用に声が聞こえる範囲に他の客を入れない様に紳士が気遣ってくれるそう。ふいに私の膝にやって来たお猫様が、ブラッドさんにいつも塩対応らしくて滅茶苦茶羨ましがられた。


「羨ましい! ほぼ店主にしか触らせないのに!」

 ブラッドさんの少々大きな声に、私の膝に来たお猫様がちょっと嫌そうな反応を見せた。


 多分だけれど、この子は大きな声とか構われ過ぎるのが嫌なんだと思います。お兄ちゃんも野良猫に構い過ぎて結構敬遠されていた。

 野良犬は滅茶苦茶懐いていた。特に界隈でも一番有名なおバカ犬がお兄ちゃん大好きだった。


 好き過ぎて勢いをつけ過ぎて、いつもお兄ちゃんが体当たりを食らっていた。しかも大抵泥だらけで体当たり。

 それで服も一瞬でどろどろになるのだけれど、お兄ちゃんは滅茶苦茶可愛がっていた。


 バカ犬の愛情表現が住民には出会い頭の事故扱いになっていたけれど、そのせいで結構住民に避けられていた。

 老犬になった時は、最期はうちで面倒を見た。別れは悲しかったけれど、いい思い出。


「リーンさんは猫に好かれるのですね……」


 気が付いたらお猫様が私の周囲に集まっていた。


「昔からなんです。羨ましい……」


 お兄ちゃんにそんな風に思われていたとは初耳です。


 お兄ちゃんとブラッドさんが私に羨望の眼差しを向けて来る。お互いにかなりの猫好きだとわかり、二人の話が盛り上がりだしたのだが。


 話の内容が、いかに私が猫に好かれるかの昔話になっている。こちらに矛先が向いたらちょっと面倒だなと思ったので、二人の話が白熱している間にカウンターへ避難。

 紳士な店主さんとのんびりお猫様を愛でている方が落ち着く。私を見た紳士は苦笑していた。

 ここのお猫様は高台に住む貴族たちが愛玩用に買った猫で、懐かないとか引っかいたとかの些細な理由で捨てられたお猫様たちだそう。


「最初は一匹から始まったのですが、今では皆さんが見つけ次第ここに連れて来るようになりまして」


 ここは猫カフェでは無く、保護猫カフェだったもよう。


「そもそも猫カフェではなく、普通のカフェですから」


 意外にも紳士から否定のお言葉が。今は猫カフェにしか見えない。


 本来の猫もギフト持ちだけれど、貴族の愛玩用ともなれば外で上手くやっていける様な攻撃的なギフト持ちはいない。

 捨てられたまま放置されると生きていけないのが大半。買ったなら、最期までちゃんと責任を持てと言いたい。


「そういう経緯ですので、騒がしい人や積極的過ぎる人を苦手とする猫もそれなりにいるのですよ」


 紳士がちらっと個室に目をやる。


「私の兄もかなりの構いたがりです」


「お二人は話が合うのでしょうね」


 盛り上がり過ぎて二人の声がちょっと大きい。個室からもれています。私はこの紳士との静かな時間を楽しみます。紳士は意外にもアイシア出身の元探索者。

 若いうちに他国まで出向いて荒稼ぎをし、しっかり貯金をして自分の故郷でお店を持ったそう。こういうお店が無かったので、常連客がそれなりにいて安定しているらしい。


 今はお猫様の養育費やらで大変らしいが、ブラッドさんや他の人からの寄付で成り立っているんだって。

 常連になって頂けると嬉しいのですがと言われた。多分きっとお兄ちゃんがかなりの常連になる。折角なので、アイシアの話を色々と聞くことにした。


「パン屋は高台に行けば普通にありますが、お勧めはできませんね。こちら側にも一軒だけあります。但し、こちら側のお店は前日に材料の持ち込みをして翌日受取です」


「まさかのパン屋でオーダーメイド的な」

 驚きだわ。


「いえ、お願いできるパンは限られています。かなりお年の方で既に引退されていて、看板も出ていません。昔馴染みに頼まれて趣味程度に焼いている感じですね」


 お兄ちゃんのパンが遠い。


「高台と取引のある商人と懇意になって、高台のパン屋で買って来てもらう方法が無難ですよ。それでも面倒に巻き込まれやすいので、懇意にならないと引き受けてくれないでしょう」


 庶民専用なダレルさんはしていなさそう。お兄ちゃんが自力でそういった商人と仲良くなれるように頑張ればいいか。私はお米でもいける。

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