第18話 アイシアの事情

「初級は国の飢饉対策込みの、慈善事業として最後に創られました。ですが赤字続きと噂です。迷宮内部の詳細なら、これらが分かりやすくまとめられていて、お勧めですよ」


 お勧めの本を見る。初級はペラペラなのに対し、上級は鈍器の分厚さ。


 初級の入場料は千トルで地下三階まであり、じゃがいも、玉ねぎ、にんにく、クレソン、林檎が収穫出来る。

 モンスターからは卵、兎肉、米がドロップ。屋台で食べたお肉は兎肉だと確定した。稲穂モンスターから米がドロップ。この発想は無かった。

 ドロップが稲穂とかだと脱穀や精米をしないといけないが、ドロップなら設定と魔力でそれらを省略出来る。魔力消費は多くなるが、手間を考えたらありだと思う。でもフィナラッドの殆どで主食はパン。


「小麦から小麦粉ドロップじゃ駄目なの? お米も好きだけど」

「上級でドロップするからですよ。それと米の方が薪が節約出来ます。アイシアは木が少ないですから」

 なるほど。


 初級は子ども迷宮とも呼ばれ、ギフトを授かる前の子どもたちがお小遣い稼ぎや食費を浮かせる為に通う場所。

 その為、初級で採れるものは多く市場に出回っている。今日の様子を見る限り私でも挑戦出来そうだが、お兄ちゃんに反対されそう。


 中級は地下八階まであり、入場料は一万トル。階ごとに一階は採集品が転生者懐かしの野草でモンスターが鴨でドロップが鴨肉。食べられるらしい野草は聞いた事の無い草ばかり。


「この野草は珍しいものなのですか?」

 司書さんに聞きに行ってみた。


「残念ながらアイシアでも食材として定着せず、雑草扱いですね。食べられるらしいですが、私も食べたことはありません」


「そうですか……」

 一階が雑草扱いで潰れているとかもったいなさすぎ。


 二階はハーブティー用ハーブと雉が雉肉をドロップ。三階は料理用のハーブと烏肉。烏って食べられるんだ。知らなかった。知ったからといって食べたいとも思わないが。

 ハーブ類はフィナラッドでも自生していたり栽培されている物が多いから、わざわざ迷宮産である必要がない。雉はともかく、空飛ぶ烏と闘うのは難易度が高くないですか。


 四階はスパイスと猪肉。スパイスは大陸南部からの輸入がほとんどだが、ラーアの商品を売りに行った帰りに買付けしているので、国内に普通に安価で出回っている。

 まさかの四階までが大したお金にならないラインナップ。モンスターがドロップする肉も、フィナラッド国内で一般的に食べられているお肉ではない。なんつー構成だ。


 五、六階は転生者の故郷の食材シリーズを含む一般的な野菜と鹿と熊。鹿や熊と闘いながら野菜を収穫か。私の中のダンジョンのイメージとかなり違う。もっとこう、なんていうか……。

 転生者の故郷の食材は絵付きで載っている。見慣れない物もあるが、アイシアの住人にはよく食べられてるらしい。でも鹿と熊がなぁ。


 七階が果物で鹿と熊が両方出る。あまり果物が出回らない理由に納得。木になる果物を収穫しながら鹿と熊ってきつくないですか。

 八階はお茶各種。お茶シリーズが食材では一番稼げるが、茶の木モンスターがわさわさ押し寄せてくるらしい。彼らは緑茶や紅茶などの様々な種類のお茶をドロップする。


 走り抜けても日帰りで行けるのは地下五階が限度、六階を探索出来ずに脱落する探索者が多い。六階から出る熊が厳しいらしい。

 まずここで手に入る食材から考えると、私には迷宮産のお肉を調理する知識がない。再び司書さんに聞いてみる。


「あのー、中級迷宮でドロップするお肉の料理本とかあったりしませんか」

「残念ながら、持ち帰る探索者が少ない為にありません。肉そのものを手に入れるのも難しいですよ」


 ドロップするお肉が大きくて、持ち帰るのが大変らしい。最初から持ち帰らないんかい。となると中級食材で生活はしないのか。

 探索者の稼ぎの大半を占める付与石は、五階かドロップする。肉がドロップするか付与石がドロップするかは運らしい。


 付与石は魔力を貯める事ができるので、様々なものの動力源として使われている。魔力の補充を繰り返すと石が割れてしまうので消耗品。

 石の大きさと貯められる魔力量は比例せず、小さくて多く魔力を貯められる石の方が人気。

 五、六階は石のサイズ大きめで極小と少量の魔力を貯められる。七、八階は石のサイズが小さめの極小と小量がドロップする。


 次は上級迷宮の本を読もうと思ったら、結構な時間になっていた。夕食を作らねば。


「この本の貸し出しをお願いします」

 上級の鈍器は宿でじっくり読もう。


「すみません。私がお勧めした本はどれも絶版でして、貸出不可の本になります」

 おぅ。また来るしかないか。


「中級迷宮の地下四階までは、稼げないから走り抜け推奨とか書いてあるでしょう? 一部から苦情が来て絶版になってしまったのです」


 一部って国か? 入る気が無いので飛ばし読みしたけれど、結構辛辣に書いてあったもんなぁ。

 読む時間がないので、司書さんに上級で手に入る食材について聞いてみた。

 鶏豚牛の肉、牛乳、乳製品各種。麦も種類豊富でとても充実している。だがしかし、上級こそ付与石を持ち帰った方が稼げるので、あまり市場に出回っていないらしい。残念。


「上級迷宮こそがアイシアの名物ですよ。中級迷宮で失敗して、かなり考えられて創られたと聞きます」


「上級はバランスがいいと?」

 食べ物ばっかりなんだが。


「付与石で稼げますから。中級を制覇出来る実力のある方たちは、上級にしか入りません。そして、上級の食材のほとんどは、高台に買い占められています」

 司書さんにお礼を言って図書館を出た。市場に出回らないのは高台のせいか? むしろ高値で高台が引き取ってくれないと、稼ぎにならないせいだよね?


 お兄ちゃんは食事の変化に弱い。たまにならいいけれど、毎食お米になるのは多分キツイはず。どっしりしたライ麦パンが好物なんだよね。

 毎回兎肉は私も微妙。アクテノールと違って海産物もほぼ見なかった。食生活はかなりの変更を余儀なくされそう。


 お金が稼げるかも問題だけれど、きっと食事事情も近いうちに問題になるな。小麦と鶏や豚肉くらいは何とかならないかなぁ。そう言えば、パン屋を見かけた記憶も無いな。

 ……小麦粉が手に入っても、毎回自分で焼くのは面倒だなぁ。明日は情報収集も兼ねて、子ども迷宮に挑戦しよう。そうしよう。

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