第17話 迷宮の都アイシア
まずは市場調査。米と肉はそれなりにあるが他はあまりなく、ドライフルーツやナッツ類が多い。
「野菜は皆あんまり食べないの?」
お兄ちゃんがこの人って直感で感じた人に、ロックオンして話を聞く。
「あんたら新参だね? アイシアではね、朝から昼は探索者向けの品がメインなんだよ。探索者が迷宮から出て来た夕方から買い物に出るんだよ」
「へぇ~。じゃあ、新鮮な野菜や果物もその時に?」
「高台に買われちまうから、早い者勝ちだよ。果物はほぼ出回らないね」
「そっかぁ。食べたかったら夕方すぐに来たらいいんだね」
「そうさね。出店じゃなくて大きな店に行きな。探索者に依頼して、住民の分を確保してくれているからね」
「ありがとー。ここは夕方は何売ってるの?」
「乳製品だね。牛乳とかチーズが欲しい時はおいで」
「ありがとう。チーズ好きだからそのうち顔を出すね~」
優しいおばさまで良かった。この辺りでは農作物は作っておらず、他領からと迷宮産で賄っている。
で、探索者としては食料を持ち帰るより付与石を持ち帰った方が儲かる。そうなると食糧問題が起こる。
だから商人たちは探索者と契約を結び、買取りとは別にお金を払う。商人は欲しい商品の安定供給、探索者は安定収入を手に入れる。
安定収入があれば上手くいかない日があっても、生活は出来るから無理をせずに戻る事が出来る。
「野菜も果物も売れそうだけど、価格設定と流通量を考えないと駄目そうだねぇ」
「後は商業組合で聞いてみるよ」
通りすがりに迷宮も見学してみた。三つの迷宮の入り口が、空間の広がりを無視して並んでいる。
先が真っ暗な裂け目なのは同じだが、門があるのでちゃんと入り口っぽくはなっている。
一つはギフトを授かる前と思われる子どもたちで大行列で、受付が大変そう。結構丁寧にしているみたい。
受付は全員がそこにいて、声をかけられたら他の受付もする感じ。入る大人が数人見られた。
おそらく子どもが並んでいるのが初級なのだろう。しばらく見学した後、お兄ちゃんと別れて図書館に来た。
図書館の規模はかなり小さく、迷宮関連の本しか見当たらなかった。特化し過ぎじゃなかろうか。
「迷宮以外の本はありますか」
あるのなら他の本も読みたい。特にこの土地に関連する本が読みたい。
司書さんに話しかけると、申し訳無さそうな顔をされた。
「残念ながらここは、迷宮ギルドの資料室扱いでして。それ以外の本はこちらにあるだけです」
指し示されたのはカウンター横の小さなワゴン。整理中の本の一時置き場かと思っていた。
ボロボロの絵本とアイシアに関する本が少し。アイシアに関する本を読んでみた。
この町は経済も食料も迷宮に依存している。経済は探索者頼りで、迷宮に無いものは全て他領からの取り寄せ。
本の著者はそれを憂いているようだった。高台に住む迷宮の運営に関わる人たちと、一般住民の格差についても気にされていた。
アイシアの主な収入源は迷宮でドロップする付与石で、国運営の迷宮ギルドが売買を独占している。
その為にアイシアでは迷宮ギルドがかなり幅を利かせている。本の出版は二十年程前で、さっきの司書さんの言葉に繋がる。
「その本を真剣に読んで下さる方は久し振りです」
司書さんがちょっと嬉しそうに話かけて来た。
「ちょっと危うい町ですよね……」
「そうなんです。ですが、ほとんどの人が気にしていません」
「国家事業ですもんねぇ」
何かあっても国が助けてくれると安易に考えてしまうし、住民でなければここを離れればいいだけ。
危機感を持てと言われても難しいのだと思う。実際に今まで何の問題も起こっていないなら、よりそうなる。
そのままちょっと司書さんと雑談をした。この時間帯は来館者が少ないので問題ないらしい。
確かにアクテノールの図書館に比べると、来館者がとても少ない。迷宮以外の本が無いからだと思う。
住人は元からこの地にいた人と探索者崩れで、ほとんどが仮住まいの探索者。ただ高台に住む人は年々増え続けており、食材の一部が庶民には入手が難しくなっている。
「大きな声では言えませんが、迷宮に魔力供給している貴族の関係者が高台に纏まって住んでいます。普段はこちらに来る事はありませんが、毎月十五日は魔力供給の為に来ます。その日は外に出ないのが、ここの住人の生活の知恵ですよ」
「仕事をしてないってここに来る途中で聞いたんですが、一応働いているんですね」
「迷宮への魔力供給以外で働いているところを見た事はありませんがね。ギルド内に常駐している職員は全員庶民ですし」
彼らはアイシアを下品だと蔑んでいるが、国の規定で国の職員は勤め先の近隣に住むと決められている。
月に一回しか出勤しない高給取りって……。酷いな。でも楽に稼げて遊べるからと、年々人が増えているそう。
「この町の一番の危うさは、増え続ける高台の住人だと私は思っています」
なるほどなぁ。迷宮依存も危なそうだが、やっぱり住人にとって身近な問題は高台の人たちなのね。
「いい情報をありがとうございます」
次は迷宮関連の本。迷宮についても司書さんがざっくり説明してくれた。
暇なのか、私の様な本好きが嬉しいのかどっちだろう。
「最初に創られたのは中級で、次に上級、最後に初級が創られました。中級は完全に転生者ダンジョンの模倣で、失敗作だともっぱらの噂です」
それは言っちゃっていいの?
転生者ダンジョンが人気なので、フィナラッドは人を派遣して情報を集め再現した。
が、あまりにも規模が違うのに、無理矢理再現したのが失敗の元だと言われているらしい。
結果として狭い空間に複数の種類の違うモンスターがひしめき合うことになり、難易度が高め。採集とかしていられないとか。
ここで生活出来るだけの稼ぎを得るなら、中級でも地下五階まで行けなければならないが、辿り着けない人も多いらしい。
中級の入場を開始して直ぐに批判が殺到。その反省を踏まえて創られたのが上級。
中級より難易度を上げるのは決定事項だったので、批判に対応する為にゆったりした空間に需要のある物を取り揃えた。
当時の需要を意識し過ぎたせいで、ドロップは食材ばかりらしい。しかも上級はモンスターがとにかく強い。
モンスターの強さは、魔力回収の為にドロップの質に比例する。リポップにも魔力が必要だから、モンスターが強くなりがち。
モンスターとドロップのバランスが迷宮を経営する上で、一番難しいが重要な部分。そこがアイシアでは大失敗している。
良いドロップを揃えた結果、上級は中級を難なく突破出来る人たちでないと、一階でも厳しいらしい。
改善すればいいのだけれど、関わった人たちの面子やら何やらでそのまま放置され、今に至る。駄目駄目やん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます