第37話 宿泊が決定的

「しばらくの間、私の職場はここになる。厄介になるぞ」

 マンゴーをもぐもぐしながら、当然の様に言われた。


「えっ」

 私。


「えっ」

 お兄ちゃん。


「えーっ」

 もう一度私。


「ここで普通の宿に滞在すると目立つし、こっちの方が面白そうだもん」

 だもんじゃねーわ!!


「ギフトを授かったばかりの子どもを、大人が好き勝手に利用するのは嫌いなんだ。だから徹底的にやる」

 ちょっと渋い顔をしていいこと言っていても認められない。


 マンゴーおじさんは偽名だけれどジョンと呼んでくれと勝手に名乗り、自分の出番は部下が働いてからだから、それまでは暇だと説明を始めた。

 聞いてないよ。まだ滞在を許可してないもん。


「今回の件には受付のギルド職員、治安維持隊、それに迷宮に魔力供給をしている元貴族が関わっている。いい宿に泊まると目立つだろう?」

 知っていたら危険そうな話を、ぽんぽんとしないで欲しい。


 ここに滞在する対価はお金。魔力もいつもよりサービスするから、御飯も食べさせてと言って来た。

 いやいやいや、貴族に出す料理なんて作れないよ! 違う、普通に何処かの宿に泊まってくれ! ここの三階にあるよ!


「私はギフトを授かった途端訓練場へ放り込まれ、訓練が終わると各国へ行かされ、家族とも碌に会えなかった。食事は庶民派だから安心して?」

 無害そうな顔をして言うが。


 安心できるか! 訓練場って国の機関でしょうが! 各国って諜報員的な何かですか。

 想像してしまうような事を言わないで! 知ったら身の危険とかあるんじゃないの!?


「聞いても問題のない話ばかりだよ。予測の範囲内だろう?」

 笑顔で言うけれど、さっきからこの人私の心と会話をしていませんか!?


「仕事柄、人の気持ちを察するのは得意だよ」

 いやーーーーー!! そのしてやったりな笑顔もいやーーーーー!!


「それだけ分かりやすく表情に出していれば、誰でもわかるだろう」

 はっはっはっとか笑っているけれど、笑い事では無い。


「実際、君のお兄さんが何を考えているかはさっぱりだよ」

 お兄ちゃんを見た。これはあれだ、無表情でただ呆然としているだけ。


「本当だよ」

 何がだ。笑顔が嘘くさい。楽しんでいる感じがする。ギフトか? そんなギフトがあるんか?


 冷静になろう。あっ、マンゴーおじさん鼻毛が出ている。……嘘だけど。これには無反応。

 だがしかし、わざととぼけている可能性もある。


「まっ、しばらく楽しい共同生活といこう。ベッドは何処に出したらいいかな?」


 おぉいー! 勝手に話を進めないでよ! お兄ちゃん早く再起動してよ。私にはなんか無理。止められない。

 ん? ベッドを出す? どういうこと? 私と同じギフト持ち? だったら自分で泊まればいいと思います。


「空間持ちだけれど、リーンちゃんが思っているのとは違うと思うなぁ?」

 何がどう違うの。空間持ちならこの宿で泊まればいいだけ。もしや、空間収納……!


 野菜は駄目にならないし、お肉も冷凍せずに長期保存出来ると言う!

 ほかほかの物はほかほかのまま、冷たいものも……。


「そんな目で見られるとは……。何を入れたいの?」

 ちょっと呆れた様な顔をされる。


「チーズを!」


「はい……?」


「チーズを!」


 だってチーズ全般アイシアでは保存状態がイマイチ。市場に並んだ時点で一番いい状態から時間が経っているので、早く食べないといけない。

 見かけた時にまとめ買いが出来なくて、辛かったんだもん。理由を説明したら、マンゴーおじさんが脱力した。


「アルバートくん? 君の妹はとても平和だね」

 褒められている? いや、やれやれって知り合ったばかりでもわかるようなリアクションをされている。


「うちの妹がすみません……」

 何故謝る。やっと再起動した後の初セリフがそれってどうなの。


 結局お兄ちゃんも押し切られて、ベッドを何処に置くかの話になってしまった。間接的に私たちが呼んだと言われると強く出られないお兄ちゃん。

 諦めるだろうと思って、無駄な壁を創らずに魔力を節約していると伝えたら、話のわかる貴族で重鎮な偽商人だった。


「畑で寝ようかな?」

 泊まるのを諦めてくれない。


「いや、眩しくないですか?」

 外と連動いているのでちゃんと暗くはなるが、同じ様に朝日も昇る。

 日が沈んだら寝て、朝日と共に目覚めるつもりなら止めはしないが。


「確か……天蓋付きのベッドがあったはず。ああ、これこれ。で、何処ならいいかな」

 お兄ちゃんを見たが、既に諦めているようだった。仕方が無い、のか?


「収穫の邪魔にならない場所なら、何処でも……。あ、待って下さい。畑だと魔力の自然回復分が吸収されますよ?」

 こっちとしてはラッキー?


「あ、そうか。人の家の庭先みたいで長閑だけれど、ダンジョンか」

 諦めるか?


 諦めてはくれなかった。本当に渋々って感じで、通路にゴージャスな天蓋付きのベッドを設置してしまった。

 不満なら普通に宿屋に行ってくれたらいいんですよ! それにしても、生地が素晴らしい天蓋だわ。いくらするんだよこれ。

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