第8話 ビビりのビリーさん
店を手伝いつつ休憩時間の合間を使って、ミニ宝珠による解析もどんどん行った。うちが商会で大助かり。
仕事をサボったりはしていないのでご安心を。勉強がてら、仕入れ先に出向く両親に付いて行ったりもした。
ミニ宝珠が入った巾着を握りしめてあれこれしていると、仕入れ先の人たちも魔力を提供してくれた。
その結果、僅か三か月でベッド一台分空間を広げることに成功。これはかなり順調ではなかろうか。
朝食の席で、間違いなく一番の功労者のお母さんに報告した。
「やったわね! じゃあ、早速お母さんの好きな完熟トマトを早う!」
かなり興奮している。お母さんは荷運びではなく、トマト目当てだったとは気が付かなかった。
トマトは勿論アクテノールで沢山栽培しているし、うちの店でも取り扱っている。
けれど、完熟してからトマトを収穫するのと、早めに収穫するのでは味が異なる。私も完熟の方が好き。
そして完熟トマトはその名の通り、完熟してから収穫する。毎日必要な数が揃うとは限らない。
最近は完熟トマトを使った加工品をお得意先のお店が販売を始め、予想より好調。商品は客優先なので、そちらに完熟トマトを多く売るようになった。
飲食店や一般家庭に販売したら、完売してしまう日も多くなり、最近は私たちの食卓から完熟トマトは遠のいていた。
「まだ無理。魔力消費を抑えて植物を育てる為の、環境設定みたいなのがあってね」
「何それ。どういう事?」
お母さんの顔が怖いです。勢いも。
「天井を空にして、床を土に変える魔力がまだ足りません。それをせずに無理矢理創ると魔力消費が多過ぎて、ほぼ収穫出来ません」
お母さんがこの世の終わりみたいな顔をしていた。期待させた後に落として申し訳ございませんでした。
朝食後は気を取り直して、久し振りに戻って来たビリーさんを探す。
「ビリーさん、ビリーさんや」
ビリーさんはうちの従業員で荷運びをしてくれている人。迷宮のギフト持ちで、類似ギフト先輩でもある。
ビリーさんは空間にベッドを置き、トイレを設置しているものの、基本は荷運びスペースにしている。
「どうした、リーンちゃん」
笑顔が凶悪な筋骨隆々のおっちゃんだが、優しいおっちゃん。
「ベッド一台分、空間が広がったよ」
「えっ、早過ぎねぇか!?」
凄く驚いてくれて嬉しい。
「やっぱり? やっぱりそう思う? ミニ宝珠ちゃん様様だよ」
「何だ、新しい友達か?」
「いやいや、違うよ」
何を言っている。どんな名前だよ。
ビリーさんは基本的に仕入れや配達をしていて、出勤中こそ留守にする事が多くてなかなか捕まらない。
私個人的には希少生物並みの希少さ。その為ギフトを授かった後、報告程度にしか話せていなかった。それでも空間内を見せてくれたけれど。
「ミニ宝珠ちゃんは宝珠のミニチュアコピーだよ」
「えっ、そんなん出来るのか?」
驚いている顔も凶悪。
ビリーさんは迷宮ギフトを授かった時、親しい人は別として、顔が顔だから探索者になると思い込まれていたそう。
でもビリーさんはめっちゃビビり。よく野太い悲鳴が聞こえてくる。皆慣れっこで気にしないが、新人さんは大抵驚いている。
野太い悲鳴に驚いて、誰が悲鳴を上げたのかに驚いて、悲鳴を上げた原因を見て驚く。
横切った野良猫に驚いたり、犬が吠えたのに驚いたり。木から落ちた葉っぱが当たって驚いたりと、ビリーさんは忙しい。
用事があってもビリーさんの肩を急に叩いてはいけない。これ常識。
ちっちゃい頃からビリーさん大好きだった私は、よく駆け寄って足に飛び付いていた。
あー!! とか時折にゃー! とかの可愛い? 悲鳴と共に腰砕けになるビリーさん。
危ないと周囲に怒られて落ち込む私を慰めるビリーさんまでが、いつもセットだった。
大好きだったから、見付けるとつい駆け寄ってしまっていた幼少期。
今はちゃんと驚かせないように気を遣っている。荷物を持っている時の腰砕けは危険! 今ならよくわかる!
「出来るよ。宝珠が教えてくれなかった?」
「いや、全く。疑問や問いかけにしか答えないって聞くし、そういやぁ俺はそんな事考えた事も無かった!」
早速ビリーさんは自分の空間に入っていった。今は荷物が沢山あって危ないからと私は入れてもらえなかった。過保護。
しばらくして。がっかりビリーさんが空間から出て来た。何故。そして裂け目から凶悪な顔を出すビリーさんの絵面が……。
「だめだった。どうやら俺のギフトでは宝珠のコピーには対応していないらしい」
「えーっ!」
何たること。類似ギフトで同じ宝珠だから出来ると思っていた。迷宮ギフト不便!
「ま、まぁそんなにショックを受けるなよ。既に荷運びには十分な広さがあるからな」
慰めようとする顔も凶悪。
いやいやいや、むしろなんか気を遣わせてごめん。不便さにびっくりしていただけやで。優しいなぁ。
ちなみにビリーさんはとても優しくて、性格を知られた後は非常に慕われているが、基本子どもには泣かれてしまうのが悩み。
怖いと思ったこと無いんですけど。私の様な子どもは稀らしい。解せぬ。
兄のアルバートとは年が五歳離れている。両親は商会の立ち上げが落ち着いてから、兄を授かった。計画的だったと言える。
その後初めての子育てと商会を完全に軌道にのせるのに奔走し、私を授かったのは販路を広げたタイミング。
商会にとって重要な時期で、商談で家を空ける事が多くなっていた。
私が無事に産まれた頃には、他領との取引が本格的に始まった頃で。私が物心がつく頃には他国との話も出ていた。
兄は学校の友達と遊び、母は産まれたばかりの弟にかかりきり。父は仕事で家にあまりいない。そんな状況で私は寂しかった。
仕事の邪魔になるとわかっていても、従業員のところに毎日行っていた。サリーにもかなり迷惑をかけたと思う。
危ないからと言われても、私は我慢出来なかった。その時にそんな私の気持ちを理解して、特に構ってくれたのがビリーさんだった。
相当仕事の邪魔になっていたはずなのに、嫌な顔一つせずに笑顔で受け入れてくれていた。だから私はビリーさんが大好き。
当時は周囲にもビリーさんの子と勘違いされるくらい、べったりだった。両親に私の状況改善を伝えてくれたのもビリーさん。
両親はとても反省したと聞く。私が二人には何も言わなかったから、大丈夫なのだと勘違いしていたそうな。
でも全然大丈夫じゃなかった。我儘を言ったら迷惑になると思って我慢していただけ。
そんな時を支えてくれたのが、ビリーさんたち従業員。だから私はこの商会の従業員が大好き。
ギフトを授かる前から、兄が継ぐなら残りたいと思うくらいには好き。お荷物にはなりたくないのでギフトを是非とも有効活用したいと思う。
ビリーさんは顔のせいか、ビビリのせいか、はたまた仕事の関係で旅が多いからか三十半ばで未だ独身。
店の近くで一人暮らしをしているから、老後は私に任せろと勝手に思っている。
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