第9話 母の執念

 お母さんのトマトショックと、ビリーさんのミニ宝珠ショックからしばらくして。


 お母さんが出先で知り合った商人が、大量の魔力を提供してくれた。

 しかもその商人、お兄ちゃんの鑑定によると男爵家のご隠居さんなのに商人と偽っている人だと言う。


「大丈夫なの!?」

「止めたんだけどね……」

 お兄ちゃんの目が遠い。


 一応信頼している馴染みの商人からの紹介らしい。


「宝珠を巾着に隠した状態でのやりとりを遠目に見ただけで、ギフトを当てられたのよ。驚いたのなんのって。もう仕方無いじゃない? どうせならと思ってお母さん頑張ったわよ」


 貴族を避けて来たお母さんなのに、トマトの執念恐るべし。設定は一応取引先の息子さんのままで話し、口止めもしたらしい。

 貴族なら魔力量が多いだろうと、鍛え上げた話術を駆使して乗せていたとお兄ちゃんがコソッと教えてくれた。


 その結果、空間に空と土を創るのが可能になった。量が凄かった。こんな魔力量の商人はいないだろう。

 国にお呼ばれするでしょうが。国の仕事で商人って……。深く考えないでおこう。怖い。お兄ちゃんも同じ結論に辿り着いたようだった。


「これでトマト……」

 うっとりした顔のお母さんが怖い。帰って来てからずっとこんな感じ。


「夜にでも頑張ってみるよ……」

「夕食には間に合わないの?」

 圧をかけないで欲しい。


「今日は無理です!」


 急げば何とかなるとは思うが、初なのでゆっくりじっくりやりたい。

 出来るか出来ないかはお母さんには分からないはずなのだが、何となく恐怖心があって言い逃げした。


 お母さんからの恐ろしい程の圧を感じながら夕食を済ませ、後は寝るだけの状態になってから空間に入った。

 ギルには何やらかしたの? と言われ、お兄ちゃんには励まされた。お母さんの事は一旦忘れて、自分の空間初いじりを楽しもう。


 まずは広げた分の空間の天井を空に変え、一部の床を土に変える。これは魔力さえあれば簡単。宝珠にお願いするだけでいい。

 床が途中から突然土に変わり、天井には星空が広がっている風。天井側には空間を広げていないので、夜空風。


 見た感じ、元々の天井が高いせいもあってか違和感はない。夜空だからかもしれないが。

 外と同じ時間設定のままなので、明日の朝にもう一度確認しよう。周囲の壁はそのままなので、ミニ中庭みたいになった。


 まだ魔力残量には余裕がある。偽商人凄い。今度は解析済みのトマトを創る作業に入った。

 創るものには色々と設定が必要。本来であれば農作業としてする工程を、設定でしなくてもいい様にする。


 農家さん作が美味しいのはこの手間があるから。設定は出来上がりの品質に大きく関わって来る。

 栄養が行き渡る様に沢山の実がならないように間引きをしたりとか、そういうのを設定で予めしておく。

 そうしておくと、魔力の消費も抑えられるし美味しくなる。


 そのままただただ魔力をぶち込んで美味しくする事も可能だけれど、魔力量普通の私には現実的ではない。

 何より魔力の無駄遣い。農家の息子だったお父さんに相談して、最適な情報源は既に用意してある。


 この分厚い本は、農家の人が新しい作物に挑戦しようと思った時、どういう育て方かを確認する時に見る。

 代表的な品種や味、美味しく育てる為に必要な作業などがざっくりとではあるが書いてある。


 情報量では品種ごとの専門書に敵わないが、ダンジョンでの設定ではこの本の内容で十分に事足りる。

 一度図書館で本を借りて宝珠さんに確認したから間違いない。とても高い本だったけれど、安心して買った。


 作物に回す魔力は、自分が一日に注げる魔力から逆算して考えよう。その計算も宝珠さんにお任せ。

 一つの苗から収穫出来るトマトは家族とサリーの分で六個にした。完熟の状態で維持。維持に魔力消費はない。

 収穫後のリポップは三日後に設定。リポップは魔力消費が多いので仕方がない。実だけな分、最初から創る今より消費量は少なめ。


 これらの設定は魔力の消費無しで変更可能。状況が変われば、収穫できる量や頻度を上げればいい。

 週に二回確実に食べられたら、お母さんも落ち着いてくれる気がする。落ち着いて欲しい。


 トマトの品種は二種類。加熱すると甘みと旨みが増える細長い形のポモドと、生食向きの丸いトメィトゥ。

 いよいよ場所を設定する。ドキドキするね! 宝珠さんに間違いや抜けている事がないか確認して、いざ!


「見逃したー!!」

 思わず叫んだね。


 宝珠さんを見ていたのです。気が付いたらもう土から生えてて、トマトが既に完熟でした。

 明日の朝、サリーに聞いてから収穫してトマトを渡そう。


 お母さんが食べたいトマトを創ると考えたら、自分が食べたいものも創りたい欲求が湧いてくる。

 ベッド一台分の畑? にトマトの苗が二つだけで、空間に余裕があるのがいけないと思います。


 何だろう。何にしようかな。候補はある程度考えていたが、本当に創るとなると悩む。

 だがしかし、直ぐに増やしたらトマトをもっとと言われそうな気がするので、しばらくは大人しくしておこう。


 朝食時にサリーに確認して、両方のトマトを全て収穫して渡した。


 昼はトマト、モッツアレラチーズ、トマト、モッツアレラチーズの何だっけ? そう、カプレーゼ!

 オリーブオイルにバジル、シンプルに塩胡椒でトマトの味が楽しめるようになっていた。美味しい。

 お母さんの機嫌が良くなって、こそっとお兄ちゃんに感謝された。トマトで周囲に影響を与えないで欲しい。


 サリーはトマト煮も作ってくれ、夕食にはお母さんの大好きな鶏肉のトマト煮込みが出た。

 トマトが続いたのでお父さんは嫌そうだったけれど、お母さんがご機嫌だったので黙った感じ。


 農家の息子だったお父さんは、収穫時期に連日同じ野菜を食べていた。だから同じ野菜が続くと嫌がる。当時の事が思い出されるらしい。

 あれ以上あの生活が続いていたら、野菜嫌いになりそうだったと言っていた。凄い量を消費していたらしい。


 家庭の平和をだいたい守れた。ただ今回の事は、今後に向けてのかなりいいヒントになった。

 どうやって安定して一定の魔力を補充するかという課題はあるが、作物を厳選すればいい収入になると思う。

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