第2話 大学時代 (前編)

『城間 澪ですっ。よろしくお願いしますっ!』


入学初日の挨拶で、パチパチ・・とまばらな拍手をもらい、私はギクシャクした歩きで自分の座っていた席に戻った。奄美から出てきて知っている友人も無く、緊張でガチガチに固まっていた私は、この東京という華やかな場所で、周りから浮いていたに違いない。いや、確実に浮いていた。美容院代を浮かせるために自分で切ったその髪は、前髪は切り揃えられ、後ろでひとつに結んであった。洋服はTシャツにパンツスタイルが多く(決してこだわりではなく、機能性重視で)、見るからに田舎丸出しだった。自分を見て、ひそひそ言う声が聞こえる気がしたのは、気のせいではないだろう。しかも、目が悪いわけではないが、度の入っていない眼鏡をかけていた。これをかけていると、周りの華やかな世界から自分を守ってくれるような気がしたのである。


(はぁ、友達、できるかな・・)


心細く思って数日が過ぎたとき、


「城間さん、だっけ?」


見るからに軽そうな男性3人が、声をかけてきた。私はびっくりして、城間はもう一人いたかと、周りをきょろきょろ見まわした。


「ははは!城間は、君一人でしょ。苗字、珍しいね。沖縄、だっけ?」


その男子生徒は遠慮なく、私のすぐ隣に腰かけた。身体が触れた。私は思わず、反対方向に自分の身体を引いた。


「ははっ、男慣れしてないんだ。」


意地悪そうに、その男子生徒は言うと、


「俺、田村。親が総合病院やってるんだけどさ。知ってる?」


知らない、と私がそっぽを向いて言うと、


「まじで!?田村会の総合病院知らないなんて!どんだけ田舎だよ!全国区だぜ!」


3人は声を立てて笑った。周りから、何だと視線が集まる。もう講義は終わっていたので、教室にいる人数はまばらだった。その中の一人に、湊がいた。


「君、特待生だろ?聞けば、学年トップらしいじゃん。君が入らなければ、俺がトップだったかもしれないのにさ。勉強ばっかりなんじゃない?せっかく東京出てきたんだから、遊んでやるよ。」


顔を、すぐ近くに近づけて言った。私は逃げようと席を立ったが、右手を掴まれた。


「はっ、離して!」


「この子、東京のこと何も知らないから、俺が教えてあげまーす!」


周りから苦笑と、また、やってる、やめなよー、と呆れた声が聞こえた。右手を振りほどこうとして、眼鏡が落ちた。一人が、眼鏡を踏んだ。


「あっ!!」


「壊れちゃったね。弁償するよ。てか・・・割ときれいな顔してんじゃん。へえ。」


その時、どうしても振りほどけなかった右手が自由になった。湊が、そのたくましい腕で田村の腕を掴んだのだ。


「いってぇ!離せよ!」


「お前が、離せ!!いい加減にしろ!」


湊が大きな声で言った。私は、口をきゅっと結ぶと、


バシーーーーン!!!


田村というその彼を、勢いをつけて思いっきりビンタした。周りも湊も驚いて目を見開いている。


「男慣れしてなくったって、あんたなんかぜっ・・たい!お断りよ!東京は、こんな人間しか、いないわけ!?がっかりだわ!二度と話しかけないで!あんたなんか・・・あんたなんかっ、話すだけで蕁麻疹が出そう!!」


私は荷物をつかむと、呆然とする周りの視線を背に、走って教室を出た。




(やっちゃった・・・・)


中庭の噴水のところで、私は真っ白になっていた。動けない。明日から、どんな顔で登校しよう。噴水の水しぶきが、高くなったり低くなったりするのを、ぼーっと見ていると、人の気配がした。


「見つけた!」


息を切らして、湊がそこに笑顔でいた。


「これ・・、壊れちゃったけど。」


そういうと、踏まれて壊れた眼鏡を差し出した。


「すぐそこに、眼鏡屋あるけど・・作りに行く?案内するよ。」


湊の優しい言葉に、我慢していた涙が溢れた。東京に出てきてから、初めて人の優しさに触れた気がした。


「わっ・・!・・大丈夫か?怖かっただろ?あいつら、前からああいう感じでさ。でも、城間さんがはっきり言ってやって、こっちがすっきりしたよ。」


私は泣きながら、笑った。湊も笑っていた。私が落ち着くまでずっと、湊は傍にいてくれた。お礼を言っていないことに私は気づいて、


「あの・・・さっきは、ありがと。名前・・?」


ああ、と湊は言い、


「古賀 湊。うちは、親は普通の会社員だから。ああいうボンボンとは違うぞ。」


だから、蕁麻疹は出ないだろ?と湊がにやっと笑って言い、私は声を立てて笑った。




次の日教室で、湊は私を守るように座ってくれた。田村とその取り巻きが睨んできたが、蕁麻疹が出るから、お前たち寄るな!と湊が一括すると、どっと周りから笑いが起こり、ばつが悪そうに一番離れた席に田村達は座った。


「昨日の、話聞いたわよ!城間さん、やるじゃない!私、ファンになっちゃった!


 苗字、珍しいよね、地元は沖縄だったかな?」


スタイルも良く美人で目立っていた向峯 さくら(さきみね さくら)が、その綺麗な瞳で興味深々に聞いてきた。


「あ・・・あのっ・・」


「ん?」


「モデルさんですか?」


「え?」


私は恥ずかしくなって、目を伏せて言った。


「だって・・・きれいすぎて、、恥ずかしくて。」


さくらはあっけにとられた後、あはは!とそのきれいな顔に似つかわしくないほど大きな声で笑った。


「可愛い!澪ちゃん!」


「おいおい、こいつは女じゃないぞ?」


湊が言うと、


「あんたは、いつも失礼なのよ!まったく・・・」


「あっ、2人は付き合ってるんですか?」


湊とさくらは美男美女だったので、その時の私はなるほどという顔で頷いて聞いた。だが、再びさくらに笑われ、一蹴された。


「あはは!ないないない!」


「おまえ、、笑いすぎ!失礼だろ。こっちのセリフ!」


「脳みそまで筋肉はねぇ、、ちょっと。私達、幼なじみだから。お互いを知りすぎて、男女の関係になんてなれないわよ。」


ふふっと笑うさくらに、脳まで筋肉は不本意だけど、男と女の関係じゃないのはその通りだ、と湊が言った。


「澪ちゃんだって、可愛いじゃない。眼鏡ないほうが素敵。私好きよ、素朴な感じでさ。ダイヤの原石って感じ。地元に彼氏とか、いるでしょう?」


「彼氏、、っていうか、、、」


一応、奄美に婚約者的なものはいるけど、と言うとさくらがびっくりした顔をして、


「うわぁ!やっぱり!湊、ざんねん!」


「なっ、おまえ、何言って、、」


一瞬、曇った表情をしていた湊が、慌てて話題を変えた。


「俺、まだ沖縄本島にしかダイビングに行ったことはないんだけど、神秘的な奄美は一度行ってみたいと思ってたんだ。いいところに生まれたんだな。」


その身体つきに似合わない、優しい笑顔で湊が言った。




奄美大島は、日本で二番目に大きい離島である。そのため、ダイビングエリアも充実しており、外洋の透明度は平均約30ⅿとも言われ、南国らしいその美しい海には、珊瑚礁はじめ様々な美しい生物たちと、その魅力がこれでもかというくらい濃厚に詰まっていた。




そんな故郷の奄美の素晴らしさを湊に誉めてもらえて、とても嬉しかったのを覚えている。しっかり者のさくら、正義感の強く優しい湊、そんな2人と一緒に医学部で会えたことに、私はとても感謝している。


そういえば、さくらには想う人がいたようだが、湊についてはそういう話を聞いたことは大学時代、全くなかった。


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