Episode 15 "What goes around, comes around":因果応報

「目的は母神マザーの中心にあるコアを破壊することだ」

 ガイラは、母神マザーの真ん中あたりをまっすぐ指差す。


「この中で最も戦闘力のあるシズミ君が主力となって母神マザーを削り、トキワ君とハネズ君はその隙を補うように動いてくれ」

 シズミが深く頷いて了承し、トキワとハネズは元気よく返事をした。


「私は植物を生やす能力で、空を飛べるミア君は機動力を生かして、生み出されるゼノを狩りつつ3人を補助しよう」

 ガイラには、一つだけ懸念点があった。ミアの目的がわからないことだ。少なくとも確かなこととして、彼女はシズミに蓄力エナジー集めを提言する程度にはゼノ蓄力エナジーについて知っている。

 ミアにはガイラと共に後方支援に徹してもらい、それをガイラが監視する。そして母神マザーと、3人の少年少女たちには決して干渉させない。それがこの編成にした目的の一つだった。


「ええ。任せて」

 ミアは笑顔を見せて請け負う。あまりにもすんなりと従ったので、ガイラは却って気味悪く感じた。とはいえ、今は母神マザーを倒すことが優先だと思い直す。


 ミアはふわりと浮き上がって、羽毛の生えた両腕を前へ突き出す。

「『アエロ』!」

 ミアの腕に生えた白い羽根が勢いよく射出された。逃げ惑うゼノへ、四方八方からナイフのような羽根が刺さり、小さな生物たちは体液を飛び散らせ悲鳴を上げながら絶命する。


「よろしく」

 一方、最前線ではトキワが、シズミへ声をかける。

「よろしくお願いします」

 同じく、ハネズが遠慮がちに頭を下げた。


「ああ」

 シズミの背中から、二頭一対の大蛇が生える。人間程度ならやすやすと丸呑みできる巨体は、間近で眺めると迫力があった。

「──喰らいつけ」

 シズミが母神マザーへ手を伸ばして命じると、勢いよく大蛇が母神マザーへかぶりつく。そのたびに肉が抉り取られていく。とはいえとても喰えたものではないらしく、大蛇たちは口に含んだそばから吐き出していく。


蓄力エナジーは、母神マザーのコアから奪うしかないか」

 トキワが呟いた。


 痛みで母神が暴れ出す。肉の塊のあちこちから棘の生えた触手が沸き立つように生えて、鋭い棘を被寄生者ハックドたちへ向けた。触手が3人の被寄生者ハックドを襲う。


「『スクリーム』!!」

 トキワが叫ぶ。音の壁が触手を食い止めた。


「感謝する」

 シズミは前を向いたまま、生臭い肉を再生するそばから蛇で掘り進めていく。このまま事が運べば、母神のコアが露出するのも時間の問題かと思われた。


 そこへ突然に、母神マザーの全身に突如として大量の口に似た裂け目が出現した。


「うわっ……」

 グロテスクな造形に、ハネズはわずかに顔をしかめて嫌悪感を示した。


 ノコギリのような歯からゆっくりと粘液の糸を引きながら、口が開かれる。それらは一様に下品に舌を出して、悲鳴のような声を上げた。


 トキワの音波攻撃は、母神の全身から響く金切り声にかき消された。阻むもののなくなった触手が、トキワを貫こうとする。


 トキワはとっさに躱そうと試みたが、触手のうち一本がすぐそばをかすめた。

「ぐっ……!!」

 衝撃にトキワがふっとばされて、しりもちをついた。そこへ、今こそ好機だと言わんばかりに数本の太い触手が棘を向けてトキワへと襲来した。空気が切り裂かれるときの高音が、やたらと鮮明に鼓膜を揺らす。


「トキワ!!」

 ハネズが呼びかける。しかし触手は上下左右から密度の高い攻撃を畳み掛け、ハネズが介入できる隙はない。


「構わなくていい!オレが触手を引き付ける!!」

 トキワがハネズの方を向いて応えた。しかし、再び視線を戻して、目を疑った。

 母神の口のうち一つが大きく開き、煌々と輝く口内を見せつけていた。目を焼き尽くすほどの光量と熱量が、ビームのようなものが放たれることを予感させる。


 叫び声を上げて”口”が光線を発した。トキワは命からがら、すっ転ぶようにそれを躱した。光線の当たった地面は破裂するように粉塵を上げ、深いクレーターを形成する。


 そして、いまだ立ち上がれていないトキワへ再び触手が牙をむく。光沢のある棘が何本も、トキワめがけて降り注いだ。


「やば……ッ」

 今度こそきっと躱しきれない。そうトキワは予感した。

 世界がスローモーションになったように、ゆっくりと触手が向かってくる。朧気に捉えていた恐怖が冷たい実在感を持って内臓を撫で回す。


「『蠅取草ディオネア』!」

 ガイラが地面へ手をついた。その能力で、地面から一瞬にしてハエトリグサのような植物が生える。しかし触手はたやすく植物を切り裂いた。


「『リープ』!!」

 ハネズが、トキワの前に躍り出て触手のうち2本を蹴り飛ばした。しかしそれも焼け石に水といった具合に、後続の触手が3本4本と降り注ぐ。


 恐怖に、トキワは思わずぎゅっと目をつぶった。しかし数秒の沈黙を経てなお、身体に何ら以上は起こっていない。恐る恐る、トキワが瞼を開く。


 眼の前には、シズミの背中が見えた。が、パーカーの背中は赤く染まり、裂け目からは黒い棘が顔をのぞかせている。──シズミが、トキワをかばって棘に貫かれていた。


「ぐっ……ッ!」

 シズミは腹筋と腕の力で、腹を貫通する棘を押し留める。


「シズミ……!?なんで……!!」


「……前に会ったとき、お前が止めなければ俺はザクロの前で人を殺していた」

 母神マザーはトキワを貫くことを諦め、触手をずるりと抜いた。シズミの腹に開いた傷は治らないまま、どっと赤い血が溢れ出す。


「でも、そんな……」

 トキワは蓄力エナジーを分け与えるためシズミの手を握ろうとしたが、シズミはそれを穏やかに拒んだ。


「気にするな。借りを返しただけだ」

 シズミは膝をついた。咳き込むと、口から小さい血の塊が落ちる。

「それに……俺は人を殺した。当然の報いだ」

 シズミが、地面へ倒れ伏した。剥がれかかったアスファルトに、濁った色の血が染み込んでいく。

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