Episode 16 Cruel Revealing:残酷な種明かし

 身を挺して庇われるのは、トキワにとって二度目のことだった。

 一度目、ハネズが傷ついたときの記憶が焼き付くように脳裏に浮かぶ。また、自分が弱いせいで人が血を流した。呼吸が乱れる。心臓が速く荒々しく鼓動する。


「──トキワ!」

 ハネズの呼びかけで、ハッと我に返る。トキワはシズミを安全な場所へ退避させるべく抱え込んだ。


 そこへ、ガイラの手から伸びる蔓が2人まとめて巻き付く。そのままガイラは手繰り寄せて、トキワとシズミを母神マザーの攻撃の及ばない場所まで強制的に後退させた。

「シズミ君の怪我は私がなんとかしよう。幸い、急所からは僅かに逸れている」

 そう言ってガイラが、手から消毒作用のある植物を数種類生やす。


 そこへ、来るときに車を止めた方角からハネズが小走りでやってきた。被寄生者ハックドを収容するためのコフィンを引きずっている。

「狭いけど、この中なら安全です」

 息も絶え絶えなシズミのそばに、重い金属の直方体が置かれた。


「サンキュ、気が利くな」

 トキワに褒められ、ハネズは照れくさそうに笑う。


「……悪いな。俺は……お前を、喰い殺そうとしていたのに」

 シズミはしわがれた声をかける。


「確かに、前はそうでした。でも、今はそうじゃありません」

 そう言って、ハネズは頭をぺこりと下げて踵を返した。


 トキワとハネズは戦線へ戻ろうとしたが、そこへミアが降りてきた。

「さっさと起きなさいよ」

 ミアは空中に腰掛けるように脚を組み、大きくため息をついた。文字通り上から目線なミアの態度に、ガイラは少々むっとして反論する。

「そう言ってやらなくてもいいだろう。被寄生者ハックドでなければ致命傷だ」


 ミアはつまらなさそうに頬を膨らませた。

「言いたくもなるわよ。回りくどい真似して乖離度レベル2の手駒を作った意味がないじゃない」


 シズミはなんとか身を起こし、怪訝な顔でミアを見上げる。

「どういう、意味だ……?」


 上目遣いに睨む目を前に、ミアは満足げなようにも見える笑みを見せた。


「あたしの目的は隔離領域アイソレーションエリアから出るための蓄力エナジーを得ること。だから母神マザーを殺したかった」

 ミアは優越感の表れた顔でシズミに語りかける。

「でも乖離度レベル2のあたし一人じゃ母神マザーに勝てない。でもちょうどよく、両親を早くに亡くした兄弟を見つけた」

 トキワとガイラにも、話の雲行きが怪しくなっていくのが感じられた。


「お前いったい、何の話をしてる……」

 シズミの顔から血の気が引いていく。


「あたしはそこらの被寄生者ハックドをけしかけて、弟の方を瀕死に追い込ませた。哀れな兄に、弟を助けるにはゼノを介して蓄力エナジーを送り込むしかないと吹き込んだ」

 愉快でたまらない、とミアは恍惚の表情を見せる。


 トキワは心がざわついて、全身の産毛が逆立つような錯覚をする。

「じゃあ、何だよ。ザクロが死にかけたのもシズミが人を殺すようになったのも、全部お前が仕組んだことなのか?」

 ミアは笑みを崩さないまま、糾弾に否定も肯定もしなかった。


「おい女……それ以上喋ると……噛み殺すぞ……!!」

 シズミの身体が怒りに打ち震える。


「あとは面白いほどうまく行ったわ。その男は『弟を生かすためなら誰だって殺す』と、被寄生者ハックドゼノを手当たり次第に狩り尽くした」


「……ッ!殺す……ッ!!」

 シズミの目は破裂せんばかりに血走り、歯は砕け散らんほどに食いしばられている。


 ガイラはなんとか、シズミの身体を両腕で押さえつける。

「落ち着けシズミ君!いま無理に動けば流石の君でも死んでしまうぞ!!」


「そうだ。もう一つ教えてあげる」

 ミアの左肋のあたりから、体の中にいたゼノが顔を出した。それは風船のように膨らむと豪快に口を開いて何かを吐き出し、地面へ落とす。


 落ちたときの音で、それがある程度の重さのあるものであることを感じた。艶のある黒い髪と青白い肌で、それがヒトであることが窺われた。

 そしてトキワ、ガイラ、シズミの3名は、特徴的な赤い目から落ちてきたものが烏羽カラスバザクロであることを認識した。その身体に傷一つとしてなかったが、五感へ訴えかけてくるものが生きた人間とまるで違うものであることは明らかだった。


 その場の全員が、地面に落ちたものへ視線を合わせる。凍ったように空気が止まった。


 しばらくして、ミアが口を開く。

「ザクロは死んだわ。ご覧の通りね」


 シズミの脳は、明かされた事実を処理できなかった。

「…………は?」


「『ザクロを守るのは俺だ』なんて言ってたけど、おかしくって仕方ないわ。ザクロは襲われた日からもう、行き着く運命なんてあたし次第だったんだから」

這いつくばるシズミを、ミアは心の底から嘲笑ってみせた。


「ああああああああッッッッ!!!!」

 鼓膜を吹き飛ばすほどの、声にならない絶叫がこだまする。シズミの腹の傷は、沸騰するように泡立ちながら修復されていく。


手前テメェェェェェッッッッ!!」

シズミはなりふり構わずガイラを振りほどいた。怒りと悲しみと後悔によって増幅された蓄力エナジーが熱となって漏れ出し、乾いた風となって吹き荒れる。


 シズミは、滞空する少女を八つ裂きにするべく踏み込んだ。しかし、ミアは一切の余裕を崩さなかった。

「乗っ取りなさい、ルード」


 首筋を、血管のような細いものが頭の方向へ向かって伸びて行く。シズミの体内のゼノ、ルードが、宿主シズミの脳を乗っ取ろうとしているのだ。

「なに……ッ!?」

シズミは首を必死に抑えるが、管はついに脳へ届いた。


「なるほど。畜力エナジーァ感情の昂りで増幅する。だから散々キレさせてから乗ッ取ッたッてワケだなァ」

 トキワのゼノ、キュリオが呟いた。


「て……めェ……ッ!覚えてろ……ッ!」

 薄れゆく意識の中で、シズミが吐き捨てる。ミアは不敵に微笑んで頷いた。


「ええ。それじゃさようなら」

 そう言って、再び空高く舞い上がった。


 畜力エナジーによって肉体が完全に修復された被寄生者の背中から、再び二頭一対の大蛇が出現する。シズミ──の肉体を操るゼノ、ルードが天へ向かって大きく咆哮した。

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