Episode 13 Calling:召命

 幼い少女は追われていた。木々をすり抜け草をかき分けやってくる、得体の知れないなにかに。


 二年前から放棄された山林は、崩れた地盤に伸び切った草と木の根で足場が不安定だった。

 十歳にも満たない少女にとって、木の根っこの一条は跳んで越えなくてはいけないほど巨大な障害として道を阻んだ。枝が陽の光を遮ってできる闇には、なにか怖ろしいものが隠れてこちらを窺っているように思われた。


 少女のすぐ背後へ、割って入る影があった。少年は青い駆除班アビスのべストを装っており、黄色いマフラーが翻る。


「やるぞ、キュリオ!」

 乱入した少年──トキワが足を軽く前後に開く。両手で脇に抱えているのは、被寄生者ハックドを収容する金属製の立方体、コフィンだ。


 被寄生者ハックドの男は、軍用ベストの胸元についたエンブレムを認めると、急停止して身構えた。

駆除班アビスの隊員が、なンでこんなトコにいるンだァ!?」


 トキワは男へ突撃すると、コフィンを右から左へぶん回す。コフィンの合金で補強された角の部分で、男の頭を思いっきり殴りつけた。


「ぐげッ!」

 さらに、よろめいた男の脇腹へトキワのボディーブローが刺さって、めり込む。手首の回転に巻き込まれ、男の腹が捻れる。

「痛デデデッッ!!」


 トキワはコフィンの蝶番を開け放つと、上空へ放り投げる。

「入れッ!!」

 続けて、男の股間を蹴り上げた。風を巻き起こすほどの衝撃に、男の身柄は宙に浮く。


「アギィィィィッッッッ!!」

 打ち上げられた男は、コフィンへすっぽりと収められた。棺の扉は自然に閉じられて、落下する。

 

「他にコイツの仲間ァいねェみてェだ。任務完了だゼ」

 トキワの首元で、マフラーに擬態したキュリオが耳に似た器官をそばだてる。


「OK。ありがとうキュリオ」

 落ちて地面へめり込むコフィンを、トキワはしっかりと隙間なく閉じた。その後で、2つの錠をパチンと締める。


 続けてトキワは首を傾け、襟元の通信機に話しかける。

乖離度レベル1の被寄生者ハックド、捕まえたよ。ちゃんとコフィンの鍵もかけた」


《ご苦労だった。すぐに職員を向かわせるから、その場で待機しておけ》

 通信機から、上司であるヘイムの声が返ってくる。


 トキワは追いかけられていた少女を振り返ると、微笑みを見せて言った。

「もう大丈夫だ。これから駆除班アビスのおじさんたちが来る。ちょっとだけお話してもらうけど、いいか?」


 涙目の少女は、黙ったまま頷いた。


「──へぇ、やるじゃない」

 樹上から、聞き覚えのある声がした。トキワはとっさに、傍らの幼い少女を庇うようにして立つ。


「アンタは……!」

 トキワは声のした樹の上を見上げた。


 少女の黒い髪は束ねられ、露出度の高い服装からは少し褐色がかった肌が覗く。何よりも特徴的なのは、腕に生えた羽毛と鳥獣のように変質した脚だ。

紫苑シオンミア。ちゃんとお喋りするのは初めてね」

 ミアは辺りを見回してから、トキワに訊ねた。

「貴方、今はひとり?」


「……ああ。ちょっといろいろあって、単独で任務をやってる」

 先日、トキワたち被寄生者ハックドと一般人のヘイムがロイを攻撃する様子を反駆除班アビス団体に目撃されてしまった。それ以来、トキワたちは駆除班アビスの制服を着用しない状態でパトロールを行っている。

「それで、オレに何か用?」

 トキワは未だ、目的のはっきりしない少女に対して不信感を抱いていた。


「シズミのその後を伝えに来たのよ」

 ミアはパンツのポケットからロリポップを取り出すと、ナイフのように鋭利な爪で包み紙を裂いた。


「シズミの?」

 トキワの返事に、ミアは頷いた。

「そう。あの子は今になって、これまで殺してきたことについてものすごく悩んでるし、苦しんでる」


「これまでだって、別に好きで人を殺してたわけじゃないのに。毎晩吐いてたし、魘されて、でも弟を生かすためなんだ、って必死に言い訳してたのに。その肝心の弟に『人を殺さないお兄ちゃんの方がいい』なんて言われちゃったんだから」


 もしかして、自分が無責任に首を突っ込んで余計なことをしたのではないか。トキワは焦りのようなものを感じる。


「でも大丈夫。人殺しなんてしなくたって、ザクロを延命する方法はある」

 ふわり、とミアはトキワの目の前に降りてきた。

母神マザーを殺せばいいの。母神マザーは大量の蓄力エナジーの塊なんだから」


 飴の甘い香りが鼻孔をくすぐる。トキワは警戒して、一歩後ずさった。


「協力しない?あたしたちの目的は同じ。母神を殺すことよ」

 ミアは上目遣いで、トキワに微笑みかける。


「アンタは、どうしてオレにそんなことを言うんだ?」


 ミアは人差し指を唇へ当てると、斜め上を向いて思案する素振りを見せた。

「そりゃあ、あたしが『人を殺せばザクロは延命できる』って言ったからこうなったんだし。多少は責任感じてるのよ」


 トキワは、ミアの発言にピクリと反応した。

「……アンタがシズミを唆したのか」


 ミアは少しだけ、口をへの字に曲げる。

「人聞き悪いこと言わないでよ。ザクロを見捨てろって言うの?」


 そう言われると、トキワは返事に詰まってしまった。

「……って言っても協力するったって、オレたちは何をしたらいいんだ?」


 ミアはトキワの顔を見ると、にっこりと笑ってみせた。

「心配には及ばないわ」

 ひとたび手を羽ばたかせると、ミアがその場に浮上した。今度は見下ろす姿勢で、優しげに微笑する。

「もうすぐ、母神マザーが休眠状態から復活する。それを殺すのよ」

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