Episode 12 Delusional Parasitosis:寄生虫妄想

 ヘイムがベルトについた小さなボタンを押す。ブーツとベルトに左右ひとつずつついたロケットエンジン式推進装置スラスター蓄力エナジーを噴出し、ヘイムは階段の先にいるロイめがけて飛翔した。


「来るか!」

 ロイは手のひらから蝋を流し、2本目の槍と鎧を急造して強襲に備える。


 高い音と散る火花を上げて、特殊な合金で作られたブレードと硬質化した蝋の槍がかち合う。


 二度、三度切り結ぶたびに、槍が刃を受けたときの音は鈍く、低いものになっていった。

 ロイの槍には、目に見えないヒビが入っている。ヘイムはそう確信して、大剣をしなやかな軌道で猛々しく打ち付けた。

 ロイはそれを2本の槍で防御するので精一杯だ。蝋による槍の補強も新たな武器の創造もままなっておらず、強烈な乱打を受ける度にじわじわと壁際へ後退している。傍らで見ていたトキワとハネズにも、ヘイムが優勢であることは明らかだった。


「ここまでだ」

 ヘイムの強烈な一撃が振り下ろされ、ロイは交差させた槍で受けた。しかし、ついに槍の耐久力は限界を迎え、真ん中から切断された。


「しまった……!」

 驚愕するロイへ、圧し切る銀の刃が降ろされた。ブレードは蝋の鎧に多少勢いを殺されたものの、ロイの左肩から右の脇腹を袈裟斬りにする。赤い血は線を描くように、コンクリートの床へ散った。


 ロイは壁に倒れ、そのままずるずると座り込んだ。


「追い詰めたぞ。さっさと投降したほうが身のためだ」

 ヘイムは大剣についた血を振り払うと、その鋒をロイへ向けた。


「……追い詰められたのは、君たちの方かも知れないぜ」

 ロイはニヤリと笑った。


「何が言いたい」

 ヘイムは訝しげに、片方の眉を上げた。


「今日の駅前は……なんだか騒がしいなあ。人が多いなあ。ねえ、そうは思わないかい?」


「貴様が人を集めたんだろう」


「鋭いねえ。その通りさ」

 ロイは顔を上げる。

「何でだと思う?」

 長い舌で、頬に跳ねた血を舐め取った。


「人混みの中でゼノを放して、パニックを起こすためだろう」


「なるほど。君はそう思うんだね」

 ロックの背中から赤い蝋の翼が勢いよく生えて、壁を穿ち抜いた。


 ヘイムは反撃を警戒する。しかし、ロイは力が抜けたようにふらりと背後へ倒れた。そのまま駅二階のプラットホームから、潰れるような音を立てて地上へ落ちる。


「逃がさんぞ」

 ヘイムは地上を覗き込む。ロイが堕ちたのは一階、いつにも増して人通りの多い駅前広場だった。赤い蝋はロイの全身をまだらに染め上げ、血まみれの死体のように彩っている。


 それを見て、ヘイムの背に悪寒が走る。猛烈に嫌な予感がよぎる。


 そして、ロイは大声を上げた。

「みんなーッ!逃げろーッ!!」

 ロイはヘイムを指差して叫ぶ。

「あの男は、ゼノに寄生されてる!!」

 人々が集まってくる。さっきまでヘイムが相手にしていた反駆除班アビス団体だった。


 ヘイムの脳は状況を理解した。ロイは始めからこれが狙いだったのだ。


「どうしたの」

 さらに運悪く、トキワとハネズが様子を見にやって来た。


「今はまずい」

 ヘイムの左手が近づく2人を静止するが、ロイは目ざとく見咎める。


「ああっ、見ろ!あれだ!!あいつ……あの被寄生者ハックド共犯グルになって!!」

 ロイは、胴の傷口を手で押さえのたうち回る。

「ああああ痛い!僕が……僕が何をしたって言うんだァ!?」

 集まっていた人々がどよめき始めた。怯えるものも、逃げていくものもいる。ロイへ駆け寄るものもいる。


「待て、誤解だ──」

 ヘイムが駅前広場まで飛び降りようとする。しかしロイは笑みを浮かべ、ヘイムへ背後を見るよう指のサインを送る。


「何……?」

 ヘイムが振り返った。爆弾列車は、蓄力エナジーの光を纏って振動を始めている。

「まずい……!」

 車輪は火花を散らして高速で回転し、甲高い金属の摩擦音を上げる。爆弾列車は空気を切り裂きながら、隔離領域アイソレーション・エリアの外へ向かってレール上を走り始めた。


「行こう、トキワ」

 ハネズはトキワへ、手を差し出す。

「ああ」

 トキワはハネズの手を握る。

 ハネズは脚に蓄力エナジーを込めた。ハネズと、それに手を引かれるトキワは線路に沿って、爆弾列車を追跡する。


 手入れの行き届いていない草ぼうぼうの土手や狭い路地を抜けて、ハネズは加速する。その度に、標的である爆弾列車との距離が縮まっていった。


 しばらく走った後に、追いついて、追い越した。そのとき、背後からヘイムの声がした。

「そいつを音波攻撃で止めろ!俺が斬る!」


 振り返ると、後方では推進装置スラスターで加速しつつやってきたヘイムが大剣を構えていた。


「簡単に言ってくれるぜ……!」

 トキワはハネズの手を離すと、爆弾列車の全面へ回り込んで車体前面を掴んだ。高速で走行する列車の鼻っ面に、トキワがしがみつく。

 手を離せば轢き殺される状況に恐怖を覚える。しかし、ここで列車を止めなければ隔離領域アイソレーション・エリアの防衛に穴が開いてしまう。


「……やるぞ、キュリオ」

 トキワは意を決して、列車の前へ身を翻した。息を吸い込みながら、列車と向かい合ってその姿を両目に捉える。


 トキワの叫びが空気を震わせ、列車を押し返す。列車はわずかに速度を鈍らせたが、それでもなおトキワへと衝突してきた。

「うお……ッ!!」

 列車の質量と速度を、トキワはなんとか両腕で押し返して対抗する。


「そのまま上空へ投げろ!」

 頭上から声がした。見上げると、ヘイムがベルトの推進装置スラスターによって滞空している。


 足の指にグッと力を入れて、地面を捉える。腰を深く降ろして、列車の推進力を上方向へ受け流すように両腕を天へと突き上げた。

「おらァァァァッッッッ!!!!」


 その勢いを逸らされた爆弾列車は、ゆっくりと半回転しながら上空へすっ飛んでいく。


「上出来だ」

 ヘイムが大剣を振りかぶる。列車が両断されると、すぐさま推進装置によって地上へ降下した。


 列車は数秒の後に派手に爆発した。そして、降り注ぐ塵となった。

 やった、とハネズが小さく呟いた。


 降りてきたヘイムに、トキワが訊ねた。

「……なんか、ロイがヘンなことしてたけど、大丈夫なのか?」


 ヘイムは面白くなさそうに目をつぶって、ゆっくりを首を横に振った。

「──反被寄生者ハックド思想の強い者へ『駆除班アビス被寄生者ハックドが寄ってたかって一般市民を虐めている』という印象をつけること。それが奴の狙いだったらしい」


「もしかして、これから良くないことが起きるんでしょうか……」

 ハネズが、不安そうにヘイムを見上げる。


 ヘイムは、ハネズとトキワを順番に指差す。

「お前らは駆除班アビスの軍用ベストを脱いで仮設住宅へ戻れ。しばらくは、一緒に行動することは避ける」


 わかった、と2人は頷く。

 空は少しずつ、暗い雨雲で覆われ始めていた。ヘイムと2人は、それぞれ反対の方向へ早足で解散する。

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