Episode 11 Dirty Work:ヘイムの汚れ仕事

 ヘイムの勘では、反駆除班アビス団体が集会をしていることとロイが駅に現れたことが全くの偶然であるとは考えられなかった。


 寄生された民間人への攻撃も厭わない駆除班アビスを敵視するものも多いが、そういった人々もまた例外なく、駆除班アビスの規定により保護対象とされている「民間人」の定義に含まれていた。


駆除班アビスの者です!これから任務を行います、駅周辺からの退避を願います!!」


「俺達に指図するんじゃねぇっ!」

 反駆除班アビス団体の男が唾を吐きかけるが、ヘイムは表情を崩さなかった。


 群衆の中から悲鳴が上がる。ゼノが数匹の小さな群れを成して、広場の植え込みから湧き上がった。

「な、何だあれ!?」

 どよめきつつ、群衆は後ずさる。


 言わんこっちゃない、と思いながらヘイムはベルトから給油機のノズルのようなものを伸ばす。

「下がって」

 ヘイムは人混みを押しのけながら、ゼノへノズルを向けて、トリガーを引く。ノズルからは白い煙が吹き出した。


「ギィィィィッッ!!」

煙を浴びると、ゼノはしばらく悶え苦しんだ。その後でぽとりと落ちて、物言わぬ屍になった。


 ヘイムは、ゼノが出現した植え込みを両手でかき分ける。すると、ラグビーボール大のゼノの卵鞘が破れてあった。


 ゼノの卵鞘は主に母神マザーの近く、立入禁止となっている内縁区域の中でも内側で発見される。廃駅のあるのはそこから離れた外縁区域であるため、おおかたロイが運んできたのだと思われた。


 すると今度は樹の上から、長い触手が打ち出された。触手は逃げ遅れた数名の反駆除班アビス団体の男女へ向かって行く。


「知恵の回るやつがいるな」

 ヘイムは背中の大剣を抜いて、触手を断ち切った。ゼノは撤退を試みるが、すぐさまヘイムが回り込んで薬剤の霧を吹きかけ、沈静化させる。


「刀なんて振り回しやがって、俺たちに当たったらどうするんだバカ野郎!!」

 反駆除班アビス団体の男がヘイムへ怒号を浴びせる。お前らを救うためだろうが、とヘイムが反論することはなかった。駆除班のお陰で市民生活は成り立っているのだ、と言って聞かせることは簡単だ。駆除班アビスに怒ったところで街から出られないことには変わりない。しかし、そんなこと承知の上で彼らは駆除班アビスを怒りのはけ口にしているのだ。


「……あいつらを先に行かせて正解だったな」

 ぽつりとヘイムが呟く。これほどやりがいのない任務もそうない。


 突然に、トキワたちの向かった駅方面から爆発のような衝撃音がした。ヘイムは音のした方を横目で見ると、面倒そうに嘆息する。

「まったく。次から次へと」


 ◆


 ハネズを覆う蓄力エナジーは一層に輝きを強め、肉体は変異をきたし始める。

身体機能は拡張され、大型食肉目に見られるような集音機能に特化した平衡聴覚器と身体の末尾に跳躍や走行の際にバランスをとる役目を持つ部位が発現した。

──要するに、猫耳と尻尾が生えた。


「ちょっと待って、覚醒って……思ってたのとちょっと違う……!?」

 ハネズは一瞬動揺して、自身のあちこちを見回すが、すぐさま現在の状況へ立ち返る。

「とにかく、それ以上トキワにひどいことをしたら、わたしが貴方をやっつけます」

 ハネズは、ロイへ人差し指を向けた。


ロイは、挑発するようにニヤリと笑う。

「嫌だね」

 ロイが、トキワの頬を右の爪先で蹴り上げた。トキワの顔が歪み、頬は赤い裂傷を負う。


 ハネズを抑えていた理性や慈悲を始めとした感情が、決壊した。

「……許さない」

 発言した自身にも聴こえないほど小さな声が、ハネズの唇から漏れた。


 ハネズのいた場所に、衝撃波が発生した。トキワとロイがそのことを認識した瞬間には、ハネズはロイへ飛び蹴りを決めていた。

 ロイは両腕でガードしたが、衝撃で数メートル後ろへ吹っ飛び、壁に勢いよく激突した。壁は派手な音を立てて、めりこんできたロイの身体の形に凹む。

「なかなかやるね」

 余裕の笑みを崩さないまま、ロイは立ち上がった。


次いで、ハネズの手のひらから鈎針のついた触手、寄生錨アンカーが伸びる。一対の寄生錨アンカーは上下左右から、ロイの身体を刺して回る。


「『セラ』!」

 ロイは全身から赤い蝋を分泌させて体を覆う。寄生錨アンカーは硬質化した蝋にぶつかるたび、耳障りなひっかき音を立てて弾かれる。


 ハネズは鈎針での刺突が効かないとみると、一気に距離を詰めた。繰り出される両拳は、ロイの全身をデタラメに殴打する。

「よくもっ……トキワを……!」


「ハネズ!やめろ!!そんなことすんな!!」

 流血し続ける肩を手で抑えながら駆け寄り、トキワが声を張り上げる。


「良いじャねェか。あのメガネ野郎をブッ殺せば爆弾列車も止まるダロ?」

キュリオが口を挟むと、トキワは首をブンブンと左右に振って否定した。


「メドリーに寄生してもらったのは、ハネズにこんなことさせるためじゃねぇ……!」

 トキワはハネズを背後から羽交い締めにして、ロイから引き剥がす。


 ハネズはちらと後ろを窺う。トキワの顔が視界に入ると、少しずつ興奮は収まってきたようだった。


「ダメだ。オレたちの戦いって、こういう怒りに任せたようなのじゃ、ダメだ」

 宥めるように、トキワは言を並べる。


「えっと、ああ、ごめん……」

 ハネズは感情の持って行く先がわからず、ボロボロと大粒の涙を流す。


「交戦は控えろ、と言ったはずだ」

 その場の全員が、声の方を見た。

 改札口に、金髪の男が立っていた。陽の光を背に立つ男は全身を軍用ベストで包み、猛禽類のような鋭い目で獲物を狙う。ヘイム=ブロルフェルドが、到着した。


 ロイはヘイムの殺気にたじろぐが、すぐさま強がるような笑みを浮かべる。

「へぇ。こいつは強そうだ」


 ヘイムは背中の大剣を抜いて、構えた。銀に光る大剣と兵装に、蓄力エナジーの青い光が走る。

「対象を確認。これより戦闘に入る」

 ヘイムの蒼い眼が、ロイを捉える。

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