Episode 10 Emotional Outburst:発露

「作戦の確認をする」

 ヘイムは兵員輸送車に揺られる中で、トキワとハネズへ語りかけた。

「廃駅で背広の男がなにやら怪しい行動をしている、と調査部隊の報告があった」


「背広の男、って……ロイのことか」

 ロイは以前、トキワとハネズ、そして先輩のルリに対して、街に核兵器を落とす計画があること、街の外に被寄生者ハックドを流出させようとしていることを語った男である。


ヘイムは頷いて、続ける。

乖離度レベル2のルリ隊員と渡り合う相手だ。今回は俺が同行する」


 ハネズは小さなお辞儀をした。

「よろしくお願いします。ヘイムさん」


「……予め言っておく。俺はお前たちのことを、奴を足止めしたり隙を生み出したりするための道具としてつもりだ」

 駅前広場から少し離れた道で、ヘイムが車から兵装を下ろす。街が封鎖され路線が使われなくなった今でも、駅前は人々の活動の結節点として機能していた。

しかしあたりを見回す限り、いつにも増して騒がしく。人通りも多いように見受けられた。


「何か、イベントでもやってるんでしょうか?」

 トキワとハネズも車から降りてきた。

「かも知れんな。ここで問題を起こされると厄介だ」

 ヘイムは、車内に首だけを突っ込んで、待機している隊員へ伝えた。

「念のため、本部からもう少し応援を呼んでくれ」


「了解しました」

 車に備え付けられた通信機器のボタンが、男に押される。小さな赤ランプが点灯した。


「行くぞ、お前たち」

 ヘイムの指示に、少年と少女は頷く。3人は足早に駅へと向かった。


 ──駅前広場に近づくについて、3人は騒がしさの理由を知ることになった。


駆除班アビスは街を封鎖して、俺たちだけにエイリアンとの同居を強いている!」

「俺達を街から出せ!バケモノの潜む街に住むのは懲り懲りだ!」

 ……といった具合に、プラカードを持った人々のシュプレヒコールが轟く。どうやら集まっていたのは、駆除班アビスを快く思わない者だったようだ。


 ヘイムはトキワとハネズの前へ腕を出して、退るようにジェスチャーで促した。

「お前たちは、回り道で駅に向かってロイを探せ。今回も交戦は控えろ」


「オレたちだけで行くのか?」

 トキワが訊ねる。


「作戦の邪魔にならないうちに、こいつらには解散してもらう」

 そしてヘイムはトキワを親指で差すと、ハネズを見て言った。

「お前は、危なっかしいこいつを見張ってろ」


 ハネズはぎゅ、と両の拳を握りしめて、小さなガッツポーズをした。

「任せてください、ヘイムさん」


 やる気を見せるハネズに、トキワは苦笑いした。

「わかった。じゃあ後で」


 ◆


 トキワとハネズは廃駅に入ったが、ロイを探すことはなかった。改札を越えて階段を上った先、ホームの真ん中に、ロイがただぼんやりと佇んでいたからだ。

「やあ。また会ったね」

 トキワとハネズに気づくと、背広の男は会釈をする。


「アンタに、訊きたいことがある」

 トキワの声は、静かな廃駅の構内に響く。


「ほう?何でも訊いてくれ」


「アンタの目的は何なんだ」


 ロイは微笑みを崩さないまま、応えた。

「嫌がらせさ。実際に核兵器が落とされてから……『実は被寄生者ハックドが街の外に流出してました』なんて報告が上がってみろよ。ウン万人の犠牲を払った核投下計画は全くの無駄になるぜ」

 ロイの口角は裂けたように吊り上がり、両眼は生命力の限りに輝いている。


「それならこの間、アンタはどうしてオレを街から出そうとしたんだ?」


「……訊ねるってことはつまり、思い当たる節がないってわけだね」

 ロイはハネズへ目をやった。

駆除班アビスの人たちからも、何も聞いてない?」


 ハネズは、はいと返事をする。ロイはなにやら思案してから、口を開いた。

「じゃあ……そうだな。こういうのはどうだろう?」

 屈託のない笑みを見せて、人差し指を立てる。

「僕に勝ったら教えてやる。……なんてね」


「……なんていうか、うさんくさいね」

 トキワは頷いて同調した。

「ああ。警戒しとこう」


「いやいや。僕はこうするしかないんだよ」

 ロイは、背後にある巨大な四角形の直方体にそっと触れる。無機質な直方体に車輪がついたものは、線路の上でじっと鎮座していた。

「ここにあるのは僕の能力で作った一両編成の列車。これには爆弾が積まれているから、線路に沿って走らせれば、そのまま隔離領域アイソレーションエリアの外側へ、駆除班アビスの警備をぶち破って行くことができる」


 それを聞いて、トキワとハネズは臨戦態勢を取った。しかしロイは、まあ慌てるな、とでも言いたげに手のひらを見せて、首を横に振る。

「でも蓄力エナジーの注入が済んでないんだ。だからこれは今のところ、ただの蝋の塊なんだよね」

 ロイは蝋でできた四角い箱をコンコンと手の甲で叩く。確かに、ロイの腰からは細長い蝋のケーブルが伸びている。

「爆弾列車を守り抜いて起動に成功すれば僕の勝ち。それまでに僕を倒せたら君たちの勝ち。それでどうだい」


 任されたのはヘイムが到着するまでの足止めだった。しかしロイの言うことが事実なら、トキワたちは爆弾列車を攻めざるを得ないことになる。


 トキワは戦いへ臨んで、小さな深呼吸をした。

「ハネズ、行けるか」


「任せて」

 ハネズが頷いて、走り出す姿勢を取った。


 トキワが、階段を数段飛ばしで駆け登る。ロイは迎え撃つ構えを取った。

「来るか」

 ロイはシャツをわずかに捲り上げ、赤黒い鎧のように変質した肌を露出させた。そこからは肌と同色の蝋のようなものが分泌されていく。


「『リープ』──!」

 ハネズは瞬間のうちに爆弾列車のすぐ真上へ移動すると、ロイと爆弾列車を繋ぐケーブルを掴もうとした。


「おっと」

 ロイが念じるとケーブルは生き物のようにくねり、ハネズの手をするりと抜けた。


「そんな……!」

 驚くハネズに、ロイは蝋の棒を振りかぶった。棒の先端は膨らみ、ハンマーのような形状に変形する。

「残念だったね」

 遠心力によって加速した蝋のハンマーは、ハネズの腹を強く打った。


ハネズの華奢な身柄は向かいのホームまで吹っ飛ばされて、壁へ叩きつけられる。

「うっ……!」

ハネズは後背部をコンクリートの壁へ強かに打ち付けた。


「ハネズ!」

 トキワは、ハネズの負傷に動揺する。

「よそ見するなよ」

 トキワの隙を突いて、ロックの長い脚がトキワの脇腹を蹴り上げた。トキワは一度屋根に叩きつけられたあとで、プラットホームの床へ落下する。


 ロイは、トキワの背中に足を乗せた。

「僕に勝てないようじゃ、母神マザーになんて到底勝てないよ」

 ロイは手にした蝋を槍のように細長く、その先端を鋭利に練り上げていく。

「今からでも遅くない。僕の隔離領域アイソレーションエリア脱出計画に協力してくれるかい」

 槍の先端が、トキワの顔に向けられた。


「……ダメだ。アンタの計画に乗るってことは、この街の人たちを見殺しにするってことだろ」


「……うーん。母神マザーに挑んだって無駄死にだってのに、頑固だなぁ」

 ロイが、トキワの左肩へ蝋の槍を突き立てた。


 肩から赤い血が飛び散り、トキワの顔が苦痛に歪む。

「ぐッ……ああッ!!」


「痛い目に遭ったら協力してくれるのかな。被寄生者ハックドは再生力が強いから、多少の無茶は大丈夫だよね」

 槍の穂先はトキワの体内で長い棘の生えた形状に変質して、内側から肉を裂く。


「ッ……!そんなことしても、無駄だ……!!」

 トキワは目を見開いて、歯を食いしばる。


 ハネズはよろけながらも、おもむろに立ち上がる。

「トキワから足を離してください」

 ハネズは、自分の体内を湧き溢れ流れる力が、怒りによって増幅していくのを感じた。

「怒りますよ」

 子どもを叱るように、冷静さを保った声が駅の構内に響く。しかしハネズの眼は燃えるような赤に変色し、ロイの姿を映している。


「何だ、あれ……」

 トキワは、いま視界に映っているものがハネズであるとは信じられなかった。少女は後光のような光を帯びて、周囲の空気は逆巻いていく。


「驚いたな。彼女があんなパワーを秘めていたとは」

 ロイはメガネを掛け直して、興味深げにハネズを窺う。


 キュリオがトキワの体内から、呟いた。

畜力エナジーッてのァ、感情の昂りで上昇する」


 ハネズの髪飾りに擬態したメドリーが、高笑いのような声を上げる。

「えェ。そして、溜め込みきれないホドの力を蓄えたヒトは肉体を変異させ──」

 メドリーは、どこか誇るようなニュアンスを込めて言い放つ。

乖離度レベル2へ、覚醒するワ」

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