Episode 9 Clasped Hands:繋いだ手と手

「ガイラさん……と、お前はあの時の……」

 シズミは、トキワとガイラがいることに僅かな疑問を抱いた。しかしザクロの口元に付いた血を認めると、およそ冷静さとはかけ離れた足取りで駆け寄る。

「心配しないでお兄ちゃん。この人たちは、いい人たちだから」

 ザクロが、シズミをなだめる。


「薬屋を探していると言っていた。血を吐いているが……大丈夫なのか?」

 ガイラのそばをすり抜けて、シズミはザクロの手を握る。パーカーの袖から見える手は一部、紫がかった黒に変色している。


「ザクロ。お前の傷は、薬じゃ治らないんだ」

 重なった手を伝って、シズミの蓄力エナジーはザクロへと流れていく。

「何も心配しなくていい。不安になんかならなくていい。兄ちゃんが、治してやるから」


「私が寄生されたことで一時的に駆除班アビスから離れていた頃、君は私の友人だった。しかし、君は姿を消した。君に……いや、君たちに、何があったんだ」

 ガイラが訊ねて、シズミはザクロから目を離さないまま応える。

「……見ての通りです。病弱で部屋から出られなかった弟が、俺のいないときに被寄生者ハックドに襲われた」

 震える手は、蓄力エナジーの淡い光に包まれている。

「俺とザクロは被寄生者ハックドになって蓄力エナジーの受け渡しをすることで、今日まで生きてきました」


 トキワたちの周りを包囲するように、乱暴な足音が聞こえた。

「見つけたぞ、クソエイリアンめ」

 数人の男が、敵意の籠もった眼でトキワたちを睨みつける。

「怖がる必要なんて無ぇ。俺達にはこれがある」

 そう言うと、男たちは懐からフルオート式の拳銃を取り出した。

 警察の機能が一部及ばない隔離領域アイソレーションエリアには、大量の空輸物資に紛れて犯罪組織による銃の密輸が行われていた。顧客は基本的に、この男たちのような被寄生者ハックドに対して強い恐怖と忌避感を覚える一般市民である。


 男たちが銃を構える。

「やっちまえ!!」

 背中から蛇を出現させザクロを庇うシズミ、音波攻撃と植物の鎧で応戦を試みるトキワとガイラへ向かって、雨あられのように激しく音と光と弾丸が降り注いだ。


──火薬の匂いのする煙が晴れる。被寄生者ハックドたちの全身は小さな穴が穿たれ、血を流し、表情は苦痛に満ちていた。しかし、銃創は弾丸を排出しながら塞がっていく。


「嘘だろ、バケモンめ……!」

 男たちは表情を歪めながら後ずさる。そこへ、シズミは立ち上がりゆっくりと歩き出す。


「落ち着くんだシズミ君!被寄生者ハックドのザクロ君なら、蓄力エナジーの込められていない攻撃なんて一瞬のうちに治る!」


 ガイラが静止しようとするが、シズミは歩みを止めない。

「一瞬で治る?ええ。だから何だと言うんです?こいつらはザクロに苦痛を与えた……それだけで、殺す理由には十分でしょう……!」


 そこへトキワが回り込んで、シズミの前に立ち塞がった。

「待てよ。弟の前で人殺しなんてする気か?」


「そこをどけ。今度は容赦しないぞ」

 シズミと背中から生える二頭の蛇がトキワを睨む。


 キュリオが小声で助言する。

「感情で畜力エナジーが増幅されてる。前にも増して勝ち目ァ無ェぞ」

 トキワはそれに頷いた上で、シズミへ言ってのけた。

「今のオレじゃアンタを倒せない。それはわかってる。けど、倒されてもやんないぜ」


 トキワは触手と音波攻撃で遠巻きに立ち回り、シズミの背中から生える大蛇の攻撃をいなす。しかし猛り狂う二頭の威力は凄まじく、トキワはとてもシズミに近寄れなかった。

 それでも右へ左へと動き回って躱し続けるトキワに、シズミはついに怒りが頂点に達した。


「いい加減にしろ……ッ!」

 蛇の頭突きによって、トキワはふっとばされ地面に尻餅をついた。しかし、トキワはニヤリと笑う。

「俺の勝ち……だな」


「……」

 シズミは忌々しさを満面に浮かべ辺りを見回した。銃を持った男たちは、すっかり逃げ去ってしまったらしい。


「アンタが、オレとハネズを殺さなかった理由、ちょっとわかった気がするよ。あんたも、誰かのために戦ってたんだな」

 トキワは尻についた砂埃を手で払いながら、立ち上がる。

「なぁシズミ、駆除班アビスに入らないか?」


「俺が……?」

 コイツは何を言い出すんだ、と言わんばかりにシズミは怪訝な顔をしてみせる。


「オレがなんとか頼んでみるよ。……爆発する首輪はつけられちゃうだろうけどな」

 トキワが自分の首についた銀の首輪エインヘリヤルを指差して、はにかむ。


「何、寝ぼけたこと言ってんのよ」

 錆びついた標識にの上には、少女が座っていた。トキワとハネズがシズミに襲われた日にも会った、腕に真っ白の翼を持ち脚が鳥類のように変化した少女だ。

 少女は、高所よりシズミを指で差す。

「コイツはもう人間だって殺した。引き返せないところまで手を染めてるの。駆除班アビスがこれまでの罪をゆるすと思う?」


「……君は、何者だ?」

 ガイラが見上げて訊ねると、シズミが代わりに応えた。

紫苑シオンミア。彼女がザクロを助ける方法を教えてくれました」


「それでも、少なくともザクロは安全なところに行けるだろ」

 トキワがミアへ反論するが、ミアは一顧だにしない。


 ミアは重力を感じさせない所作でふわり、とシズミの頭上へ降りてくる。そのままシズミの首へ、抱え込むように腕を回した。

駆除班アビスを頼るってことは、ザクロは治療室へ、シズミは海上監獄ラストリゾートへ行くってことよ?それでもいいの?」


 ミアがシズミとザクロへ訊ねると、ザクロは怯えたように首を横に振った。

「ぼく、そんなのいやだ。お兄ちゃんがいない夜は、母神まざーがおちてきた日の、パパとママのゆめを見るから。ゆめのなかのパパとママはいつも、ごめんね、ふたりぼっちにしてごめんね、っていうから、わるくないのにあやまるから、いやだ」


 呼吸の荒くなっていくザクロを落ち着かせるように、シズミはザクロの肩を抱いた。

「大丈夫だ。もし万が一ザクロが危険な目に遭うことがあったときに、俺がそばにいない、なんてことにだけは絶対にさせない」

 シズミは強く、ザクロの背中に回した拳を、固く握った。

「ザクロを守るのは俺だ。ザクロが死ぬときは、オレが負けて死んだときだけだ」


 ガイラは、兄弟になんと声をかけていいのかわからなかった。トキワは少し考えるような素振りを見せて、頷く。

「……そっか。アンタの気持ち、わかるよ」

 トキワは自分の手を見た。駆除班アビスに入隊して短い期間しか経っていないものの、手は任務によって負った小さな打撲と裂傷の跡が残る。

「俺はハネズに対して、同じことを思って駆除班アビスに入ったから」


 それを思うところがあったのか、シズミは少々後ろめたそうな顔をする。そのままザクロを抱え上げて、トキワとガイラに背を向けた。

「今日、ザクロを守ろうとしてくれていたことは感謝する。だがこれ以上、俺とザクロに関わるな」


 離れていくシズミの背中を、トキワとガイラは立ち尽くしたまま見送っていた。


「聞こえるか。ザクロ」

 トキワは、シズミに抱えられるザクロへ呼びかけた。

「ザクロは、人を殺す兄ちゃんと殺さない兄ちゃん、どっちがいい」


 ザクロは少し考えて、シズミの顔を見ながら呟いた。

「ぼくは、人をころさない兄ちゃんがいいな。さっきの兄ちゃんは、すごくおこってて、おっかなくて……かなしそうな顔をしてたから」


「だってさ、シズミ」


 トキワの呼びかけにシズミはわずかに足を止めて、呟いた。

「……少し、考える」


「どうにか、変わってくれればいいんだけどな」

 トキワはため息をつきつつ、後頭部を掻いた。


「……ああ」

 ガイラは苦々しい顔で頷いた。

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