Episode 7 The Girl's Secret:ルリの秘密

 3人は一瞬、目の前の男が言っている意味を掴みそこねた。街に核兵器が落とされるなんて、悪趣味な冗談にしか思えない。


駆除班アビスの調査でも『核であれば確実に母神マザーを殺せる』という計算結果が出た。何よりソ連での成功例がある」


 ハネズは遠慮がちに、小さく手を上げた。

「どうして貴方は、その計画を知っているんですか?」


「僕の友人が教えてくれたんだ。おかげで、そいつは駆除班アビスに消されちゃったけどね」

 ロイは寂しげな声で言った。


「それでさ。もう一度聞くんだけど……じき滅ぼされるこの街から、脱出しないか?」

 トキワとハネズとルリは、3人で顔を見合わせて、頷いた。そして、ルリが口を開く。

「せっかくだけど、断るよ」


 ロイは片眉を上げた。

「……ホントに?嘘だと思うなら、一応会議の議事録や計画資料も保存してあるけど?」


「嘘じゃないって信じるよ。でも、母神マザーを倒せばゼノもこれ以上増えなくなる。そしたら核だって落とさなくていいだろ?」

 トキワが言うと、ハネズが力強く肯定する。

駆除班アビスの人たちは、頑張ってます。わたしだって、力になれます」


 ロイはゆっくりと、首を横に振った。

「勝てないよ。君たちがヒトの姿を保っているうちはね」


「わかんないでしょ、そんなこと~!」

 ルリが地団駄を踏みながら憤慨する。


 ロイは残念至極、というようにため息をついた。

「交渉決裂か。それじゃ、仕方ない」


 ロイはトキワに向かって手を伸ばす。

「『セラ』」

 ロイの腕から、赤黒い蝋のようなものでできた腕が何本も伸びた。それらはトキワの前身をまさぐるように、あるものは足へ、あるものは胴へ、首筋へ、手足へ、と絡みつく。

「大人しくしてくれれば、君たちに危害を加えるつもりはないよ」


「~~~~ッ!」

 口を塞がれ攻撃を封じられたトキワは必死に振りほどこうともがくが、蝋の腕は抵抗をするりするりと躱していく。


 次いで、蝋の翼がロイの背に形作られる。それは本物の鳥の翼のように、羽ばたいてロイを浮遊させた。

「ちょっと街の外に出るだけさ。僕が欲しいのは『被寄生者が街に出たことがある』という実績だからね」

 ロイはトキワを手繰り寄せて抱える。どういうわけか、ロイはトキワを隔離領域アイソレーションエリアから出すつもりらしい。


「連れて行こうとしても無駄だよ。その首輪にはGPSが仕込まれてるから、変な動きしたらキミもろとも爆破されちゃう」

 ルリは、トキワの首に装着された銀の首輪エインヘリヤルを指差した。


「僕が銀の首輪エインヘリヤルを解除する機械を持っているとしたら?」

 ロイはポケットから、小さなリング状の機械を取り出す。そのまま、トキワの首に装着された銀の首輪エインヘリヤルへそっと押し当てた。

 すると銀の首輪エインヘリヤルは二つに分解され、地面へ落下する。

「嘘、銀の首輪エインヘリヤル取れちゃった!?」


「それじゃ、そういうことで」

 ロイは使用されなくなった高速道路に沿って、街の外へ向かって飛行する。


 ハネズは振り返った。

「……ルリ先輩、ここはわたしたちに任せてくれませんか」


「へ……?」

 ──何をするのかと思っていたら、ルリはハネズに背負われていた。

「しっかり掴まっててくださいね」


「おお、ハネズちゃんってば、なんかやる気って感じだね……!?」

 ルリはハネズにくっつく形で、姿勢を低くする。


「行こう。メドリー」

 ハネズは前傾姿勢を取り、地面を勢いよく蹴り出す。

「『リープ』!」

 手入れの行き届いていない高速道路を、ルリを背負ったハネズは一筋の流星のように駆けていく。


「おや、もう追いついてきたか」

 ロイの脚からは、蝋でできた綱によってぐるぐる巻きにされたトキワがぶら下げられている。


 ルリは地上から、上空のロイへ向かって右手を伸ばす。

寄生錨アンカー!」

 ルリの手のひらから、先端の触手が打ち出された。


「させないよ」

 ロイの側からも、同様に触手が打ち出された。


 切り結ぶように、突破しようとする寄生錨と制止しようとする寄生錨が中空で何度もぶつかり合う。


「『ウェブ』!」

 触手の先端から巨大なクモの網が開き、ロイを包み込む。


 ルリは触手を巻き取り、帽子が落ちるのもお構いなしで勢いよく空中へ躍り出た。そのまま、標的をぶん殴るために体を捻り、振りかぶる。


 ルリの姿を見て、ロイは呟いた。

「──君も乖離度レベル2だったか」

 帽子の落ちたルリの額から頭部にかけては、蜘蛛のような眼が計6つついていた。

 被寄生者ハックド蓄力エナジーを一定量貯め込むとDNA情報ごと肉体が変異する。そして乖離度レベル2というのは、その変異が4段階中2段階目に進んだことを指す。

 つまりルリは既に、生物学的なヒトの定義には完全に合致するものではない。


 ロイの脇腹から、赤黒い蝋のようなものでできた槍が、ルリへ向かって勢いよく伸びる。

「喰らわないよッ!」

 ルリの背中から、長い蜘蛛の歩脚のようなものが8本、肉が裂ける音とともに生えた。歩脚のうち左側の半分は、ロイの伸ばした槍をへし折った。


「まだまだッ!」

 ルリは右側の4本の歩脚をロイの翼に突き刺した。

「とりゃぁぁぁぁッッ!!」

 両拳を胴部へ乱れ打つが、ロイの肉体は恐ろしいほど硬く、手応えが感じられなかった。見ると、破れたスーツから見える肌は、赤黒い虫の外骨格のような形状をしている。

「それだけ?」

 ロイが不敵な笑みを見た。

「げっ……」

ルリの顔が青ざめる。


 蝋が、ロイの腕を二重にも三重にも覆っていく。

「ちゃんと受け止めなよ!」

 ロイは地上のハネズへ言うと、蝋で固めた腕でルリを殴りつけた。ルリの身体は地面へ向かって、高速で落下する。


 ハネズが高速で駆け寄り、ルリを回収した。

「ナ……ナイスキャッチ!」

 ルリがサムズアップする。


 ロイは蝋で作った命綱で、拘束したトキワを地面へ降ろした。

「……さて、計画の準備はこれくらいで十分かな」

 そういって、離脱の意図を見せる。


 地上からは、ハネズに抱きかかえられたままのルリが憤る。

「逃げる気!?」


「ああ。でも、僕たちは近いうちにまた会うさ」

 言い残して、ロイは遠くへ飛んで行ってしまった。


「大丈夫ですか、2人とも」

 ハネズがルリを地上へ降ろし、トキワの口から蝋の轡を外す。


「ごめんね。この姿は見せたくなかったんだけど」

 ルリの背中へ蜘蛛の脚が収納されていく。


「かっこよかったよ。ルリ先輩」

 トキワが言うと、ハネズも頷いた。


「えへへ……ありがと」

 ルリは照れたように笑って、帽子を被り直した。

「だけど……アイツの言ってたこと、本当なのかな?」

 ハネズは、未だ実感が湧かないでいた。

「街に核兵器が落とされる、って……そんな酷い話、あるんでしょうか?」


「ない、とは言い切れないと思う」

 トキワは、分解された銀の首輪エインヘリヤルを拾い上げた。そして、自分に首輪がついていた跡をそっとなぞる。

「被害の拡大を防ぐためなら、非情な手段だって使う……それは、銀の首輪これが既に証明してる」


「とにかく、ボスヘイムとガイラに報告しよっか。ボクたちだけで考えたってしょうがないもんね」

 ルリは帰り支度を済ませ、重い荷物を背負った。


「そうだな」

「そうですね」

 トキワとハネズは頷いた。


 これまで、トキワとハネズは駆除班における自分たちの権利のために戦っていた。

 そしてこの日、2人は”核兵器が落とされる前に母神マザーを倒す”という目標を得た。

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