Episode 6 Plan B:核兵器投下計画

「ねぇねぇハネズちゃん。おたずねしたいことがあるのでございます」

 妙にかしこまったルリが、へんてこな日本語でハネズに呼びかける。


「どうしたんですか。そんなに改まって……?」


「ハネズちゃんって、トキワくんのこと好き?」

 ハネズは思わず吹き出しそうになった。

「いきなりどうしたんですか」


「だってさ、『海を見に行きたい』って、ハネズちゃんから言い出したんでしょ?」

 ルリが言っているのは、トキワとハネズがシズミに襲われた日のことだ。療養中、ルリはよくハネズのもとへやってきてトキワの活躍や駆除班アビスにまつわる事情について話しており、このこともついでに話題に上ったのだった。

「でもハネズちゃんって、よく男の子と出掛けたりするタイプにはあんまり見えないし」


「そうですねぇ。言われてみればそうかもしれません」


 ルリは、シャドーボクシングのようなジェスチャーをする。

「トキワくんって、シズミにやられたハネズちゃんを庇って立って、シズミに一発かましたんでしょ?なんかグッと来ちゃうじゃん、そういうの!」


「好き、だと思ってます。自分では……」


「おお!いいじゃん!……けど、何かこう、含みがある感じじゃない?」


 少し考える時間をおいて、ハネズが答えた。

「わからないんです。トキワが……やさしくしてくれるから、両親のいなくなったわたしに共感してくれるから、それを都合良く思う気持ちを『好き』だと勘違いしてるんじゃないか、って」

 ハネズは両手を弄ぶ。対して、ルリはあっけらかんとした口調で言った。

「悩まなくていいんじゃない?どっちにしたって、やることは変わらないんだから」


「……やること、ですか?」


「これまで貰ったぶん、お返しすればいいんだよっ!」

 ルリはガッツポーズをした。その明るさに当てられるように、ハネズは微笑む。

「ふふ。そうですね。そうでした」


 集合時間5分前のところで、トキワがやってきた。ハネズは無意識に、結んだ髪の後れ毛を整える。


 ハネズの姿を認めたトキワは、少し困ったように頭を掻く。

駆除班アビスに入ったっていうの、マジだったのか……」


「嬢ちャんを守るために駆除班アビスに入ッたのになァ」

 キュリオの発言に、全くだとトキワは頷いた。


「お医者さんの許可は貰ったよ」

 ハネズは言ったが、トキワが心配していたのはそこではなかった。

「それはいいけど……やっぱ戦うのって、危ないだろ?」


 ハネズは、うつむくように頷いた。

「でも、ルリさんが、トキワが訓練とか任務とか色々頑張ってること教えてくれたから、居ても立ってもいられなくなっちゃった」


「あれ……ってことはボク、余計なことしちゃった……?」

 ハネズは首を横に振った。

「わたしは誰に言われなくても、駆除班アビスに入っていたと思います。トキワだけに任せてられませんから」


「お前ェも似たようなコト言ってた気がするなァ」

 キュリオが小声で囁く。

「オレも、人のことは言えないか……」


「足手まといになりそうなら、また考え直すから心配しないで」

 ハネズの言葉を、トキワは手を振って否定した。

「いや、そんなこと思ってないよ。それに……何かあったら、オレがハネズを守るから」


 キュリオが、耳元で囁く。

「あの金髪ヘイムは『誰かを守りながら戦えるほど甘くねェ』……みてェなコト、言ッてたケドなァ?」

 トキワは黙って頷いた。これからシズミのような人間性を捨てた被寄生者ハックドと戦うことを考えれば、きっとそうなのだろうと思えた。

「──それでも、守れるくらい強くなるさ」

 トキワは、キュリオ以外には聞こえないほど小さく、呟いた。


「いいねぇ。なんか青春って感じだ」

 ルリがにっこりと微笑む。

「でも、そろそろお仕事の時間だよ」

 ルリが立ち上がり、トキワもそれに続いた。


 ──ゼノの駆除が始まった。残暑がぶりかえした秋口に草をかき分け行われる肉体労働は、たびたび水分補給と小休止を挟みながら進行される。


 そんな折にハネズは、ルリの背中に、小さなイモムシがくっついているのを認めた。


「ルリ先輩、背中に虫がついてますよ」

 ハネズがイモムシを取ろうとした瞬間だった。

「ひゃっっ!!??」

 ルリはとっさに身を翻して、ハネズの手を躱した。イモムシはその拍子に、近くの草むらへ放り出された。

「なんだ、ハネズちゃんか~。ちょっと考えごとしてたからびっくりしちゃったよ」


 想定外の大きなリアクションに、ハネズはたじろいだ。

「あっ、ごめんなさい。虫が苦手だったらいけないと思って……触られるの、苦手でしたか?」


「えっ……ああ、いやいや!そういうわけじゃないんだけど……」

 煮え切らない否定をして、ルリはごまかすように言った。

「なんでもないよ!気遣ってくれてありがと!」


 トキワは小声で、ハネズに伝えた。

「ちょっと意外だな。ルリ先輩って、そういうの気にしない性格だと思ってた」

 ハネズもそう思っていたようで、頷いた。

「そうだね……気をつけなきゃ」


「あー、ちょっと君たち、いいかい?」

 ──ゼノの駆除作業は、一人の男に話しかけられたことで中断した。


「僕はロイ=ネフィリム。君たちと敵対する意図はない」

 眼鏡の男の身なりは、エリート然とした、清潔感漂うビジネススーツだ。寄生エイリアンの氾濫によって封鎖された街の、老朽化した高速道路の出入り口ではあまりにも場違いに見える。

「君たちは……外の世界に興味はないかい?」

 男は、紫の縁のメガネを押し上げる。


「外……?」

 戸惑う3人をよそに、ロイは語りだした。


「2年前。母神マザーがソ連、日本、インド洋の海上、そしてアフリカの小国アイリス王国に落下し、ゼノを撒き散らした。奴には通常兵器の効果が薄く、ロクなダメージを与えられない。だからこの街は、封鎖されている」

 そのことはもちろん、この場の全員が承知している。生まれた地域への愛着はあれど、好き好んで人間を乗っ取るエイリアンが潜む街に済んでいるわけではない。


「そのうち、ソ連にあった母神ものは人の住んでいない山間部にあったから、核兵器を撃ち込んで破壊した。いやはや、すごい思いきりだ」

 ロイは、わざとらしいジェスチャーで、考えるふりをする。

「ねぇ、ところで……どうして他所よそでは同じことをしないんだろう?インド洋のは……海の中で見えないから仕方ないにしてもさ」


「このあたりには人がいっぱい住んでるんだから、そんなことやっちゃダメでしょ」

 ルリの応えに、その通りだとロイは頷いた。

「だけどゼノ被寄生者ハックドはとめどなく増えるし、進化していくし、日本以外の戦場でも、駆除班アビスはけっこう限界だ」


 トキワとハネズは、シズミに襲われたときのことを思い出した。確かに樹上には、腕に羽の生えた少女が腰掛けていた。


「いろんな国の偉い人たちは切羽詰まって、一つの結論を出した。『多少の犠牲はやむを得ない。それよりも解決が優先だ』ってね」


 雲行きの怪しくなってきた話に、トキワは唾を飲む。

「──それで、アンタは何が言いたいんだ」


 ロイは人差し指を立てる。眼の底に深い闇を湛えたまま、笑った。

「寄生生物に溢れたこの街に、核を落とす計画がある」

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