Episode 5 Naked Blade:剥き出しの刃

 銃のような機械で散布した薬剤でゼノを弱らせ、捕まえ、自らに寄生するゼノに喰わせる。トキワはゼノ駆除および戦闘力強化の一環として、ヘイム、ガイラと共に隔離領域アイソレーションエリア中央付近におけるゼノ駆除作業に従事していた。市街地ではあるもののアスファルトが剥がれ草木が伸び放題になっており、ゼノの殲滅は容易な仕事ではなかった。


「10分休憩だ」

 ヘイムの指示が下る。3人は近くの段差に腰掛けた。秋口であったもののまだ暑く、軍用ベストの内側は熱気と湿気がこもって不愉快この上ない。


 ガイラはタオルで汗を拭いながら、ヘイムに訊ねる。

「その、ヘイム……昨日のこと、怒ってるか?」


「怒っていないさ。お前が、子どもに駆除班アビスへ入らないよう言い聞かせることさえできないことを見越していなかった俺のミスだ」

 ヘイムは皮肉たっぷりに言った。どうやらガイラは、トキワを駆除班アビスに入れないようにする役目を担っていたらしい。


 トキワはガイラをフォローするように言った。

「オレは誰に何を言われても、駆除班アビスに入るつもりだったよ」


 ヘイムは、トキワの首に装着された銀色の輪を指差した。

「お前、それが何なのがわかっているのか?」


「ただのGPSじゃなくて、毒を流したり爆破したり出来る首輪なんだろ。ちゃんと入隊前に渡された紙は読んだから知ってるよ」

 銀の首輪エインヘリヤルは、駆除班アビスの隊員がゼノに寄生され不穏な動きを見せた際、即座に対象を毒殺、または爆殺することにより二次被害を防ぐための装置だ。


「お前が思っている以上に、駆除班アビスは非情な組織だ。合理的な理由さえあれば、あいつらは容赦なくお前……いや、俺達を切り捨てるぞ」

 ヘイムも駆除班アビスの隊員であるため、その首にも銀の首輪エインヘリヤルは着けられている。俺達、と言い換えたのはそのためでもあった。


「でもさ、蛇の被寄生者ハックド……シズミに襲われたときに、怪我をしたハネズを見て思ったんだ」

 トキワは、駆除班アビス指定の青いタクティカルグローブを装着した手をぎゅっと握る。

「もうこんな思いしたくない、って。死ぬのは嫌だし、めちゃくちゃ怖いよ。でも、ハネズが傷つくのはもっと嫌だ。そう思ったんだ」


 トキワは臆さず、ヘイムの目をまっすぐに見据えた。

「だから強くなって、ハネズを守りたい。そのためなら、危険だって背負って歩くよ」


 ガイラは頷く。

「我々も、できる限り君に危険がないようにするつもりでいるよ」


「未熟な味方を守りながら戦えるような敵なら、俺達はここまでてこずっていない」

 そう言うと、ヘイムは立ちあがって、腕を前面へ伸ばした。

「喋りすぎた。作業に戻るぞ」


 作業を再開しようとしたところ、空き地の真ん中で一人の男が立っていた。ヘイムはトキワとガイラの前に出て、男へ告げる。

駆除班アビスによるゼノの駆除作業中です。立ち入りはご遠慮願います」


 男は返事をしなかった。ヘイムは再度説得を試みる。

「お立ち退き願います。ご協力をお願いします」


 男はぎこちなく、それでいて嘲笑うように挑発的な笑みを見せた。

「やッちまェ。お前ェら」

 男の肩からゼノが生え、高い音を鳴らした。すると、3人の周囲から合わせて十数匹ほどのゼノが、岩や草の陰から飛び出した。


被寄生者ハックドか……!」

 ヘイムは、とっさに背後へ飛び退いた。


 ヘイムはゼノ駆除用の薬剤散布銃を撃ち放した。トキワは音波攻撃で迎撃し、ガイラは両腕から植物の蔓のようなものを何本も伸ばして鞭のように振るい、やってくるゼノを打ち据え撃退する。


「これダケだと思うなよッ!!」

 被寄生者ハックドの男は、またもホイッスルのような高音を発した。

 第二波として、さっきまでとは比べ物にならない、数十、あるいは百に達するほどのゼノが、木の陰や家屋の陰から飛び出す。


「あんなにいるのかよ!」

 トキワとガイラは仰天するが、ヘイムは至って冷静だった。

「死にたくないなら、しゃがめ」

 そう言って、ヘイムは背中のホルスターから身の丈ほどもある大剣を滑らかに引き抜き、高く構えた。大剣に走る青いラインは、ヘイムの背中に背負われた筒から蓄力エナジーが流れると、夏の稲妻のように発光する。

 トキワとガイラは白刃の煌めきと、殺気のこもった顔つき、軍用ベスト越しにもわかるほど隆起したヘイムの筋骨一つ一つに至るまでに本能的な恐怖を感じ、言われた通りに姿勢を低くする。

 ヘイムは大剣を軽々と扱い、前後左右、縦横無尽に振り回した。生まれた風圧は嵐のように吹き荒れ、大量のゼノが無惨にも粉微塵に粉砕された。


 あたりがゼノの破片と体液に塗れる中で、ヘイムは被寄生者ハックドの男を見上げた。

「──これだけか?」


「……ッ!」

 手詰まりとなった被寄生者ハックドの男は、尻尾を巻いて逃げ出した。


「追うぞ」

 ヘイムが走り出し、トキワとガイラは少し遅れて追従する。


 手入れのされていない墓地、倒壊した家屋や倉を乗り越え、狭い路地を右へ左へ抜ける。

 被寄生者ハックドの男まであとわずか塀を左へ曲がった。


 その先は、公園だった。数人の子どもたちが、遊具に座ったり木の棒で砂地に文字を書いたりなどしている中に、逃走した男が倒れている。


「観念しろ」

 ヘイムが近づいたが、男は錯乱したように辺りをキョロキョロ見回している。

「へ……何のことでしょうか……?」

 怯えたように、腰を抜かした姿勢で震えている。とてもさっき、ゼノをけしかけてきた被寄生者ハックドと同一人物とは思えなかった。


 ガイラが子どもたちに訊ねる。

「君たち……このおじさんから変な生き物が飛び出すのを見なかったか?」

 どうやら、目撃されていないらしい。


 ヘイムはあたりを見回す。勘に過ぎなかったが、ゼノがその辺りに潜伏しているとは思えなかった。


「キュリオ。この子たちの中で、誰にゼノが潜伏してるか、わかるか?」

 トキワが体内のキュリオへ訊ねる。

「無理だ。寄生されたての奴ァ、一般人と見分けがつかねェ。寄生する瞬間を見てたんなら別だがなァ」


 ヘイムが口を挟んだ。

「それは問題ないだろう。お前の能力なら」


 ガイラは納得したように手のひらを拳で叩く。

「そうか。トキワ君とキュリオなら、宿主を傷つけずにゼノだけを攻撃できる……!」


「なるほど、やってみる」

 トキワは音波攻撃を撃とうと、息を吸い込みながら一歩踏み出す。


 異変を察したのか、男児のうち一人は自らの首筋に、木の枝の尖った先端を向ける。

「オ、オイ、近づくンじャねェ!!このガキがどうなッてもいいのかァ!?」

 なりふり構わなくなったゼノは、宿主の身体を人質にとって叫ぶ。


「なっ……なんてことするんだ!」

 トキワは後ずさりながら怒りを露にする。


「私の出番だな」

 ガイラが素早く地面に手をついた。人間と同じくらい巨大な、丸っこい先端に赤い粘毛を生やした食虫植物が男児の足元に突如として出現した。

「『毛氈苔ドロセラ』!」

 食虫植物は粘液で少年の手足を絡め取り、あくまで丁重に拘束する。


「今だトキワ君!」

 ガイラの合図に応じて、トキワは息を吸い込みながら一歩前に躍り出た。

「行くぞキュリオ!」

 トキワが息を吐き出す。

「『スクリーム』!!」


 音波攻撃が、男児へ直撃する。ゼノの悲鳴とともに倒れ込む男児を、トキワは食虫植物から引き剥がした。

「大丈夫?」


 男児は正気に戻ったようだった。少々怯えながらも、頷いて立ち上がった。


 トキワは元気づけるように男児の肩を軽く叩いた後、笑顔で振り返る。

「さっきは助けてくれてありがとう、ヘイム」


「助けた覚えはない」

 ヘイムが言い放つ。


「あのゼノの群れは、私とトキワ君だけでは対処できなかったかもしれない」

 ガイラの発言に、トキワは頷いた。


 ヘイムは大剣を背中のホルスターに収納すると、やってきた方角へ向き直る。

「あれは偶然だ。次はないと思え」


「そんな厳しいこと言わなくてもいいじゃないか?」

 ガイラがたしなめると、ヘイムはわずかだけ振り返る。

「……別に、お前らなんて死んでいい、という意味じゃない。俺はいつでも誰が相手でもお前を助けられるほど、強くないんだ」

 情けない話だが、と小声でヘイムは付け加えて、再び歩き出した。


「そっか。それが聞けてよかったよ」

 トキワはガイラにこっそり耳打ちした。

「もしかしてヘイムって、言葉足らずなだけなのか?」


 ガイラは呆れたようにため息をつきながら、頷いた。

「……ああ。まったく、言い方ってものがあるだろうに」


「強くなることが望みと言っていたな。それなら、とっとと強くなってくれ。足手まといを抱えるのはゴメンだ」


「ああ。ちょっとだけ待っててくれ」


 ヘイムの通信機が、ピピピと高い電子音を立てる。それを耳に当てて、ヘイムは頷いた。

「ほう、そうか……わかった」


「何の連絡だったんだ?」

 ガイラが訊ねると、ヘイムは、つまらなさそうなため息を一つついた。

山吹ヤマブキハネズが、駆除班アビスに入りたいと言い出したそうだ」

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