Episode 4 Renegades:背教者たち
トキワは、
「
体内に寄生するキュリオが言う。確かにそれは、トキワの心配するところでもあった。
「それは、そうなんだけど……」
トキワは書類をまとめて、揃える。
「強くなっておきたいんだ。いざってときに、ハネズを守れるように」
脳裏にあったのは、蛇を生やした
渾身の力を以て放った音波攻撃をまともに受けて、相手は無傷で立ち上がってきた。その後で気が変わってあの場を立ち去ったから、トキワとハネズは捕食されずに済んだだけなのだ。
不意に、プレハブの薄いドアをノックする音がした。
「こんな時間に……?」
トキワがドアの方を見た瞬間。返事をする間もなく部屋のドアが勢いよく開く。何事か、と思っているうちに、ベイカーボーイハットを被ったショートヘアの少女が闖入してきた。
「こんにちはー!じゃなかった、こんばんはっ!」
「こら、ルリ君。もう暗いんだからあんまり騒がしくするんじゃない」
続けて入ってきたのは、浅黒い肌をした大柄の男。わずかに姿勢を低くしながら、ドアをくぐるように入室して、トキワへ一礼した。
ごめんなさーい、とルリはあまり反省していない謝罪を述べる。
「
トキワがガイラに返答する暇も与えないまま、ルリが発言を続行する。
「うちのボスから聞いたよ!寄生された職員の人を助けてあげたんだって!?」
少女は前のめりの体勢で、目を輝かせる。
トキワはいきなりの展開に困惑しながら、肯定する。
「ああ。そうだけど……」
「ウチの
ボクたちと一緒に、という口ぶりからして2人も
「ああ。そうしようと思ってる」
トキワが頷いた。すると、ルリの表情がよりいっそう明るくなる。
「おおー、それなら話が早い!」
ルリはトキワの手を握ったまま、上下にブンブンと振る。
「私は、お勧めしないがね」
ガイラが言うと、ルリは口をとがらせて、部屋へ入ってくるガイラを見上げる。
「もー、本人がいいって言ってるんならいいじゃん!」
ガイラはルリの横に坐ると、伏し目がちにため息をついた。
「戦うのは大人だけでいいだろう」
「オレは子どもかもしれないけど、もう普通の子どもじゃなくなっちゃったからな」
トキワは自分の両手を見た。目には見えないが、皮膚を隔てた身体のうちには寄生エイリアンが根を張っているのだ。
「ああ、そういえば……これは責めるわけじゃないんだが、君たちはどうして立入禁止の山へ行ったんだ?」
「……海を見せに行ったんだ。ハネズが、忙しかった家族と旅行に行った思い出の場所だから」
「そうか……街から出られないならせめて遠くからでも、というわけだな」
トキワが頷く。
「ああ。ハネズにとって、家族を思い出す手段はこれくらいしかないんだ。家のあった辺りは、もう何にも残ってないからな」
「なるほどナァ。通りであンな山奥に来てたワケだァ」
「まぁ、危ないからやめたほうがいいけどねー。あのへんは
しかし、トキワには思うところがあった。蛇を背中から生やした
「……でも、オレはあの蛇の
蛇、と聞いてガイラの目の色が変わる。
「蛇……!トキワ君が襲われた
ガイラの気迫に、トキワは少々たじろぐ。
「そうだけど……もしかして、ガイラの知り合い?」
「
「ガイラの探してる人って、トキワくんを襲った
ガイラは頷いて、続ける。
「心優しい少年だったんだが……
君たちのことは悪く言ってないからねー、とルリは三者の体内でじっとしているエイリアンたちに囁いた。
ガイラは眉間にシワを寄せて、顎髭を撫でる。
「しかし、相手がシズミ君だったとは……君はよく生きて帰ってこれたな」
トキワは首を横に振る。
「いや、見逃してくれたんだ。あとちょっとでトドメ、ってところだったんだけど」
ガイラは信じられない、といった顔でトキワを見る。
「何だって……!?」
トキワの首元からキュリオが体の一部を出して、ぼやいた。
「そりャァ驚くよなァ。なんで手負いの獲物を見逃すンだよなァ?」
「お腹が空いてなかッたのかなァ」とガイラの
「人間らしい情がある……ということは、意識を乗っ取られているわけでもないのに人を喰っているのか……?」
ルリは不可解そうに首を傾げる。
「でも優しい子だったんだよね。何か事情がある、ってことかな」
わずかに沈黙があった。なにやら真剣に考え込むガイラを、トキワとルリは黙って見つめていた。
やがてガイラは、徐ろに口を開く。
「さっそく前言撤回して申し訳ないが……トキワ君、彼を止めることに協力してくれないか」
深々と、頭を下げて頼み込んだ。
トキワは微笑んだ。
「はは。元からそのつもりだったよ」
ルリは困惑したように、ガイラに訊ねる。
「え、ガイラってば急にどうしたの?子どもを戦いに参加させるのは~、とか言ってたじゃん?」
頭を上げてもガイラは顔を上げず、しかめっ面で唸った。苦渋が顔いっぱいに現れている。
「そうなんだが……見逃されたトキワ君は、シズミ君の凶行を止める手がかりになるかもしれない」
トキワは自分の胸のあたりを、サムズアップした右手で指す。
「任せて。オレにできることなら、やってみる」
◆
翌日の朝。トキワは渡された書類に従って、『支部長室』と書かれたドアを開けた。
「来てくれたか」
昨日会った白髪の男が、両脇に一人ずつ戦闘員を侍らせ簡素なデスクに座していた。トキワはデスクに置かれていた名刺を見て初めて、
アーノルドの指した席に座って、トキワは早速口を開いた。
「1個、質問したいんだけどさ」
アーノルドはにこやかに微笑んだ。
「何かな?」
「アンタは、オレたちが怖くないの?」
一瞬だけ真顔になった後で、アーノルドは苦笑いした。
「はは。まさか、15歳やそこらの少年に気を使われるとはね」
「怖いかと訊かれれば、そりゃ怖いさ。私の知り合いにも、
アーノルドの笑みは崩れていなかったが、わずかに伏した目には悲しみが浮かぶ。
「じゃあ、なんで……」
アーノルドはトキワの目をまっすぐに見据えた。
「変化を拒んでいても現状は変わらない。いや、それどころか悪化するばかりだ。日に日に
トキワは目の前にいる人間の決意が、熱となって伝わってくるような感覚を持つ。
「我々は追い詰められているんだ。使える手段は何でも使う」
「なるほどなァ。オレたちの力が必要ッてンなら、身の安全を保証するッてンのも筋ァ通る」
キュリオの発言に、トキワは頷いて同意する。
「ああ。信用してなかったわけじゃないけど……事情を聞いて納得したよ」
「じゃあさっそく、
アーノルドは仰々しく指を鳴らす。それを合図に、ドアが開いた。
入ってきたのは、筋骨隆々の肉体に青い軍用ベストを纏った金髪の男。鋭く深い青の目を向けられると、視線に心臓を貫かれるような錯覚をしてしまう。
「ヘイム=ブロルフェルドだ」
それだけ言い残して、男はドアへ向き直る。
「おいおい、それだけか?せめて『よろしく』の一言くらい……」
アーノルドが呼び止める。ヘイムは振り返って、冷静に言い放った。
「それは、作戦の遂行に必要でしょうか?」
「いや、まぁそれは……」
アーノルドはすっかり言葉に詰まってしまって、後頭部を掻く。ヘイムは失礼します、と言い残して退室した。
バタン、と音を立てて戸が閉まった。
「強そうだなァアイツ。寄生されてるわけじャねェみてェだが」
キュリオの呟きに、アーノルドが首肯する。
「ああ。彼は一般人だが、並の
「わかった。これからよろしく、アーノルドさん」
「こちらこそ。頼りにしている」
アーノルドより差しのべられた手を、トキワが握った。
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