Episode 3 Take Me to Your Leader:我々は

 旧市庁舎を改造した駆除班アビス本部では、身長体重や筋肉量、内臓の健康状態に至るまで詳らかにされた。特に、喉のあたりは見たこともない機械にチューブで繋がれ、様々なデータを取られたらしかった。

「検査は以上だ。ご苦労さま」

 白衣を着た男の両側には、槍のような武器を持った軍用ベストの男が二人、険しい表情で立っていた。いざということがあれば即座に被寄生者ハックドを無力化出来るように、殺気だった表情でトキワを睨んでいる。


 部屋を出ていこうとした白髪の男の背後へ、トキワが呼びかけた。

「ハネズは無事?」


「ああ。一命は取り止めているよ。被寄生者ハックドは生命力が強いからね」


「そうか、よかった」


「しかし、こんなことを言うのもなんだけれど……被寄生者ハックドであることは、これから大変な運命をもたらすと思われるよ」


「大丈夫だと思う」

 トキワが言ってのけたのを見て、白衣の男は目を丸くする。

「オレが……きっと、ハネズを守るから」


 白衣の男はニッコリと微笑んで、頷いた。

「そうか。そうだといいな」


 ◆


トキワは診察室のドアを出た。検査後に渡された手書きの地図を頼りに、プレハブの寮舎を目指していると、ふと、視界の端を横切った小さな影があった。

「……?」

 虫にしては大きいが、犬猫にしては小さい気がする。


 立ち止まって廊下を見回すが、特におかしなものは見当たらなかった。気のせいかと思い直して、歩き出したときだった。


 ゴミ箱の影から現れた小さな影が、廊下を横切る研究員らしき男の背中へ飛びついた。

「危ないっ!」


 トキワの叫びも虚しく、職員が気づいたときには、ゼノから鈎針の付いた触手が打ち出されていた。

「ああっ……あががっ…………」

 胸に鈎針が刺さった。職員は苦痛の声を漏らし、ゼノが職員の身体へと侵入していく。職員は震える手でポケットから小さな機械を取り出すと、スイッチを押した。


 廊下に設置されたスピーカーから、けたたましい警報機の音が鳴る。


ゼノ発見報告あり!すぐに離れてください!!」

 慌ただしい声と足音がして、すぐさま軍用ベストを身にまとった男たちが現れた。しかし、戦闘員の男たちは槍状の武器を構えたまま、距離を取っている。

「くそ、既に研究員を乗っ取ったか……!」

 遠巻きに距離を取りながら、二人の戦闘員は研究員を注視する。


「アイツら、何やッてンだ?寄生されたヤツを殺すタメの武器なンじャねェのかァ?」

 キュリオが不思議そうな声を上げた。


「そりゃあの人たちにとっては知り合いだからな。乗っ取られてるっていっても、傷つけるのには抵抗があるんだ」


「ほォん、そういうもんなのか。まァデモ、オレたちなら出来るコトが一つあるゼ」

 キュリオは興味なさげだが、それでいて一つ提案を出す。

「『スクリーム』ならアイツを傷つけないで、体の中のヤツだけ殺せる」


「そんなこと出来るのか?」


「寄生したばッかりのザコなんて、オレの敵じャねェ」

 トキワの脳内に、映像が流れ込んできた。体内に住まう寄生型エイリアンが送って寄越してきたものだ。

 イメージ通りに右手を伸ばして、トキワが叫ぶ。

寄生錨アンカー!」

 右掌からまっすぐに伸びるのは、ゼノが寄生する際に宿主となるものに突き刺す鈎針付きの触手だ。

「これ、被寄生者ハックドになっても出せるのか!」

 触手は男の体を2周3周した後、びしりと引き締まってその肉体を拘束した。男はバランスを崩して床に倒れると、不自由な身体をジタバタとくねらせる。


「よし。そのままトドメ刺しちまえ」

 キュリオの指示に、トキワが頷く。

「ああ!」

 トキワは空気を肺いっぱいに吸い込む。念のため戦闘員の男たちを巻き込まないように、寄生された職員へ近づいた。

「『スクリーム』!!」

 音の波が、寄生された職員へぶちまけられる。


「ぎャァァァァッッ!!」

 断末魔を上げた後、職員は事切れたようにピクリとも動かなくなった。


 トキワはおそるおそる。職員の顔を覗き込む。

「生きて……るよな?」


「コイツがよっぽどのザコじャねェ限りなァ」

 確かに、キュリオの言ったとおりだった。トキワが揺さぶると、男はハッと両目を開く。


「わ、私は一体……」

 男はずり落ちた眼鏡を直して、あたりをキョロキョロと見回す。トキワと目が合うと、その顔をまじまじと見つめる。

「君が、助けてくれたのか……?」


「何の騒ぎだ?」

 廊下の向こうから、白髪を肩まで伸ばした初老の男がやってきた。


被寄生者ハックドの彼が、ゼノに寄生された僕を助けたんです」

 白衣の職員はゆっくりと立ち上がりながら、答えた。


「そうか……君が……」

 白髪の男性は眉間にシワを寄せる。次いでどんな言葉が出てくるのだろう、と身構えていたが、思いがけない言葉が下された。


「君、駆除班アビスに入らないか?」


 内容を処理するまでに、わずかに時間がかかった。

「は……あ、駆除班アビスに?オレが!?」


「ああ。君がやるんだ」


「でも駆除班アビスって、ゼノに寄生された人を捕まえる組織だろ?オレも寄生されてるけど、いいの?」


 男は頷いた。

「既に駆除班アビスには、被寄生者ハックドで構成された特設部隊が存在する。メンバーは3人しかいないがね」


「特設部隊……!」

 仰々しい響きに、トキワは少々身構える。


「いま我々は戦力を必要としている。対被寄生者ハックド用兵装は高コストだし、志願者も世界中で募っているが、なかなか集まらないからね」


 トキワの首元からキュリオの口が出現して、会話に割り込む。

「それッて、オレたちに何かトクなコトあンのか?」


「……君やハネズ君、それに寄生するゼノの安全や自由などの権利を、可能な範囲で尊重すると約束する。要望もできる限り聞き入れよう」


 カバンの中を漁って、白髪の男は分厚い資料を取り出した。内容はどうやら、駆除班アビスの規定や労働契約について書かれたものらしい。

「まあ今日はもう遅いから、寮で一晩考えてみてくれ」


 トキワは書類を受け取ったまま、呆然と立ち尽くす。いち学生にすぎない自分が戦いの場に身を置くことは、まだ想像できないでいた。

「安全と自由、か……」

 白髪の男と戦闘員たちが去っていった廊下で、トキワは小さく呟いた。


 ◆


 その夜。駆除班アビスの寮舎で資料とにらみ合うトキワを、窓の外の樹上から覗く影がふたつあった。


「ほうほう。あの子がボクたちの後輩候補?」

 少女は前髪をかきあげて帽子の中に入れ込むと、双眼鏡越しに寮舎を覗く。第三者の視点なら、かなり怪しい様態だ。


「まだわからないな。とはいえ君といい、能力があるからといって子どもに戦わせるのはどうかと思うが……」

 浅黒い肌をした大柄の男は、髪をドレッドヘアに結わえている。


「もー、ボクは十分お姉さんだってば!」

 少女の抗議に、男は優しく笑う。

「……そうだな」


「まぁとにかく、楽しみになってきたねぇ」

 少女は満足げに、鼻をフフンと鳴らした。

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