Episode 2 The Curious Alien:物好きな異星人

ゼノを寄生させれば、ハネズは助かるのか!?」

 トキワは傷口を縛り終え言った。

「わからねェが、何もしないよりマシだ」


 トキワは、ハネズの体内に地球外からの生命を入れる不安を感じていた。


「でも……」

「安心しろ。候補がいる」

 そう言って、キュリオは口笛の音をずっと高くしたような、ほとんど聴こえない声を上げた。

「はァい、メドリーちゃんよ」

 一体の蛦(ゼノ)が草の陰から這い出てきた。


「何かしらァン?」

 メドリーと名乗った生物は、その体をくねらせながら言う。


「コノ嬢ちゃんに寄生しろ。傷を治すためだ」

 キュリオは、トキワの右手から伸ばした触手でハネズを指す。


「へェェ、アンタがおせッかいッするなんて」


「いいから早くしろ」

 キュリオが急かす。


「頼む」

 トキワが頭を下げた。

「マア、悪くない顔の男の子じゃァなァい?いいわァん。頼み聞いてアゲル」

 メドリーは、鉤のついた触手を伸ばした。

 メドリーの、鉤のついた触手が止まった。

「いま思ったけどキュリオちゃん、アタシ食べて繁殖するつもりじゃァなァい?」


「誰がお前ェナンカ喰うンだよ。サッサとしやがれ」

 キュリオがそっけない態度を取る。


「ンマア、つれないンだからァ」

 メドリーはハネズに向き直った。

「それじゃアナタ、覚悟はヨロシクて?」 


 ハネズは横たわったまま、小さく頷く。

「そう。それじゃァ失礼しちゃうわ」


 ハネズの胸部は、呼吸に合わせて小さく上下している。心臓のある位置へ鉤が突き刺さる。体内へ異物が侵入していく。

「っ…………!!」

ハネズが苦しげな色を見せた。


「ごめん、ハネズ……!」

 トキワはハネズの手を握った。


「大丈っ……夫……」

 体に完全にゼノが入り込むと、ハネズは気絶するように意識を失った。

「ハネズ!」


「安心しろォ。意識を失ッてるだけだ。死んじゃァいねェ」


「そ、そうか……」

 トキワは息をついた。


 ハネズの一つ縛りにした髪、付け根あたりに紫色のものが出現する。メドリーの体の一部らしい。

「アタシが体内から応急処置をするわァ」


「ありがとう」

 トキワは少しだけ安心した。


 メドリーは奇妙な声を上げた。

「アラ、全身に毒が回ッてるじャない」


「お前ェでも無理かァ?」

 キュリオが訊いた。

「毒の回りを遅くするコトは出来るわ。デモ怪我が大きすぎる」


 キュリオが提案した。

畜力エナジーを分けるか。トキワ。ハネズ嬢チャンの手を握ッてやれ」


 エナジー、とやらはよくわからなかった。だが言われた通り、トキワは両手でハネズの左手を包み込む。心なしか、トキワの手からハネズの身体へ生命力のようなものが流れ込むような気がする。


「いくらかマシになる、ハズだわァ」

 メドリーの発言に、トキワは安堵のため息を漏らす。


 ガサゴソ、と草むらが揺れる音がした。トキワは彼方を振り返る。


 現れたのは、宇宙服のような重装備で全身を包んだ男たちだった。寄生エイリアンであるゼノが体内へ侵入することを防ぐための防護服越しには、その表情は窺えない。

「要保護者2名発見!被寄生者ハックドであると思われます!」

 先頭の男が、首元の小さな通信用マイクへ向かって叫ぶ。


 男たちはトキワとハネズを取り囲むように立つと、ハネズの怪我の処置を手早く開始する。

「我々は駆除班アビスゼノおよび、それに寄生された物による被害を防ぐための組織です」

 さらに森の奥からやってきた増援は、数人がかりで大きな直方体を2つ運んできた。箱は学校の掃除用具入れのような大きさで、重厚な銀色のフォルムに青いラインが走っている。

「これから君たちを駆除班アビス本部へ移送します。それまでは、この護送用コフィンに入っているように」


 コフィンと称されている通り、人間一人を納めるために設計された箱が開かれる。内部はクッションが敷き詰められていることもあって狭苦しく、入った場合は窒息感と閉塞感に文字通り押しつぶされるような思いをすることは請け合いだ。


「これに……入るの?」

 トキワが訊ねると、防護服たちは黙って頷いた。

「お二人は、自覚していないだけで被寄生者ハックドとなっている可能性があるためです」


 それを聞いて、トキワはおずおずと手を上げた。

「えっと……オレもハネズも、被寄生者ハックドだけど」


 言葉を聞いた瞬間、防護服の男たちは身を翻した。あるものは怯えたように距離を取り、あるものは腰の拳銃に手をかけ、あるものは小型になった火炎放射器のような機械をトキワへ向けた。


「あっ!違うんだ!驚かそうとかそういうつもりで言ったんじゃ……!」

 厳重で慎重な警戒態勢に、これから何か大変なことになるのではないかと不安が生まれる。


「……我々も、君が反抗的だとか挑発的だとか、そんなことは思っていません。ですが、それが君の本心によるものなのか寄生しているゼノの演技なのか、我々には判断がつかないんです」


「そっか。そうだよな」


 トキワの耳元へキュリオの触手が伸びる。触手の先端は口のようになって、言語を発した。

「オレが寄生したのッて、もしかして失敗だッたか?」


 トキワは小声で返答する。

「ハネズは解毒のために、オレはハネズに蓄力エナジーを送るために、キュリオたちの力は必要だったさ」

 それに、理由はもう一つある。ハネズが被寄生者ハックドであることを理由に駆除班アビスなどから狙われるようなことになったときのために──トキワは、キュリオの力を必要としている。


 トキワは決心して、口を開いた。

「──まあ、おとなしく駆除班アビス支部に行けば良いだけなんだよな」


 防護服の男は、丁寧に一礼した。

「ご協力感謝します。安心してください。きっと悪いようにはしません」


 今はただ、目の前の男たちの言うことに従おう。トキワはそう決めた。


「なあ、キュリオ」

 輸送車に揺られる護送用コフィンの中で、トキワは体内に巣食うエイリアンに小声で訊ねる。

「どうして、キュリオはオレを助けてくれたんだ?」


「んー、まァ、理由ッてほどのモンは無ェケド……」


「弱ッちいクセに、どう考えても勝てねェ相手に向かッてッたからだな。コイツについていけば、オレは知らないものが見れるかも、ッて思ッたんだ」


「知らないもの?」


「あァ。オレの行動原理は一つ。『知らないものが見てェ』ただそれだけだ。この世界はべらぼーに大きくて、対するオレはちっぽけなモンだ。だから、知りたい」


「そうか」


「ッつーワケで、面白ェモン見せてくれよ。トキワ」


「正直、自信はないけど……やってみるよ」


相棒バディ成立だな。ヨロシク頼むゼ」

 トキワの首元からキュリオが生えるように出現し、細い触手が伸ばされる。


「ああ」

 トキワはキュリオの触手に小指を結ぶ。狭苦しい箱の中で、一人と一体は指切りに似た何かを執り行った。

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