第45話 未知との遭遇(5)


 星野は雛の隣の部屋を使わせてもらうことになった。

 海外で試合があるため、最近はほとんど実家にいない勇の部屋である。

 星野は雛の部屋に入りたがっていたが……


「いいか? この部屋を使うことは許可するが、雛に何かしようものなら、追い出すからな」

「何かって……なんですか?」

「何かは……何かに決まってるだろう!! とにかく、いくら君が雛の彼氏だろうと、嫁入り前の娘に手を出すなと……そういうことだ」


 父がそんなことを許すはずもない。

 年頃の男女が、二人っきりで同じ部屋にいるなんて、間違いが起きてからでは遅いのだと、何度もそう言っていた。

 星野は仕方がなくその日の夜は雛の部屋に入ることは諦めて、あてがわれた部屋で朝を迎える。


「おはよう、ヒナ!」

「お、おはよう……」


 雛が起きてくるのを待っていたかのように、星野は雛が部屋を出た瞬間にドアを開けて、ニコニコと笑っていた。


(あ、朝からなんてイケメンなの……!? ま、眩しい!!)


 星野の顔があまりに嬉しそうな上、寝癖がついているのにイケメンすぎて、なんだかキラキラしているような気がして雛は戸惑う。

 よく考えたら、こんなイケメンに好きだと言われて、さらに昨日は不意打ちとはいえキスまでしてしまったのだ。

 思い出しただけで、顔が火を噴きそうなくらい赤くなる。


「ヒナ、どうしたの? 顔真っ赤だよ? 熱でもあるの?」

「なななななんでもないわ!!」


 星野は雛の額に手を当てるが、雛はその手を振りほどいて、逃げるように一階に降りて行った。

 急いで洗面所に駆け込み、鍵を閉める。

 冷水で必死に顔を洗って、顔の火照りをなんとかしようとするが、鏡に映る自分の顔はいつまでたっても赤いままなような気がした。


(あれ? ……もしかして、本当に熱がある? いやいや、そんなまさかね)


 とにかく落ち着け自分と言い聞かせて、いつもの朝のルーティーンを終え、用意されていた朝食を星野と並んで食べていると、今度は母の発言で逆に真っ青になる。


「そういえば、そろそろ夏休みが終わるけど、二人とも宿題は終わってるの?」

「しゅ、宿題!?」


(わ……忘れてた!!!)


 星野がいなくなったせいで、最初の数日しかやっていなかったのだ。

 そんなにバカみたいに多い量ではないのだが、約1ヶ月の夏休み期間で終わらせるべき課題を、残りの三日で終わらせるのは……かなり大変である。

 しかも、雛はそこまで頭がいいわけでもない。

 星野も星野で、全く手をつけていなかったため、雛の部屋で二人一緒に課題を片付けることになった。


「違う違う、ここは√2だから————」

「あ、そうか!」

「そう、そうしたら答えが出るでしょ?」

「なるほど……」

「ここはここと、ここの長さが同じになるから————」


(……すごい、星野くん頭いいんだ)


 宇宙人なのに、日本の高校生の勉強が普通以上にできる星野に、雛は感心する。

 英語と国語は少し苦手のようだが、それ以外は本当にそこらへんの高校生よりはるかにできていた。

 逆に雛が国語を教えて、英語は二人で一緒に頑張ってなんとか終わらせようとする。


「ちょっと休憩しようか。ヒナ、疲れたでしょ?」

「そうね……なんかもう頭の中がぐちゃぐちゃになってる」


 向かい合って座り、とにかく問題を解いていたため、首と肩が痛い。

 雛が首を回していると、星野は立ち上がって雛の後ろに移動した。


「え、なに?」

「肩凝ってるんでしょ? 揉んであげる」

「ちょ……痛い! そこ痛い!」

「わ、ヒナすっごい硬くなってる!」

「いたたたっ! 痛いってば」

「ちょっと我慢して、すぐによくなるから」


 星野に首と肩をマッサージされて、凝り固まっていた筋肉がほぐれていく。

 最初は指圧されたところが痛かったのに、だんだん気持ちよくなってきた。


「どう? 気持ちいい?」

「うん、すごい気持ちいい————」


 雛がそういうと、星野は雛の肩に手を置いたまま、頭にちゅっと口付ける。


「ちょ……星野くん? 何して……」

「ん? 頑張ったご褒美」

「ご褒美……?」

「ねぇ、ヒナ……僕もご褒美欲しいなぁ」


 意味がわからなくて、雛が振り返ると星野は自分の唇を指差していた。


「僕も頑張ったし、肩も揉んであげたから、ご褒美ちょうだい。ここに……」


(な……なんですと————!?)


 その瞬間、あのコーラの味が蘇って、雛の全身が熱くなる。

 心臓の音が爆発しそうなくらい、激しく鳴り始めた。

 星野は目を閉じて、だんだんと顔を近づけてくる。


「————ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!!」


 ところが、換気のため開けていた窓の向こうから、叫び声が聞こえて寸前のところでピタリと止まった。

 窓の方を見ると、向かいの窓から珍しく男の格好をしていた麗音が鬼の形相でこちらを睨みつけている————



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