第42話 未知との遭遇(2)


「ちょ……ウチの雛から離れ————」


 麗音は星野を雛から引き離そうとしたが、雛の手が、星野の背中に回ったのを見て、何もできなくなった。

 雛が星野を受け入れてしまったんだと……ショックを受ける。


 認めたくない。

 雛はずっと、自分のものだったのに。

 自分のものだと思ってたのに、突然現れたあの男に、なんで……どうして————と、悔しくて泣きそうだった。

 星野に雛を奪われたことが悔しくて、唇を噛む。


「何が会いたかった……よ! 心配したんだから……っ……死んじゃったのかと思ってた……」

「死んだ……? そんな、ヒナを残してそんなことできないよ!」

「悪い組織に捕まって、人体実験されてるんじゃないかって……星野くんのお腹切られて、内臓と脳が————うわああああああん」

「ちょっ……ヒナ!? どんな妄想したの!? 落ち着いて!!」


 大声で泣き出した雛を必死になだめている星野。

 通行人たちは抱き合っている若い二人を見て、微笑ましく思っていたが、麗音は見ていられずその場を離れた。


 小さい頃から、泣いている雛をなだめるのはいつも自分の役目だったのに————と、一人で来た道を戻ると、いつも気づいたら近くにいるエイリが、悲しそうな表情でこちらを見て立っていた。


「あ……あの、麗音さん」

「エイリ……くん? 何、またついて来てたの?」


 麗音は、エイリの存在に気づかないふりをしていた。

 エイリ本人が気づかれるくらい下手くそな尾行に成功していると思いこんでいるのが、面白かったからだ。

 それに、麗音の行動を見ていれば興味がないことに気づいてもらえるだろうと……


 それが、こんな日に限って珍しくエイリから声をかけて来た。


「その……泣かないでください。れ……麗音さんには、涙は似合いませんから————」


 エイリなりの励ましだったのだろう。

 麗音はフッといつものように、笑ったが————


「……何それ、なんかムカつくから、泣いてやる」


 慌てるエイリの目の前で、子供みたいに声をあげて大泣きした。



 * * *



「————そっか、それで、僕が宇宙警察に捕まったか、人体実験されてると思ったんだね?」

「うん」


 どうにか泣き止んだ雛を近くにあったベンチに座らせると、隣の自動販売機で缶のコーラを二本を買い、一本を雛に渡した。


『もう間もなく、打ち上げスタートです————!!』


 周りが高い建物のせいで、花火が始まっても綺麗に見えないのが分かっていて、そこに人はいない。

 会場に流れている音楽や司会者の声はうっすら聞こえている状態だった。


 星野はコーラを数口飲んで雛の隣に座ると、優しい口調で改めて雛に確認する。

 雛は渡された缶を両手で持って、下を向いていた。


「何の連絡もつかなくて、心配だった?」

「うん」

「死んじゃったんじゃないかって、怖くなった?」

「うん」

「会えない間、ずっと僕のこと考えてたんだね?」

「うん」

「会えて安心した?」

「うん」

「……僕のこと好き?」

「うん……————って、え!? 違う!! 今のなし!!」


 雛はあわてて立ち上がり、否定したが、もう遅い。

 星野は逃げないように、雛の手を掴み引き寄せ、もう一度座らせると、ニコニコと笑いながらまた質問をする。


「嘘だね。好きじゃなきゃ、こんなに泣くほど心配しないでしょ?」

「そ……そんなこと…………そう、なのかな?」

「そうなのかなって、ヒナ、無自覚さんなの?」

「む、無自覚さん!?」


(な、なにそれ)


「会えない間、ずっと僕のこと考えてたんでしょ? 僕だって、同じだよ。ずっとヒナのこと考えてた。会いたくて、一日でも早く会って、こうやって抱きしめたかったし、僕の大事なヒナが泣いてないか、困ってないか、悪いことに巻き込まれてないか心配だった。好きだから、こんな風に思うんだよ」

「いや……だって、それは、その急にいなくなるから……毎日うざいなって思ってたのに————その……」

「あのねぇ、僕のことが本当にうざいなって思っていて、嫌いなら、考えたりもしないでしょ?」


 確かに、本当に嫌な相手なら、いなくなってくれてむしろ嬉しいと思うはずだ。

 宇宙警察に捕まっていようが、人体実験をされて死んでいようが、関係ない。


(本当に……私————星野くんのことを? 宇宙人なのに……?)


 雛はベンチの上になぜか星野の方を体ごと向いて、正座をする。

 そして、改めて星野の顔をまじまじと見つめる。

 本当に、このやたらイケメンの宇宙人が好きなのだろうか————恋をしているのかと、じっくり考えるているのだ。


「どうしたの? ヒナ?」

「…………」

「そんなに見つめられたら、なんかさすがに僕も恥ずかしいんだけど」

「…………考えてるの。ちょっと黙ってて」

「そう? じゃぁ、よく見てじっくり考えて」


 まだ中身の残ってるコーラの缶を地面に置いて、星野も片膝をベンチに乗せ、体ごと雛の方を向く。


『それでは、カウントダウンスタートです! 会場の皆さん、一緒にカウントしましょう! 10、9、8……』


 正面から雛にじーっと見つめられて、星野は嬉しかった。

 いつも見てる側なのにこんなに見つめられ、つい、我慢できずに勝手に体が動いてしまう。


『3、2、1————』


 首を少し傾げ、雛の唇に自分の唇を重ねる。


『ゼロ!』


 ついに打ち上げられた花火は、大きな音と光で夜空を彩っていたが、雛には何も見えなかった。

 見えてはいたが、あまりに近すぎて、それが何かわからなかった。


 毎年見ていた空の上の、遠くの花火などどうでもいい。

 これは、雛にとって、未知との遭遇————


 コーラの味がした。

 まだ、飲んでないのに。



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