第40話 都市伝説の男(完)



『まじで怖かったんですよ!! 髪の長い女が、トンネルに立ってて!! 追いかけられたんです!!』

『やっぱりあの辺りは何かいるんですよ!! よく覚えてないんですけど、突然、なんかドンって衝撃がきて……気づいたら俺、服着てなくて!』


 八月下旬、そろそろ夏休みが終わるその頃、テレビではまた心霊番組をやっていた。

 目撃したという視聴者からの情報や、心霊写真や再現ドラマなどの怖い映像が流れているリビングのソファーに座り、雛はスマホの画面をただスクロールするだけ。

 SNSやグループLINEの投稿では海で楽しそうに遊んでいる同級生たちの画像や動画でいっぱいだ。


 去年は雛もその中にいたが、今年は雛には星野くんがいるから邪魔しちゃいけない……と、誘われもしなかった。


(何が……星野くんがいるからよ…………どこにもいないじゃない)


 あれから何日経っても、星野とは一切連絡が取れなかった。

 それまで毎日のように来ていたLINEも来ない。

 こちらから送っても、既読もつかない。


「雛、ねぇ、聞いてる?」

「ん……? 何、ママ」

「明日の花火大会、今年も麗音と浴衣で見に行くんでしょう?」

「え……?」


 毎年、この時期に雛の住んでいる地域では、花火大会が行われる。

 かなり大規模なもので屋台もたくさん出るから、雛も毎年浴衣を着て参加をしていた。

 去年、麗音と二人で参加した時は、天気があまりよくなくて、綺麗に見えなくて残念だったのを覚えている。


「何があったのか知らないけど、せっかくの夏休みなのに、毎日ずっとそうやって引きこもって、今年は海にも行ってないじゃない? ちゃんと夏は満喫しないと……おばあちゃんがね、さっき雛に着せてあげてって、京都で新しい浴衣————麗音に持たせてくれたのよ?」

「麗音に……?」


 ずっと家にいたが、麗音がうちに来たことに雛は気づいていなかった。

 麗音が星野が宇宙人だと知って口論になって以来、麗音とは少し気まずくなっていたからだ。

 麗音は京都旅行で買って来た雛の浴衣を玄関先でさっと渡して、すぐに帰ってしまった。


「すっごい可愛いのよ。絶対似合うから、これ着て行きなさいね! 麗音のは色違いなんだって言ってたから、並んで歩いたらすっごく可愛いわよ」

「うん、そうだね」


(毎年恒例……だもんね)


 特に約束なんてしなくても、そういうものなのだ。

 麗音はどうして、宇宙人に殺されるかもしれなかったことを相談してくれなかったのかと、怒っていたのを思い出して、明日きちんと謝ろうと思った。



 * * *



 翌日の夕方、薄桃色の浴衣を着て麗音は雛を迎えにきた。

 母が言っていた通り、色違いの淡い緑色の浴衣の雛はやっぱり何を着ても麗音の方が自分より可愛いなと少し羨ましく思いながら、並んで歩く。


「ごめんね、雛————」

「えっ? どうして麗音が謝るの?」


 最初は二人とも何も話さなかったのだが、耐えきれずに麗音が口を開いた。


「だって、よく考えたら雛はあいつが宇宙人だって、誰かに話しちゃいけなかったんでしょう? 秘密を知っちゃったら、殺されるかもしれないって、そういう話だったんだろうなって……あの都市伝説の男みたいに、記憶を消されちゃうかもしれなかったんだって……」


(私が謝ろうと思ってたのに……)


「そんな大事なこと、相談してくれなかったのはショックだったけど……でも、それより、なんかこう、普通に雛と話せなくなってる今の方が嫌でさ……」

「それは……うん、私も麗音と普通に話せないのは嫌だった」


 強すぎる力のせいで、中学まで同級生たちからは避けられていた雛にとって、麗音はイトコであり、唯一の親友だ。

 なんでも話せる、そんな間柄だったはずなのに、星野と出会ってら言えないことが増えていたことに雛は気がついた。


(全部、星野くんのせいだ。あの時、あの角でぶつからなければ————)


 花火大会の会場まで行くのには、その星野とぶつかった道を通ることになることに気がつき、雛は足を止める。

 あの角を曲がって、少し先にある交差点をまっすぐ行けば会場、左に曲がれば学校へ続く近道だ。


(そう言えば、あの熊、シッジーだったんだっけ……)


「どうしたの? 雛、急に止まって」


 麗音が振り返って、雛の方を見る。

 雛はすぐに小走りで追いついて、また二人で並んで歩き出す。


「ううん、なんでもないよ。気にしないで」

「そう……?」


(普通、角を曲がってぶつかったら、ラブコメが始まるはずなのに、なんで私は何度も宇宙人にぶつかってるんだろう……変なの)


 会場に近づくにつれて、少しずつ浴衣や甚兵衛を着た人が増えて行く。


(ラブコメっていうより、ホラーよ。毎日毎日、ついてこられて、毎日毎日、お尻触られそうになって……抱きつかれそうになって……)


「今年は天気がいいから、去年より多いかもね。ねぇ、雛。はぐれないように、手……繋ぐ?」


 あの角を曲がった後、雛はまた立ち止まった。

 ほんの少しだけ、角を曲がったら、また星野にぶつかるような、そんな期待をしていた自分がおかしくて自嘲気味に笑ってしまう。


「あんなにウザかったのに……」


 小さくそう呟いて、泣きそうになった。

 あのゴリラみたいな宇宙警察に捕まったのかもしれない。

 地球人に捕まって、研究施設に監禁されているのかもしれない。

 既読もつかないスマホの画面をもう一度見る。

 何度見ても、星野からのメッセージはいなくなったあの日の昼に届いたものが最後だ。


 誰に教わったのか、毎日毎日、『好き』とか『愛してる』とか可愛らしいスタンプを送ってくる。

 その度に、『やめて』『うざい』と送り返して、いた短い文章に既読がつて、ぴえんの絵文字を送って来て……

 それが最後。


(どこにいるんだろう……本当に……)


「雛……? おーい、どうしたの?」


 麗音が雛のスマホを覗き見ると、星野とのトーク画面であることに気づく。


「もう忘れなよ。きっと、星に帰ったんだよ。エイリくんだって、その可能性もあるって言ってたでしょ? 宇宙に行っちゃったら、スマホなんて使えないんだから。ねぇ、そう信じよう? きっと、無事だよ。何かわかったら、エイリくんの執事さんが教えてくれるって言ってたでしょ?」

「……うん、わかってる」

「ほら、早く行こう。花火の前に、屋台でたこ焼きとか買うんだから」


 麗音はスマホを持っていない方の手を取ろうとした。

 その時————


「えっ」


 突然、既読がつき始める。


 驚きながら雛は麗音が取ろうとした手で、スマホを操作する。

 雛が最後に送った『どこにいるの?』に、既読がついた瞬間、星野の名前が黒い画面に大きく表示されて、雛の手の中で着信音が鳴り響いた。





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