第39話 都市伝説の男(6)


 エイリの執事が、宇宙船O3から、宇宙船O1へ再度通信を試みる。

 やはり、それでも繋がらない。

 雛は執事の後ろから、その繋がらない通信画面を心配そうに見つめている。


 その間、麗音はエイリから自分たちが宇宙人であり、アノ星の王子であることを聞いた。

 最初に義姉になって欲しいと言われた時は、単純に兄の嫁を探しているとかそういう話だったが……違和感はあった。

 いくら外国で生活していたとしても、この時代に弟が兄のために嫁を探している————しかも、結婚したら王妃になるんだとか、一体どこの王国から来たのかと……


 その時、相手が雛の学校の生徒で、しかもこの美少年の兄ということは、もしかして雛が話していた例の男なのではないかと思って、そちらを優先していたからあまり深くは聞いていなかったのだ。

 奇妙な薬を持っていたりもして、おかしいとは思ってた。

 まさかソレが、宇宙人だなんて思いもしなかったが————



「じゃぁ、あの変態————星野は雛を嫁候補ってやつにしようとしてたってこと?」

「そうなんです。でも、ほら、そうなると、あんなちんちくりんがいずれ王妃になってしまうってことなんですよ? 俺はもっと、こう、品のある感じの方がいいと思って……できれば、麗音さんのような綺麗な方が……素敵です」


 頬をポッと赤くしながら、エイリはそういうと恥ずかしそうに麗音から目をそらした。

 なんだかこれじゃぁ、愛の告白をしてしまったみたいじゃないかと、もじもじしている。

 きっと、麗音も喜んでくれているだろうとチラチラとエイリは麗音を見た。

 しかし————


「なにそれ、ありえないんだけど……」


 麗音はあからさまに不機嫌な表情になる。

 走って汗をかいたまま放置し、乱れたままの前髪の隙間から、いつもは隠れている眉が見えていて、眉間に深いシワが入っているのが丸分かりだった。

 気に入らないことがあると、すぐこうやってシワが入る。

 特に、雛に関することならば……


「もういいよ、雛」

「え……?」

「星野と連絡なんてどうでもいい。むしろ、いなくなってよかったじゃない。あいつがいなければ、雛はアノ星とかいう星に連れて行かれなくて済むし…………そもそも、宇宙人の嫁候補とか意味わからないし。帰ろう。ここにいても意味ないよ」


 麗音は雛の腕を掴むと、出口の方へ引っ張った。


「ちょ、ちょっと! 麗音!? どうしたの? なんで、なんでそんなこと……星野くんに何かあったかかもしれないんだよ!?」

「何かって何?」

「さっきの、宇宙警察ってやつに捕まっちゃったとか……地球の人に見つかって、人体実験されてるかもしれないじゃない!!」

「それで、どうするの? あいつを雛が助けようっていうの? 宇宙警察に捕まったとしても、不法滞在してる方が悪いんじゃないの? 人体実験されていたとしても、それだって自業自得じゃん。雛は……そんなやつを助けたいの? 助けてどうするの? 結婚するの? あいつと一緒にアノ星に行くの? ウチらを残して? 家族も友達もみんな残して、そんなどこにあるかも、本当にあるかもわからない星に行きたいの!?」

「……それは————今関係ないでしょ!? 星野くんが死ぬかもしれないんだよ!?」

「死ぬ!? 何それ、どうしてそういう考えになるの? 宇宙警察って警察なんでしょ? 警察が殺すの? 不法滞在したくらいで? ありえないでしょ」

「ありえるよ……! だって、星野くんが言ってた……バレたら大変なことになるって、シッジーだって、バレたら危ないから私を殺そうとしてたもん!!」


 雛はそう言って、麗音の手を振りほどいた。

 激しく言い争っていた声が、一瞬で静まり返る。


「…………殺そうとしてた?」


 麗音は、雛からエイリへ視線を移した。

 エイリは怒っている麗音に真っ青になっていたが、どういうことか説明しろという視線だと感じとり、恐る恐る口を開く。


「宇宙連盟に加入している星の人間が、未加入のこの星にいるのはいけないことなんだ。だから、バレる危険性があるなら俺らに関わったって記憶を全部消すか、殺すしかないんだ。宇宙警察は、ささいなきっかけからでも取り締まりに来る……もし、宇宙警察に捕まったら————とても辛い刑が待っているらしい」


 エイリは捕まったことはないが、聞いたことがある。

 あまりにも辛く恐ろしい刑が待っていて、二度と他の星に行こうだなんて思えないくらい、精神をやられるそうだ。

 ちなみに、地球人に捕獲された場合は、それこそ雛の言う通り人体実験される可能性が十分にある。


「あの瓶……気候水の瓶さえ見つからなければ、宇宙警察が動き出すようなこともなかったと思うんだけど。一体、誰があれを地球人に渡したんだ? しかも、テレビで放送まで————」

「あ、あの……それ、俺だね」


 その時、それまで黙っていた都市伝説の男が、手を挙げた。


「もしかしなくても、俺って、殺されちゃう?」



 * * *



 偶然とはいえ、都市伝説の専門家であるこの男。

 もう都市伝説や陰謀論といえば、世間ではこの男の名前があがるほど有名である。

 彼のファンで、そういう話に興味があったリサイクル業者が見つけたのがあの瓶であった。

 見たことのない材質で、リサイクルのしようがないその瓶の素材を好奇心から知り合いの科学者に頼んで解析してみたのが、全ての始まりである。


 色々な機械で解析をしてみたが、気候水の瓶に使われている素材も、瓶の中にわずかに残っていた気候水の成分も、地球上のものとは思えず、これは宇宙人が持ち込んだに違いない!という話になった。

 都市伝説の男は、すぐにそれをテレビで取り上げ、さらに見つかったとされる時期に撮られた映像もあることで、独自の見解を披露していた。


「それで、あの映像からこの辺りだろうってUFOを探しに来たってワケ。まさか本当に見ちゃうとは……ヤバイよね」


 この男は空気が読めないのか、ニヤニヤと嬉しそうに笑っている。

 本当に宇宙人はいた。

 俺は今UFOに乗っているんだと、興奮しているのだ。


「……確かにそれはヤバイですね。色々と偶然が重なったとはいえ、あなたは知りすぎました」


 エイリの執事は、男の頭に何か装置を取り付けた。

 ヘッドフォンのような形をしているのだが、普通耳に当てるであろう丸い部分をなぜか耳より上、顳顬こめかみの位置に……


「記憶を消して、外に出しましょう。これで二度とUFOを見たとか、そんな話はできなくなりますが……」

「そうね」

「そうだな」

「その方がいい」


 他の三人も納得して頷いた。

 そもそも、お前が大げさにしなければこんなことにはならなかったんだと。


「えっ!? 嘘だろ!? えっ!?」


 ビリビリと謎の電気が流れて、都市伝説の男は、持っていた宇宙人やUFOに関する知識を全てを忘れた状態で近くの公園に放置された。

 なんでも知りすぎると言うのは、とても危険なことなのである。


 その後も、何度かO1と通信を試みたが、やはり通じない。

 星野の行方は分からないままだった。



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