第37話 都市伝説の男(4)


「いない……なんで?」


 そこにあったはずの宇宙船O1は忽然と姿を消した。

 雛はもう一度、星野のスマホもどきに連絡したが、やはり繋がらない。


(もしかして……もう、誰かに見つかって————連れて行かれたんじゃ?)


 番組で見た、宇宙人が解剖されるシーンを思い出し、雛は不安になる。

 星野が宇宙人だと知った時は、自分が解剖されるだの、食べられてしまうかもしれないと思っていたのが、今では全く逆だ。

 宇宙人と地球人、確かにその能力や技術に多少の違いはあるけれど、どちらも同じく人間————生命体だ。

 それを捕まえて解剖時たり、改造したりなんてしていいわけがない。


「星野くん……」


 誰もいない樹海に向かって、呼びかけてもやはりそこに星野はいない。

 その代わり、後ろから足音が聞こえて雛は振り返る。


「麗音……? どうしてここに?」

「……雛こそ、何してるの? こんな怖いところで……はぁはぁ」


 ピンク色のジャージ姿で、汗をかき息を整えながら麗音は雛に近づいた。

 足の速い雛を必死に追いかけて、見失いかけた時、たまたま気絶しているカメラマンと身ぐるみを剥がされた男を見つけた麗音。

 この倒し方は雛だと確信したその時、トンネルから叫び声をあげて逃げて行く男たち。

 まさかと思って、勇気を出してトンネルの中を進めば雛が謎の言葉を何度も繰り返していたのだ。


 麗音はその先にある樹海が、自殺の名所として有名なことを思い出し、不安になった。

 雛に何かがあったのではないかと。


「それは……その————星野くんを探してて……」

「星野? なんで、あの変態を探してここに?」


 麗音がそこにいたことに驚いて素直に答えてしまった雛。

 なにも知らない麗音に、ここに来れば星野がいると思ったのか上手いいいわけが見つからなかった。


「えーと……その…………」

「雛、やっぱり何か隠してるよね?」

「え……?」

「この前もそうだった。夜に窓から抜け出そうとしてた? 変な言葉遣いだったし……」


 変な言葉遣いだったのは、シッジーのせいだが、ずっと雛を見てきた麗音には、やはりどう考えてもおかしいとしか思えない。

 星野に出会ってから、雛が変わってしまった————そんな気がしてならないのだ。


「今だって、なんでそんな顔してるの? あいつに何か言われた? 何かされた?」

「そんな顔……って、何よ」

「雛、気づいてないの?」


 わかっていない雛に麗音は、大きくため息をつく。

 月ぐらいしか灯のない夜の樹海の入り口ではあるが、麗音には見えている。

 麗音は雛に近づくと、そっと手を伸ばして頬に触れた。


「やっぱり泣いてるじゃん。何があったんだよ」

「泣いて……え?」


(私……泣いてた?)


 雛は自分が泣いていたことに気づいていなかった。

 いつもなら星野の方から何度もしつこいくらい連絡をしてきて、いつも星野が雛を追いかけてくる。

 その星野が急にいなくなったことで、泣くほど不安になっていたことに。


「もう、雛を泣かせるなんて、あいつ一体何考えてるんだ」

「ち、違うよ! 星野くんは別に何もしてない。されてないよ……ただ……」

「ただ、連絡がつかないから、何かあったんじゃないかって……心配で」

「心配……? それなら、なんでここに来たの? 星野の家の場所知らないの?」

「いや、それがここなんだけど……」

「……は?」


 わけが分からず、麗音は首をかしげる。

 そんなわけないだろう。

 ここに家なんてない。

 幽霊が出ると噂のトンネルと樹海の間だ。

 家なんてどこにあるというのか……


「いや、その……」


(ど、どうしよう……宇宙船がここにあったなんて……————どうやって説明すれば……?)


「雛、ちゃんと話して。説明して。じゃないと、どうしたらいいか分からない」

「そ、そうだけど……言えないの」

「なんで?」

「だって、シッジーが……」

「シッジー?」

「あ、えーと、星野くんの執事が……えーとその」

「執事? 執事がいるようなお金持ちなのに、家がないの?」

「いや、家じゃなくて宇宙船が————」

「宇宙船?」

「あ……」


(し、しまった!!)


 麗音に詰め寄られ、ついポロッと口から出てしまった。

 雛は慌てて両手で自分の口を塞いだが、時すでに遅し。


「宇宙船って言った? 言ったよね?」

「いや……その……」

「そう言えばこの辺り、前にUFOの目撃情報が————まさか……」


(いやいや、信じるわけないわ!! そうよ、だって私は実物見たけど、もうないし……)


 そう実物がないのだから、信じるはずがない。

 しかし、麗音にはわかる。

 雛がそんな嘘をつくはずがない。

 となると、本当に宇宙船が存在していた————もしくは、そう見えるような何かがここにあったのだろうと。


 ————ピロンピロンピロン


 その時、謎の飛行物体が奇妙な警告音と共に近づいて来る。


 ————ピロンピロンピロン


 星野が乗って来た宇宙船O1のようなお椀を二つ重ねたような円盤型ではなく、葉巻型のUFOだった。



「な、何あれ……!?」

「でっかいフランスパンが飛んでる!?」


 音がする方を見上げる雛と麗音。

 明らかにおかしなその空を飛ぶ物体は————宇宙警察の船だった。





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