第33話 青い猫の災難(完)
「あとはこの薬を体に入れればいいのですね」
単三電池の先端に針がついたような形をした容器には、特効薬モドレーが入っている。
これを直接乗っ取られた体に打ち込むと、チェジ星人がアレルギー反応を起こしその体の中にいられなくなるそうだ。
エイリの執事から使い方を聞いた雛とシッジーは、急いで宇宙船O1に戻った。
しかし————
(な、何よこれ!? 一体どうなって————)
魂が抜けている状態で、自ら動くことのできなかった雛の体が、動いている。
それも、星野にぴったりと寄り添っている。
(なんで星野くん、裸なの!?)
星野の意思で脱いだのか、脱がされたのかわからないが、雛はその光景に愕然とする。
あれだけ、体目当てじゃないと言っていたのに、結局そう言うことなのかと……
「状況を把握してきますから、これを……」
シッジーは雛にモドレーを渡すと、小さな蜘蛛の姿に擬態し、気づかれないように二人がいるベッドに近づいた。
床から壁をつたって登り、星野の耳元に近づく。
「特効薬を打ちますので、動かないように抑えてください」
蜘蛛になっているシッジーの声は、当然、雛の体を乗っ取った姫には聞こえない。
星野は何のことだかさっぱりわからなかったが、シッジーの戻って行く方向をちらりと見ると、青い猫が何かを持っているのが見えた。
それはついさっき調べていた特効薬モドレーの容器に似ていて、ピンとくる。
「……なるほど、そういうことか」
「きゃっ!」
星野が抱きしめるふりをして、体を押さえつける。
「今です! ほら! 早く打ち込んで!!」
「にゃっ!?(い、今!?)」
青い猫は華麗に飛び、本来の自分の背中にモドレーの針を刺す。
————プスッ
みるみる体内に入り込むモドレー。
打ち込まれた体はガタガタと震えだす。
「あっ……あ……この感じ……特効薬————モドレー……!? 一体どうして——……」
その間、わずか数秒。
雛の体から飛び出した小さな生命体。
ピンクの胴体を持ち、羽は七色に輝いていたが、蚊に似ている虫のようだった。
(虫!? 私の体から虫が出てきたんだけど!?)
驚いているのもつかの間、青い猫は自分の本当の体の背中の上ですぐに意識を失った。
* * *
「————……な、ヒナ、気がついた?」
目を覚ますと、目の前が肌色だった。
モドレーを打ったあの体勢のまま、つまり、裸の星野の上に乗っている状態だった。
「……わ、私……戻ったの!?」
すぐに顔を上げると、星野の綺麗なイケメンすぎる顔が目の前に……
「うん、そうみたいだね。よかった。本当に……」
「ちょっ……星野くん離して……!」
「せっかく元に戻ったんだから、少しくらいこうさせてよ……おかえり、ヒナ」
(ど、どうしよう、まただ……)
心臓の音がどんどんと大きく早くなる。
全身の血液が沸騰してるみたいに、体がどんどん熱くなって行く。
「よかった。本当に良かった」
なんども嬉しそうにそう言いながら、星野は雛を強く抱きしめる。
抵抗しようと雛は足をばたつかせるが、何だかうまくいかない。
いつものように力が入らない。
「離して……本当に、私、変なの!! 死んじゃう! 死んじゃうから!!」
「え? なに、もしかして、爆発するの!? 正面から抱きしめてるのに!?」
「そう言う問題じゃないっ! また何かした? 私に何かしたの?」
(やっぱりおかしいよ……こんなの……元に戻れたのに、自分の体じゃないみたい)
「……何もしてないよ。ほら……」
星野が手を離すと、雛はすぐに星野から距離をとった。
確かに星野は何もしていない。
手に何も持っていないし、周りにもおかしな点はない。
「じゃぁ、なんで……なんで私、こんな風になってるの……?」
潤んだ瞳で、真っ赤な顔をしている雛。
それに、何だか息も荒いような気がする。
「————……あの、申し上げにくいのですが」
そこでシッジーが手を上げて発言した。
「発情しているのでは……?」
「は……発情!? 何言って————」
「————聞いたことがあるのです。アノ星の王族には、媚薬のようなフェロモンが備わっていて、運命の相手と出会うと、そのお相手を発情させてしまうという研究データが……」
「はぁぁぁっ!?」
(な、何それ!?)
さらに顔を真っ赤にしながら、信じられないと口をパクパクさせる雛。
「え、そうなの? じゃぁ、ヒナって僕の運命の相手ってこと? やった!! 結婚しよう、ヒナ!!」
「ちょ、ちょっと待って!! 近づかないで!!」
もう一度雛を抱きしめようと両手を広げて、嬉しそうに星野が近づいてくる。
必死で逃げる雛。
「やっぱり変なことしてたんじゃない!! 何が発情よ! この変態宇宙人!!」
「してないってば! これはもう運命なんだよ、ヒナ!」
ぐるぐると船内を逃げ回っていたが、すぐに追いつかれて、腕を掴まれた。
引き寄せられて、また抱きしめられ————
「離してってば!」
「嫌だ。もう絶対離さない」
そう言って、星野は雛の真っ赤になっている可愛い頬にキスをしようと顔を近づける。
しかし————
「にゃっ!!」
星野の足が、目を覚ました青い猫の尻尾を踏んでいた。
「にゃああああああ!!!」
災難続きの青い猫は、星野の顔をおもいっきり引っ掻いて、宇宙船O1から出て行った。
その様子を見ていたチェジ星の姫は、捕らえられた小さな虫かごの中から叫ぶ。
「私の王子になんてことを! あの猫、許しませんわ!!」
シッジーはやれやれと呆れながら、虫かごを小さなカプセルに移し替えて宇宙へ打ち上げる。
カプセルはアノ星へ向かうプログラミングが施されており、着陸してすぐに王族の安全を脅かした危険生命体として、アノ星の牢屋に収容された。
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