第32話 青い猫の災難(6)
チェジ星人の姫が、アノ星人の命を狙っている————
急いで宇宙船O3にいるエイリに会いに行った雛とシッジーが、彼の執事から聞いたのは、そんな噂だった。
「あれは、エイリさんがホシャ王子の後を追ってアノ星から出発する直前のことでございます。そんな噂を友人から聞きまして……それに、地球は今チェジ星人が狙っていることで有名な星でした。そんなところに行かれるということで、出発前にボメー博士が開発した薬をいくつか用意していたのです」
すっかり麗音のストーカーと化していたエイリは、ほぼ毎日放課後になると麗音の帰りを待っていたそうだ。
そこで偶然、熱中症で倒れた生徒が目覚めてから性格が変わったような気がするという話を聞いてそれがチェジ星人のせいだとわかった。
それでこのままではいつ麗音がチェジ星人の被害にあってもおかしくないと、持っていた薬を使ったのだという。
「だって、麗音さんが困ってたから……チェジ星人に乗っ取られた人間が麗音さんに何かする危険性だってあるだろう? 麗音さんは綺麗だから、興奮したチェジ星人に狙われるかもしれない」
「なるほど……そういうことでしたか。で、その薬とやらはまだあるのですか?」
エイリの執事は、シッジーに特効薬モドレーを渡そうとした。
しかし————
「ちょっと待ってよ。ちんちくりん女に渡す必要ないだろう? 勿体無いよ」
「にゃっ!?(なんでよ!?)」
エイリはそれを止める。
「どうしてお前のために、貴重な薬を使わなきゃならないんだ。認めたくないけど、兄さんが気に入っているのはお前の体だ。チェジ星人の方がおとなしくて品があるかもしれないじゃないか。お前みたいな凶暴な女よりよっぽどいい」
「にゃっ!?(なんですって!?)」
雛は腹が立って、おもいっきりエイリの顔を引っ掻いた。
「痛い! 何するんだ!!」
だが、この猫の体では簡単に払いのけられてしまう。
(どうしよう……一体どうしたら————)
「エイリ王子、確かに私もこの暴力女よりも別の方の方が候補にふさわしいとは思っております。しかし、残念ながらホシャ王子はその暴力女の体だけではなく、全てを愛しておられると、私にそう言いました。認めたくはないですが……もし、エイリ王子のせいで助かるものが助からなかったと知ったら、どうなると思われますかな?」
「え……?」
つい数時間前に同じようなことを言って、星野にめちゃくちゃ怒られていたシッジー。
実はあんなに怒っている星野を見たのは初めてだった。
いつも適当なあの王子が真剣に怒っていたのだ。
それほど、真剣であることがわかったのだろう。
「エイリ王子、あなたはこれから一生、大好きなお兄様から嫌われることになりますが、それでもよろしいのですか?」
「そ……それは……」
シッジーにそう言われて、エイリは真っ青になる。
もしそんなことになったら、生きていけない————
「それに、麗音様が言っていましたよ? エイリくんは心の優しい子だと。とても素敵だったと。エイリくんになら抱かれてもいいと」
「な……っ!? 麗音さんが、そんなことを————!?」
(え、いや、それは言ってないと思うんだけど……)
「エイリくんはとっても頼りになる。信頼できるとおっしゃっていたのですが……残念ですね。麗音様にも、このことをお話しすれば————」
「いや、待ってくれ!! すぐに使ってくれ!! うん、ほら!! 何本でも持っていけ!!」
船内にある特効薬を箱ごと差し出して、エイリは必死に言わないでくれと懇願した。
「ありがとうございます」
シッジーは特効薬を受け取ると、にっこりと笑った。
「にゃ!(シッジーありがとう!)」
「これは王子のためだ。勘違いするな」
雛にお礼を言われ、シッジーは少し照れているようだ。
☆ ☆ ☆
「どうして……僕の名前を……?」
「ふふふ……どうしてって、そんなの当然ですわ。ずっと、あなたを探していましたのよ」
雛の体を乗っ取ったチェジ星人の姫は、王子をベッドに無理やり押し倒し、王子の上に跨った。
中身は違うとはいえ、雛のこの体は怪力なのだ。
抵抗しようにも、無理なことをしたら雛の体に傷がつくかもしれなかった。
「急にいなくなってしまうのですもの。私はずっとあなたを見ていたのに……でも、これも運命なのですわ」
この姫は、王子に一目惚れしていた。
しかしチェジ星人は小さな生命体で、本当の姿で王子との結婚は難しい。
どうすれば気づいてもらえるかと思っていた矢先、嫁候補探しにアノ星から出て行ったと知った姫は、王子が見つけた嫁候補の体を乗っ取ろうと決めたのだ。
「救急車の中で入れ替わる手筈でしたのに、あなたがこんなところへこの体を運んでしまったものですから……探すのに苦労したのですよ?」
この宇宙船O1は、地球人に見つからないように外から見ると透明になる機能が付いている。
しかし、出入りする際は必ずその姿を現わすのだ。
雛をつれて王子が船内へ入った後、尾行していた別のチェジ星人はそのせいで一度王子の姿を見失った。
そこで、この辺りだろうと周辺を見張っていた時、青い猫と雛に化けたシッジーが出て行いったのだ。
再び姿を現した宇宙船の中に、その小さな体で姫は侵入し、雛の体を奪った。
「ほら、王子。あなたの好きな女の体です。私と一つになりましょう?」
「……なるほど、そういうことか」
「きゃっ!」
王子はその好きな女の体を急に引き寄せて、抱きしめる。
「王子……そんなに……急に、積極的だなんて……」
強く抱きしめられ、姫は嬉しくてたまらない。
王子が自分の気持ちを受け止めてくれたのだと……
しかし、顔を上げたくても、なぜか頭を押さえつけられている。
「えっ……ちょっ……王子? これでは何も……できな……————」
————プスッ
そして、背中に何か針が刺さる。
「あっ……あ……この感じ……特効薬————モドレー……!? 一体どうして——……」
頭を押さえつけられているため、状況を確認することはできない。
だが出なければ。
この感覚は危険だ。
今すぐにこの体から出なければ確実に死ぬ。
雛の体を乗っ取っていた姫は飛び出した。
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